【出会いと別れと再会の街、アルムウォーレンに乾杯】2/3
二人が持ち込んだ魔術洋燈は年代物の珍しい一品だった。
意匠も灯の色も現代では使われない技術で作られていた。
「どうもおばあちゃんの母親の形見だったらしくてさ。大切なものだから直してほしいって頭を下げられたんだけど……」
かなり古い年代の物だから、修理するのには魔技士の技術だけじゃなくて原始魔術や錬金術の知識も必要で、かなり難易度の高い依頼だった。
二人はアルムウォーレン中の魔道具屋を回ったらしいのだが、どの店にも修理はできないと言われたらしい。二人がとても神妙な面持ちだったので、不憫に思って修理を引き受けた。
「直せたんですか?」
「時間はかかったけど、ばあちゃんから魔術回路の仕組みとか聞いて、なんとか修理することができたよ」
直ったことを告げると、二人は手を取って喜んだ。それから二人は魔力の補充がてら、サリル商店に遊びにくるようになった。
「話好きのおばあちゃんと人懐っこくて可愛いらしい女の子でね。色々話したよ」
懐かしい。あれはもう何年前のことだろう。ノマールは二人の姿を思い浮かべた。
白髪を綺麗に纏め、ピンと背筋が伸びたンジャーラさんと、可愛らしい孫のユウリちゃん。
ユウリちゃんの方は
「そんなに可愛かったんですか?」
「めちゃくちゃ可愛かったよ。あのまま成長してたらきっと今頃アイドルかモデルだな」
腕を組んでノマールは頷いた。
「しかも、ユウリちゃんは天真爛漫で素直でお茶目でさ。いい子だったよ。俺の仕事に興味津々で、模型を作ってるみたいで面白いって言ってずっと見てた。ラジオとかの仕組みを教えてあげたりしてね。喜んでたな。将来は魔技士になって、この店で働く。とかって言ってね。俺のこと師匠なんて呼ぶんだよ。かわいかったな」
「なるほど、ノマールさんロリコンの気もあるんですね。それでこの店を続けることにしたってことですね」
「いやロリコンじゃねえって。けど、それはそれ。俺はその頃、もう仕事に飽きてたなんだよね。こんなしがない修理屋じゃなくてもっと面白いことが、どこかに転がってないかなぁ、なんて思ってた」
ノマールは自分の短所を自覚していた。飽き性なのだ。何をやっても長続きしない。好きで始めたことも、覚悟を決めて始めたことも。
サリルが赤字続きの店を閉めるか悩んでいるのも知っていたし、これを機に全部やめてしまおうかとも考えていた。
「店を閉じようかなって思ってるんですって、ぽろっとこぼしちゃったんだよね。そしたら、おばあちゃんが寂しそうに言ったんだ。サリル商店が無くなったら、この魔術洋燈を直してくれる所は無くなっちゃうねぇって。ユウリちゃんも悲しそうな顔になっちゃって。その時に初めて自分の仕事が誰かの為になっているってことの重大性に気づいたんだよね」
些細な出来事だったが、ノマールの心に大きく残る出来事だった。
「それでやる気になったんですか」
「うーん。でもそれでもその時は続けようとまでは思わなかった。一度きりの人生だから好きなことをやればいいのよ、なんておばあちゃんも言ってくれたしさ」
若者が老人の為に自分の人生を使う必要はない、とまで言ってくれた。
「でも、せめて、私にお天道様からお迎えが来るまでは辞めないでおくれよ。なんて冗談をおばあちゃんは言って笑ってたんだ。……でも、その日の帰りに、事故でおばあちゃんが亡くなっちゃったんだよね」
運河の街のアルムウォーレンの人々はボックスボートと呼ばれる小舟を日々の足にしている。
燃料で走る大型の乗合舟や、手漕ぎの舟。魔力で走る水上バイクなどだ。そして、時々、衝突事故が起きる。乗合舟が転覆すると時々死者が出る。特に、幼い子供とお年寄りが多い。
「お孫さんの方はどうなったんですか」
「事故から一週間くらいたった頃かな。ユウリちゃんが一人で店にやってきたんだよ」
「……無事だったんだ。よかったですね」
