【現場の教授】

 私を階段から突き落とした謎の女が死んだ?

 愛美は耳打ちで確かにそう言った。


「そんな・・・・まさか・・・・」


 背中に走る悪寒に私は瞬時、身を縮ませた。

 すると──


「ちょっと!」

「え?」

「あいつ!」

「え、誰?!」


 戸惑う私には反応せず、鞄の外ポケットから素早くスマホを取り出すと愛美は生徒や教師たちで騒然とする人混みのとある一角に向けレンズを向けた。

 いきなりの撮影。


「ねえ、何・・・・」


 困惑する私を片手で制し、続ける愛美。

 ほどなくして撮影を終えると、即座に「見て」と画面を私に向け再生をした。

 たった今、この場から目でも見えている光景が映っている。

 動画を停止する愛美。


「ここ、拡大でよく見て」

「?」

「ほらこれ、この男」

「・・・・あ!」

「ね? わかるよね?」

「・・・・」


 もうもうと煙をあげる校舎の脇から伸びる坂道、生徒たちが世話をし四季折々の花々が美しく咲き誇る〈華の丘〉と名付けられた庭園に続くその小路こみちの途中に男が立ち、騒然とする場を見下ろしている。

 拡大されたその男の姿。

 間違いない。 


「三国川・・・・教授・・・・」

「でしょ?」


 すぐに目をやったその先にはすでに姿はなかった。


「どういう・・・・こと?」

「放火犯」

「え、だって遠方にいるはずじゃ・・・・」

「でもいたじゃない。間違いないでしょ?これ」

「・・・・」


 最大に拡大された画面に再び目をやる。

 そこに映っているのは紛れもなくあの教授、三国川龍彦だ。

 が、本来ここにはいるはずがない。

 調査の旅に出ているはず。

 なのに──何故? 火災現場のここに?


「皆さん! 本日は各自このまま帰宅をして下さい! 追ってそれぞれ担任から連絡を入れます! いいですね? 真っ直ぐ帰るように!」


 ふいに拡声器を持った教頭の声が響いた。

 見れば炎はだいぶ鎮火をし煙も勢いが落ちてきている。 

 ただ、明らかに教師たちの様子がおかしい。

 消防隊も数台やって来たパトカーの警官たちも何やらバタバタしているように見える。


「見つかったんだわ」


 愛美が淡々と言う。


「見つかった?」

「そ、たぶん」

「え、それって・・・・」

「あなたを突き落とした女」

「まさか・・・・」

「想像通り。生きてない。だから今日は全員を帰すことにしたんでしょ、全校集会もなしに」


 身震いがした。

 

「犯人は間違いなくあの教授よ。あなたを突き落とした女は奴の、というか奴らに操られていた雑魚。で、しくじったから消された。私に捕まる前にね、やられたわ」


 そう言うと愛美は溜め息をつき首を振った。


「すみやかに帰宅! 早くしなさい!真っ直ぐ帰るように!」


 再び教頭の声が飛び、生徒たちがぞろぞろと校門に向かう。


「行きましょ。私のそばを離れないようにね」

「あ、うん」

「どこかから見てるから、私たちのこと」

「見て・・・・もしかして教授?」

「そう。邪視線じゃしせんを感じる・・・・まだ遠くに離れていない」


 その時──


『お前を抹殺する』


 私の脳裏に低音のおぞましい声が響いた。

 次の瞬間、一陣の強風がまるで私たちにだけ向かうように吹き付けた。

 よろけかけた私の二の腕を愛美がグッと掴む。


「動揺しない。大丈夫、私がついてる」

「え・・・・」

「序の口よ、こんなのは。頭の中の声も周囲の異常現象も本番はこれから。とにかくあなたが十八歳を迎えたら困るのよ、奴らは。だから潰しにかかってくる。でもやらせない。こっちも伊達だて眷属けんぞくじゃない。全力でいく」


 思わず私はまじまじと愛美の顔を見た。

 今、頭の中に異様な声が響いたことも瞬時に見通した?


(この人って一体・・・・)


 守られることへの安心感もさることながら、その能力の計り知れなさを私はまだ受け止めきれずにいた。


 






 


 


 


 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る