【子供の使い】

 教師の号令にかされながら全校生徒が帰路に着くべくぞろぞろと坂を下りて行く中、私たちは八方に神経を張り巡らせながら無言でを進めた。


 三国川教授が?

 近くにいる?


 私の頭の中ではまだ、火事と教授の存在のピースが上手くはめられないでいる。

 が、愛美がとっさに撮った動画の中には教授の姿が見切れる形で確かに映りこんでいる。

 普通に考えて三国川教授が学内敷地のあんな所にいるはずはなく、どう考えても不自然すぎる。


「こっちに来るわ」

「え?」


 まとまらない思考にとらわれているうちに、私たちはいつの間にか坂を下りきっていた。

 そして愛美は道路の向こう側の何かに気付き、言った。


「あの子、こっちに来る」


 そう言う視線の先に目をやると、歩道橋の階段の5段目辺りで立ち止まり真っ直ぐこちらを見ている子供の姿があった。

 幼稚園児くらいだろうか?


「ほら」


 私たちが見たのを確認したかのように、確かに子供は階段を上がり始めた。

 明らかにその幼い視線はこちらに向けられている。

 しかもかなりの凝視で。


「行こう」

「うん」


 愛美にうながされ歩道橋へと向かう。

 子供は階段を上がりきり、少し立ち止まってこちらを見ている。

 私たちも上まで上がり、そして対峙たいじした。

 すると子供はゆっくり歩き出し、私たちから目を離さず近付いて来る。

 こちらも同時に歩き出す。


 そして──


「あ」

「!」


 ふいに走り出した子供。

 右手に何やら紙?を握りダッシュで向かって来る。


「これ!」


 あっという間に目の前に来たその子供は推定5,6歳の男児。

 やけに目力が強い。


「何?」


 愛美がサッと私の前に出て言った。

 瞬時、子供と彼女が凝視をし合う。

 

「ん」


 右手に掴んだ紙を背伸びの姿勢で愛美の顔の前に無言で突き出してきた。

 早く手に取ってくれ、と言わんばかりに。

 愛美がゆっくりとそれを取る。

 すると次の瞬間、素早くきびすを返すと子供は元来た方へ走り出し、とあっという間に階段を掛け下りて行ってしまった。


「ちょっと!」

「追わない方がいい」

 

 何を感じたのか、思わず声が出た私を愛美は制した。

 手元には受け取った紙。

 三つ折にされた何の変哲もない便箋らしきそれ。

 あの子供は一体、何のつもりでこんなものを・・・・悪戯?


「これ、たぶん・・・・」


 言いながら愛美は慎重な手付きで紙を開いた。

 現れたのは縦書きの達筆な筆文字。

 

いにしえよりの因縁深き一族の滅びし時は近いと心得よ。よわい十八の目覚めしこくを待たずして我ら必ず引導を渡す】


「やっぱり・・・・本気を見せてきたわね」

「私・・・・」

「大丈夫、心配はいらない」

「・・・・」

「あなたが次の誕生日を迎えて無事に森羅しんら──」

「森羅?」

「いえ・・・・何でもない、今のは忘れて」

「何?」

「ごめん、私のミス。忘れて。いずれ分かるから」

「う・・・・ん」


 森羅?

 何だろう・・・・森羅万象?

 

 もしかすると愛美は私が18歳になった時に明らかになる"何か"についてを知っているのでは──

 が、今の様子ではこれ以上は追求出来ない頑なさを醸し出し、きっと話してはくれないだろう。

 それよりも今は──


「子供を使うなんて、姑息こそくな奴らだわ」

「まさかあの子も・・・・魔垠まごん?」

「いや・・・・たぶん一時的に操られたんだと思う」

「一時的? あんな小さな子を・・・・」

「目的のためなら老若男女、誰でも使い捨てるから、奴らは。つまり冷血ってこと」

「じゃ、私を階段から突き落とした彼女も・・・・」

「使い捨て。人間の命なんて何とも思ってないもの」

「・・・・」


 身震いがした。

 と、同時に、そんなモノに狙われる存在の自分自身の人生の異様さをあらためて実感し、まさに宣戦布告と取れる毛筆文に得体の知れない禍々まがまがしさを感じた。

 そして愛美が一瞬だけ口走った"森羅"にも、同様の得体の知れなさを感じてならなかった。






 


 



 

 




 



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おのろし様 真観谷百乱 @mamiyan

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