「うん、でもすっかり元気なくなっちゃっててさ。なんて声をかけていいかわからなかったよ」
「そうですよね。おばあちゃんが亡くなったんですものね」
「見たことない真剣な顔して、カウンターまでやってきてさ。おばあちゃん死んじゃったけど、店辞めないでくれますか、これを直してくれますか、って涙をためて壊れた魔術洋燈を出したんだ。あの日のおばあちゃんと俺の冗談の会話を横で聞いてて、本気にしてたみたいなんだ。その強い眼差しに押されてさ。君が持ってくる限り店は辞めないよって約束しちゃったんだ」
「それで店を続けることにしたんですね。優しいじゃないですか。ノマールさんってチャランポランな感じですけど、素敵なところもあるんですね」
「チャランポランって……そんなこと言うなよ。まあ、あの子はすごく可愛い子だったし、成長を楽しみたいなっていうのもあったんだけどね」
「え、前言撤回。キモっ」
失言に気づき慌てたがリリは眉間に皺を寄せていた。
「べ、別にそういう意味じゃないよ。成長って魔技士の方の技術の話だからね!」
「ホントですか」
じとっとした眼で見られたノマールは咳払いをして話を本筋に戻す。
「ともかく。勢いでそんなこと言っちゃったけど、実際問題、店は大赤字で普通に潰れそうだったから、どうやって経営していこうか悩んだよ。それで、考えた結果、仕方なく扱う商品を変えることにしたんだ。雑貨を仕入れるようになったのはそれからだね」
思い切って雑貨に近い魔道具を仕入れたから今のこの店があるのだ。
「へえ、それが転機だったんですね」
「そうそう。当たって良かった。運が良かったんだよな」
「サリル商店の商品って独特ですもんよね。魔道具屋さんってちょっと古めかしい印象があるんですけど、ここの商品はすごく可愛いし、全体的にポップですよね」
「まあそうだね」
「どうしてそんな仕入れをするようになったんですか?」
「いや、単に店に来るのがじいさんとか、ばあさんばっかりだったから、若い女の子が来るようにしたかっただけなんだけどな」
「え、そんな理由だったんですか。ノマールさんっぽいと言えば、ぽいですけど」
「ちょうど世にレトロブームなるものが到来した頃だったからね。へんてなこ雑貨が売れたんだよ」
若者の間で、四十年ほど昔の『戦後』と呼ばれた時代のファッションが流行した。
その波に乗って店の雑貨は売れたのだ。
「あ、覚えてます。小さい頃、周りのお姉さんが着てましたよ。大きな水玉模様の入ったミニワンピースやゴワゴワした大きめのセーターなんかが流行ってましたよね」
「そう。あの時代の服って、結構体のラインとかがくっきり出て、好きなんだよねぇ。エロいよね」
「もうノマールさんて、そんなんばっかですね」
たまたま見た雑誌のグラビアに、魔道具をファッションとして身につけているアイドルが載っていた。魔石のペンダントにネックレス。
それを見てノマールは閃いた。
戦後と言ったらまだ魔術士が世の中に溢れていた時代だ。その時代の服装が流行るということは、当時の街に溢れていた魔術士が身につけていた魔装具や魔装束といった衣類にも日の光が当たるかもしれない。
魔術士が少なくなった今では身に着けている人は少ない。だが、それ故に、物珍しさで、今の若者に人気になるかもしれないと、ノマールは思ったのだ。
わざわざ魔術都市サルカエスの中古魔道具屋に買い付けに行き、古い魔装束や魔道具を買い込んだ。
デザインが古かったり旧式の装備だったりして、安かった。
それが当たった。
攻撃魔術を防ぐ糸を編み込んだワンピースや、魔石のついたネックレスがその効果も知らない若者に買われていった。
魔力を秘めたピアスはもちろん、魔力を可視化できるサングラスなど、魔術士でもなかなか手を出さない風変わりな品や、有名な魔導書の表紙がプリントされたシャツなんかも売れる始末だった。
魔道具がおしゃれ目的で買い求められた。
