【出会いと別れと再会の街、アルムウォーレンに乾杯】3/3
「そうっす! ユウリっす! ユウリ・ンジャーラっす! この魔術洋燈を直してもらいに、ばあちゃんと良く来てたんすけど、覚えてないっすか?」
あの時の子供だった。あんなに可愛らしくて、将来は美人になりそうなあの女の子……。
「って、男かいっ!!」
「師匠に憧れて魔技士の資格を取りました! この店で働かせてください!」
暑い胸板で迫られたノマールはパニックに陥った。
「ちょっと待って待って、おいおいおい。説明しろ説明っ」
「え。何がですか?」
「男やないかい」
「男っすよ?」
「女の子じゃなかったのかよ!」
「小さい頃はよく間違えられました。それが嫌で筋肉つけました!」
「確かに、よく見ると顔だけは可愛らしいな……ってそう言うこと言ってんじゃないんだよ!」
「えへへ。ありがとうございます」
「褒めてねえよ」
「ってことで、よろしくお願いします!」
「待て待て待て待て。お前を雇うとは一言も言ってないぞ」
「え、だって昔はよく大きくなったらおいで。色々教えてあげるよってニヤニヤしながら言ってたじゃないっすか!」
「いや、それはなんていうか……若気の至りというか」
「それに外にバイト募集の張り紙ありましたよね?」
「えっと、あれは……間違い、そう間違いだ。バイトなんか募集してない」
「ちょっと。師匠! そりゃないっすよ。俺、この店で働くために頑張って魔技士の資格とったんですよ」
ユウリは叫びながら距離を詰めてくる。筋肉があるので、すごい威圧感だ。
「ってか、師匠って呼ぶな」
「師匠が胸が大きい人が好きだっていうから、頑張って大胸筋もつけたんですよ!」
「馬鹿、意味がちげーよ!」
「そんな!ししょー!」
「師匠って呼ぶなっての!」
そんなやりとりをしていると、再び玄関の扉が開いた。
まずい。お客さんだ。こんな筋肉少年と大声を出し合うわけにもいかない。変な店だと思われる。
「と、ともかくさ。君を雇うことはできない。本当に。マジで、ごめん」
ノマールが真剣な顔で言うので、ユウリは俯いてしまった。
なんだか申し訳ないような気もしたが、一緒に働くなら若い女の子がいい。それは譲れない。
「本当にダメなんすね」
「おう」
「……わかりました」
ユウリは何かを言いかけたが、観念したのかがっくりと肩を落とした。
その様子を見て胸を撫で下ろすノマール。
「……あのー。すみません」
二人の間に割って入るように女性の声がした。今しがた扉を開けて入ってきた客が声をかけてきたのだった。
「悪いな、ユウリ。お前だけの相手をしているわけにはいかないんだ。今日は帰ってくれ」
ユウリの大きな肩を叩き、その後ろの女性客に向かう。
「はい、なんでしょう。何かお探しですか?」
「いえ……その突然押しかけて、無理を言って失礼しました」
女性の顔を覗き込んだノマールが固まった。
「姉さん。ダメだった。アルバイトは募集していないって」
「……ね、姉……さん??」
「そう。残念だったわね」
ノマールは混乱したまま固まっている。
「その節は弟と祖母がお世話になりました。わたし、ユウリの姉のマルリ・ンジャーラと申します」
女はサラサラの金髪を揺らし丁寧に頭を下げた。
ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。
マルリは、まるで昔の可愛らしかったユウリがそのまま大人になったような、清楚で整った顔立ちをしていたのだ。
「あなた、ユウリくんの……お、お姉さん?」
「はい。当時のことはよく弟に聞いておりました。祖母といつもこのお店に通っていたとのことで、わたしも一度来てみたいとは思っていたのですが、ハイスクールの部活が忙しくてそれは叶いませんでした。そうこうしているうちにあの事故で祖母が亡くなり、その後、父の転勤が決まり、この街から離れていたのです」
