魔法に課金、しませんか?〜お隣さんが魔法使いだった件について〜

@lucky-labo

第1話

たった5分だけだと思っていた私が、馬鹿だった。


ザーザー降りなんて表現が可愛く思えるほどの、大雨の中。私は学生カバンを頭に載せ、マンガの中の主人公よろしく、家までの帰り道を全力で駆けていた。


家から最寄りのバス停に降りた後、財布もスマホも傘も、全部学校に置いてきたのに気づいたのが5分前。


いわゆる停留所なんてものはないし、どこかで雨宿りしようにも、周囲には畑しかない。そんなものだったから、私には雨の中を走る選択肢しかなかったのだ。


「もはや詰んでるでしょ、この状況!!」


靴下はものの2秒で水没したし、いつもは整えるのに苦労する前髪は、おでこに貼り付いている。カバンを盾にしてはいるけど、風が前からも横からも吹き荒れる暴風雨の中では、実質意味はないのだ。


「ブラウスもびしょびしょだし、これは、即風呂コースかな…」


そんなことをぼやいたせいだろうか。雨水が張ったアスファルトにローファーが滑り、私はすんでのところでブレーキをかける。


「!っあっぶなっ、って…スマホ?」


思わず立ち止まって拾い上げたそれは、明らかにスマホの形をしていた。女子高生の手のひらでも収まるくらいのサイズで、黒いシリコン製のケースが嵌め込まれている。


くるっと裏返してみると、縁の内側はアクリル板になっていて、赤、紫、黄色なんかのステンドグラスが、ほうきで空飛ぶ魔女を描いているデザインだった。


いつから落ちていたのか知らないが、この大雨の中だ、少なからずダメージは受けているに違いない。


「今近くに交番はないし…明日学校行く時でいっか。」


私はポケットにスマホを突っ込み、再び走り出した。





「っはぁー、今日のはキツかったなあ。」


アパートの屋根がついている場所に避難して、髪の毛を絞ってみると、大粒の水滴が、ボタボタとコンクリートの床に落ちた。


ひとしきり水を切ったあと、私は2階にある我が家、301号室に向かって階段を登る。


「こんなに濡れたのなんて、中学生の部活の時以来かも。」


そう言って階段を登った先に、なにやら先客がいた。

薄暗い中では判別がつきづらかったが、どうやら隣の302号室のお隣さんみたいだ。


染めたことなんてないのだろう、真っ黒でモサモサな髪に、白い半袖Tシャツとジーンズ。ザ・20代男性フリーターって感じの見た目だ。ちょっと語弊のあるたとえかもしれないが、たまにすれ違っても、会釈くらいしかしないし。よくわからない感じなのは否めない。表札の所に名前があったけど、なんだっけ、確かかみ、神し…


「えあ、あ、あ、スマホ!?」


それ、どこで…」


お隣さんが私の腰のあたりを指す。指された先を見ると、ポケットからはみ出した、さっきのスマホが顔を出していた。


「えっと、うちの前の道路で…」


「それ、俺の!返して貰えないかな?」


お隣さんは、興奮した様子で私に近づいてくる。


「ああ、はい、どうぞ…」


「うわ、助かった、ありがとぅ…ってびしょびしょじゃねぇの!?」


私からスマホを受け取った後、お手本のような二度見をして、お隣さんはまだ話しかけてくる。


「いや、傘忘れて…でももう家の前だし。」


というか濡れてるのはお互いさまじゃないか。


「タオル…は今全部濡れてるし。風呂…は掃除してないから、ええと…」


何やらぶつぶつ言っているようだが、外の雨音がうるさくてよく聞こえない。


「あ、じゃあお気をつけて…」


私がうちのドアノブに手を掛けようとすると。


「他の人には、黙っててくれよ?」

「え」


お隣さんは、そう言って何やらさっき渡したスマホを操作して。


チャリーンッ


小銭のような音が聞こえた次の瞬間には、


私の体は、髪どころか制服のブラウスまでも、乾燥機から出したばかりのように、全て乾ききっていた。


…は?


「次は濡れんなよっ!」


そう言って、お隣のお兄さんはドタバタ足音を鳴らしながら、自分の家に入っていった。


「っいや!今、何を…」


ガチャン!


再び声をかけようとした時には、お隣さん家のドアは、もうガッチリ施錠されてしまっていた。


カチャ。


「あら、真琴おかえり。雨が強かったみたいだけど、大丈夫だった?」


「お母さん。」


「うん?」


「小型の超自動乾燥機って、あると思う?」


「え?」




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