「似た店が何店も出来てね。そうなると差別化を図らなきゃいけないじゃん。それで世界各地に行って古代の魔道具とか、珍しい魔力源とかを仕入れてくるようになったんだ」
「それで今のスタイルになったんですね。でも、旅に出ていたら、魔術洋燈の修理とか、そういう仕事はできないじゃないですか。さっきの話のお孫さんとかはどうなったんですか?」
「いや、それがさ。ユウリちゃん、一年も経たないうちに来なくなっちゃったんだよね」
「ええ!?」
「お前のためにやる気になったんだぞって話だよな」
ノマールは苦笑いした。
「どうしたんですかね」
「子供だったしなぁ。別のことに興味が出たんじゃないのかな。仕方ないさ。『出会いと別れと再会の街アルムウォーレンに乾杯』ってね」
「何ですかそれ」
「え、知らないの? クリモ港にあるモニュメントに書いてあるじゃん」
「あー、あんまり港の方には行かないんでわかんないです」
有名な詩人の言葉なのに若者は知らないのか。確かに古い詩人だものな。
こういう時に自分は歳を取ったと実感する。
「そっかー、残念ですね。でも、その子のおかげでこのお店が繁盛店になったんですから感謝ですね」
「うん、そうだけどね。今も忙しくなって、そろそろバイトでも雇おうかと思ってるところだったんだよ。そうだ、リリちゃん。エルメラルドさんの探偵事務所なんかより、うちで働かない?」
「わ、わたしですか?」
「そうそう。やっぱりリリちゃんみたいな可愛い子に店番してもらいたいもんな」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、わたしは先生の助手という大変責任のある仕事があるのでダメです。バイト募集の張り紙でも貼れば、すぐに応募もあると思いますよ」
「でも、可愛くない子は取りたくないじゃん」
「もう、ノマールさんサラッといつも通り最低だなぁ」
「なんでだよ。どうせなら可愛い子と一緒に働きたいじゃん。おしとやかで控えめで、でも自分の意見はちゃんとあって、魔装製品の修理とかもできて、俺を尊敬してくれたら尚いいな。ユウリちゃんとか来ないかなー。絶対美人になってるだろうし即採用なんだけどなぁ」
「またバカなことばっか言ってる」
リリが笑いノマールも釣られて笑う。
「……リリさん。いつまで油を売ってるんですか」
「うわっ。びっくりした!」
突然、背後から声がしてノマールは飛び上がった。
音もなく現れたのは見覚えのある顔、リリの師匠であるエルメラルドだった。きちっとしたスリーピースのスーツで決めている。探偵は見た目が大事だと言って、金が無くても見た目には金をかけているらしい偏屈な男だ。
「エ、エルメラルドさん。どっから湧いて出たんですか」
「人を小蝿みたいに言わないでくれ。普通に扉を開けて入ってきたよ。アホな会話に夢中で気がつかなかったんだろ」
「げ、聞いてたんですか」
扉には鈴がついてるはずだけどな。
「大雑把でミスばかりするじゃじゃ馬娘を引き取ってもらえるというのなら喜んで差し上げたいんだけどな」
「えー。先生。その冗談面白くないですー」
師匠にジトリとした視線で睨まれてもリリはまったく動じなかった。
「ってか先生、外で待ってるって言ってたのに、なんで来たんですかー?」
「なんでじゃないよ。君がいつまで経っても戻ってこないからだろ。サリル婆さんに頼まれてた品物を渡してきてって言っただけなのに、何分待たせる気なんだよ」
「あ、そうだった。ごめんなさーい」
リリは口では謝っているがぺろりと舌を出し反省の色は薄い。
エルメラルドはため息をついてリリの制服のポケットに入っていた封筒をさっと取った。
「ほら、ノマール。それサリル婆さんに渡しといてくれ。頼まれてた物だって言えばわかるからさ」
何枚か硬い紙が入っている封筒だ。手触りで何かは大体わかった。
「また、演歌歌手の隠し撮りですか?」