「き、綺麗だ……」
マルリは透き通った声で丁寧に説明してくれていたが、ノマールはマルリの整った顔を見つめたまま硬直していた。
「聞いてます?」
「あ。はい! 聞いてます」
「わたしは就職を機にこの街に戻りました。弟は魔技士の資格を取ると、すぐにサリル商店で働きたいと言い出して、アルムウォーレンに住むわたしの所に転がり込んできたのです」
実際は彼女の言葉など全然耳に入っていなかった。
マルリのまつげの長い大きな瞳、なだらかな曲線を描く鼻筋。きめの細かい肌。潤った唇。細い体をタイトに包むニットワンピ。そして、そこから伸びる、程よく筋肉のついたすらりとした長い脚。その全てがノマールの心を撃ち抜いていた。
「……あの、やっぱり聞いてらっしゃらないですか?」
「え……あっ。うぇ!? ちゃ、ちゃんと聞いてます! 大丈夫です!」
我に返って、慌てて頷く。
「今はアルバイトは募集していらっしゃらないのですね。仕方ありません。突然押しかけて失礼しました。ユウリ、行きましょう。無理を言ってご迷惑をかけてはいけません」
「……わかったよ姉さん」
背を向けるユウリと、それを促す姉のマルリ。まずいこのままではせっかく訪れた美人が帰ってしまう。どうにか引き留めねば。
慌てたノマールは手を伸ばした。
「ちょ、ちょっと待ってください」
なんでしょう、とマルリは不思議そうに振り向いた。
「いります! あの、バイトいります」
「……はい?」
「やっぱりバイトいります、募集します!」
声がひっくり返りながら、ノマールは告げた。
「え、でも先ほどアルバイトは不要と仰っておりませんでしたか?」
「えっと……。やっぱり考え直しました! せっかくこの店で働きたいと言ってくれた若者を追い返すなんて、俺にはできません。俺、結構面倒見がいいんです!」
気をつけの姿勢でノマールは声を出す。
「良いのですか?」
「もちろん! よーし、ユウリ。明日から来れるか」
「……マジすか師匠?」
ユウリは信じられないと言った顔でマルリとそっくりの瞳を丸くした。
「もちろんだ!」
ノマールが親指を立てた。
ユウリは飛び上がって喜んだ。
「やったー!ありがとうございます!師匠!」
「よかった……。本当に親切にありがとうございます。どうぞ弟をよろしくお願いします」
マルリは嬉しそうに微笑んで丁寧に頭を下げた。
これは大きなチャンスが到来したぞ。
頭を下げるマルリを見つめながら、ノマールも内心拳を握っていた。
ユウリを店で雇えば必然的(?)にマルリとも親しく付き合いができるかもしれない。
こんな美人とお近づきになれることなんてそうそうない。
これはひょっとするといよいよ我が世の春が来るかもしれない。
思わず色々と妄想をしてしまう気の早いノマールであった。
「……なんすか師匠、変な顔して」
「うぐ、なんでもない! ユウリ。明日からビシバシ行くから覚悟しとけよ!」
「了解っす! 師匠!」
「なーに騒いどるんじゃ?」
そんなところへ、今度はサリルが郵便屋から帰ってきた。
「あ、婆ちゃん、おかえり。あのさ、明日からこいつ雇うことにしたよ。名前は……」
「おお。ユウリじゃないか。久しぶりじゃのぉ。元気にしとったか」
「え、婆ちゃん分かるの?」
「そりゃ分かるじゃろ。あの頃とおんなじ優しい目をしている。大きくなったのう」
「嬉しいっす! 師匠は全然覚えてなかったんすよ」
「そ、そんなことないから! お前の本気を見るために敢えて気がつかないふりをしただけだから」
「えー本当っすか?」
疑惑の眼差しを向けられたノマールは強く頷いて誤魔化した。
少々腑に落ちない表情のユウリだったが、サリルの方に向き直り、深くお辞儀した。
「ともかく……、サリルさんお久しぶりっす! その節はお世話になりました!」
「うむ。その様子じゃ魔技士の資格も取れたようじゃな」
「なんで分かるの婆ちゃん」
「魔力を見りゃ分かるよ。置換魔術用の魔力源の匂いもほのかにする。それと身体つき。細かい作業をしている指をしているからな、皮膚が硬くなっとる。その二つはだいたいの魔技士が持ってる特徴じゃな」
「さすがっす! その通りっす!」
「そして、こっちのお嬢さんは……」
「あの、わたし姉のマルリと申します」
マルリが自己紹介をするとサリルは温かい微笑みを浮かべた。
「ンジャーラさんから話は伺っておったよ。合唱部が忙しいのに勉強も頑張っていて自慢の孫じゃと。サルカエスの大学には受かったのかい? 確か、サンドミルカレッジだったかの?」
マルリは驚いて息を呑んだ。何年も前に来ていた客との会話を覚えていて、会ったこともない自分のことを部活から志望校まで、こんなにも知っているなんて。
「そうです! サンドミルカレッジの古代史専攻です。大学を卒業して、またこの街にもどってきたんです」
「そうかそうか。あそこの古代史専攻にガーネット・パッカーってのがいるだろう。あれは私が摩天楼閣で講師をしていた頃の教え子でね。古代の魔道具を研究しているうちに魔術より古代史にのめりこんでしまった変わった娘なんじゃよ。いつもボサボサの赤毛で白衣なんか来とるじゃろ」
「ガーネット先生は私も大好きな先生です! 私、彼女の助手をしてました」
「ふぉっふぉっふぉ。そうかそうか。お前さんみたいな娘と気が合いそうだと思ったんじゃよ」
「まさか、サリルさんが私の先生の先生だなんて驚きです」
「孫弟子ってわけじゃな。会えて嬉しいよ。色々話を聞きたいね。私も古代史は好きなんだ。暇な時に遊びに来なさい。若い茶飲み友達が欲しいところだったんだよ」
「はい!ありがとうございます」
すっかりマルリはサリルに尊敬の念を抱いてしまったようだった。
少し世間話をしていたが、立て続けにお客さんが入ってきたので、話はまた今度となった。
「じゃあ、ユウリは自前の工具があるなら持ってこいよ。……マルリさん、ぜひ気軽に遊びに来てください。婆ちゃんも喜びますんで」
「はい、ありがとうございます」
ユウリとマルリの姉弟は全然違う体型なのに、不思議と似た笑顔で頭を下げて店を出ていった。
夜になり店じまいをする。ひっきりなしにお客が来て品出しは中途半端になってしまった。
「さて、じゃこれから品出しを再開しようかな!」
「おや。今日帰ってきたんじゃから、今夜はゆっくり休めばいいのに」
今日の売り上げを計算するサリルがお茶を啜りながら労ってくれたが、ノマールは首を振った。
「いや、婆ちゃん。俺、今やる気が三割増だから」
ノマールの顔をチラリと見て、サリルは楽しそうに笑った。
「フォッフォッフォ。……マルリのおかげじゃな」
さすがばあちゃんだ。お見通しだった。
「そりゃそうでしょ。あんなに綺麗な子とお知り合いになれたんだから」
「現金な奴じゃの。まあそれもいいことよ。あのユウリも素直そうな子じゃし、これから楽しくなりそうじゃな」
頷いたノマールの脳裏に港のモニュメントの言葉が思い浮かんだ。
『出会いと別れと再会の街アルムウォーレンに乾杯』
ノマールが気取った声音でその詩を唱えると、サリルは目尻の皺を深くして頷いた。
〈了〉
アルムウォーレン・ストーリーズ ボンゴレ☆ビガンゴ @bigango
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