「おっと、いくら依頼主のお孫さんでも依頼内容は明かさない、それが私のポリシーだ」
チッチッチと指を振ってエルメラルドが唇の端を釣り上げて笑った。
「はいはい。渡しときますよ」
まったく、婆ちゃんもこの人も気楽でいいよな。
とはいえ、エルメラルドは小遣い稼ぎに祖母の依頼を受けているのではなく、高齢のサリルの体を心配して、様子を見に来てくれているのだ。
エルメラルドは変人だが義理堅い男でもあった。
「じゃ、そういうことで。今日は仕事の途中だからな。また来るよ。仕入れた品はその時、じっくり見させてもらうよ」
「あいよ。お待ちしてます」
「ノマールさん。また来まーす」
去っていく二人を見送る。相変わらず不思議なコンビだ。
「しかし、リリちゃんはどうしてあんな偏屈な男にゾッコンなんだろうなぁ」
二人が去った店でノマールは首を傾げた。エルメラルドのことを気に入る女性などいないと思っていた。それが、あんなに可愛い子をバイトにして、毎日一緒にいて。嫉妬してしまう。
よし、やはりアルバイトを募集しよう。
魔術堂なんて言うと古臭いイメージがあるが、サリル商店は今や可愛い雑貨のお店だ。募集をかければきっとオシャレな若い女の子が来るだろう。そして、きっと俺に恋をする。だって、二人っきりで働くのだから。
……ダメだよ、営業時間中にキスとかはダメだよ。
……ノマールさん。あたしもう我慢できないわ。
……全くしょうがないバイトちゃんだな。今日は閉店にしちゃおうか。
「なんてことになっちゃったりしてな」
店にはいつも祖母がいるのに、そのことすら忘れて妄想に頬を緩ませながら、早速バイト募集の張り紙を作って店先に貼る。
思い立ったらすぐ実行するのがノマールだった。
絶対に可愛い子しか採用しないぞ、と心に決め、品出しを再開する。
一通り品出しが終わった頃、カランコロンと玄関の鈴が鳴り、バタンと、扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
店の入り口を見れば見慣れぬ少年が立っていた。丸首シャツにデニムズボン。飾り気のない服装であるが、かなりガタイが良い。大きな肩に太い首。腕など丸太のように太い。服を着ていても筋肉隆々なのは一目瞭然だった。
「こ、こんちわ!」
野太い声が少しうわずっている。
魔道具屋にこういうマッチョが来ることは少ない。魔術士の間では過度な筋肉は不要という定説があったからだ。
ただ、この店は魔術士以外お断り、みたいな古臭い店ではないし、魔術を使えない亜人も店に買い物に来る。このマッチョ少年も、きっと好きな子にプレゼントを買いに来たとかそういう具合だろう。
魔術を使えなかったり魔術自体に興味が無い人でも、店に訪れてくれるのは嬉しいことだ。
「何か気になったものがあれば、お気軽に仰ってくださいね」
愛想良く言って、ノマールはレジ裏に戻ろうとした。しかし。
「師匠! 師匠っすよね!! ようやく会えた! お久しぶりです!」
野太い声の少年はパッと顔を明るくしてどしどしとやってきて、ノマールの肩を両腕で掴んだ。
「痛っ! えっと、だ、誰?」
少年の背丈はノマールよりも頭ひとつ分大きい。両肩を掴まれたノマールは怯えた顔で少年を見上げた。
「俺っす! ほら、これを見れば思い出してくれると思うっす」
少年はノマールの肩から手を離し、体育会系の学生が良く背負っているような馬鹿でかいリュックから、何かを取り出しカウンターの上に置いた。
人の頭くらいの大きさの包み。それを血管の浮き出たゴツゴツした手で開いていく。
不審に思いながらも見ていると、古い魔術洋燈が姿を現わした。
その特徴的な意匠を見た瞬間、ノマールの脳裏にあの時の老婆と孫の姿が浮かんだ。
「……嘘だろ。もしかして君は」
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