【出会いと別れと再会の街、アルムウォーレンに乾杯】1/3

 まだヴァレンティア湾に入ったばかりだというのに、潮風に混じって懐かしい故郷の匂いがした。


 早朝の船上で煙草に火を付ける若い只人タビトがひとり、のぼる朝日に目を細めていた。

 青年の名はノマール・ベライト。アルムウォーレンの下町で魔道具屋を営んでいる二十代半ばの若者だ。

 細身ではあるが程よく筋肉のついた身体で、伸び放題の癖っ毛を後ろで束ねていた。

 彼は一年の半分以上を珍しい魔道具を仕入れるための旅に費やしている。

 似合わない長髪は旅の最中は髪を切らないという験担ぎのためだった。

 とはいえ、


「髪の長い俺もなかなかワイルドでカッコいいな」


 なんて鏡を見るたびに少し表情を作ってみたりする。

 呑気な男であった。


 風に吹かれ煙草の煙を空へ放っていると、ぼんやりと海の向こうにアルムウォーレンの港町が見えてきた。

 夏が終わり季節はすっかり秋。朝焼けの海は白く穏やかだったが、風は冬の訪れを予感させるような冷たさもはらんでいた。

 それでも、デッキの上にノマールが上がっていたのは朝の景色が好きだったからだ。

 船が港につくのが早朝だと心が軽くなる。一日の始まりが上陸から始まるというのは気持ちがいい。

 ノマールは垂れてきた前髪をかきあげると、腕を振り上げ背伸びをして青い空を見上げた。

 小龍が気持ちよさそうに風に乗っていた。


 獄天魔大陸のベアレス港から魔導帆船で揺られること一週間。ついに船は汽笛を鳴らし着岸した。


 ノマールは大きなリュックを背負い地上に出る。


『出会いと別れと再会の街! アルムウォーレンに乾杯』


 港にはそう書かれたモニュメントがある。有名な詩人の言葉だ。

 

「出会いと別れと再会の街、ね。俺にも早く良い出会いがあれば良いんだけどなぁ」


 毎回、このモニュメントを目にする度にノマールは女っ気のない生活にため息をつくのだった。


 クリモ広場の港に降り立つと、なんとなくまだ船に揺られているような感覚が残っていた。

 足元がおぼつかない。海上で過ごす亜人の一族が陸を恐れるのは、この陸酔いのせいなのだろうな。

 そんなことを考えながら、税関で長蛇の列に並び荷物のチェックを待つ。


 久しぶりの地元に心が緩む。港を行き交う人々を見るだけでホッとした。

 そして、なによりノマールが目を惹かれたのは自分と同じ只人の若者だった。


(うんうん。亜人の女もいいけど、やっぱり只人の女が一番だなぁ)


 若い女性職員のスカートから伸びる細い足を見てノマールはひとりしみじみと頷いた。


 ノマールは半年間も毛むくじゃらで筋骨隆々の獣人たちが住む街にいたのだ。

 こうして毛の生えていない只人のつるりとした肌を見るだけで、なんだかドキドキしてしまう。

 久しぶりに女の子のいる夜のお店にでも行っちゃおうか、などとピンク色の想いを抱きながら荷物のチェックを済ませる。


 自由の身になったのは昼前だった。


 さて、飯はどうしようか。いつも行く定食屋でガルモンラーメンでも食べようか。いや、たまの帰郷だ。マルカ・スティングにパスタッチェでも食べに行こう。あそこは店員も美人揃いだし。


 勝手知ったる地元というのはいいものだ。瞬時に近くの名店と女性スタッフの顔が頭に浮かんだノマール。

 大きなリュックを背負っていても彼の足取りは軽やかだった。

 

「あら、ノマールじゃない。久しぶり。髪が長くて気づかなかったよ」


 お気に入りの店で馴染みの店員に声をかけられる。


「ミッチェ。久しぶりだね。今日帰ってきたんだよ」


「床屋も行かずにその足で来てくれたのかい。嬉しいね」


「まあね。それより、サーヤの姿が見えないけど、どうしたの? 風邪でもひいたかい」


「休みだよ。今日はデートなんだってさ。二軒隣の動物病院の先生と。付き合ってはいないって言ってるけどアレは時間の問題だね」


「デート!? おいおい俺、なんも聞いてねーぞ!」

「あんた旅してたんだから知らないのも当然じゃないの」


 店員は笑っている。


「くそー、二人とも30歳までに恋人が出来なかったら結婚しようなって言ってたのに」


「それ言ってたの、あんただけじゃなかったかい。ってか、あんたら親戚だろ。結婚しちゃまずいだろ」


「馬鹿だなミッチェは。結婚は従兄弟からOKだよ。サーヤは俺の婆ちゃんの妹の孫だから、全然結婚OKなんだよ」


「ったくなんだい。どっちにしろ本人にその気がなければ意味ないじゃないかい。それにしても、若い男はみんなサーヤのことばっかだねぇ。サーヤが休みだと客が減るのもわかるよ」


「バカ言うなって。俺はサーヤだけじゃなくてエレサも好きだし、リンテルさんだって気になってるぜ。ただ、ミッチェにはモンタナがいるからな。こっちから遠慮しとくけど」


「まったく相変わらずだねぇ。黙ってりゃいい男なのに口を開くと三枚目も良いとこだ」


 談笑を交えながら店の名物パスタッチェを注文する。


「はい、お待ち。パスタッチェだよ。で、今回はどこ行ってたんだい」


 先程の店員がトレイに料理を乗せてやってきた。


「獄天魔大陸の東の方。知らないだろうけど、ヤパムネって島国さ」


「ヤパムネくらい知ってるよ。今、ヤパムネ出身の太鼓奏者が人気なんだよ。マジルキヨトの歌手と組んでさ。良い音鳴らしてるよ」


「へえ。そうなんだ。俺は今の音楽はわかんないからなぁ」


「旅ばっかじゃレコード聞く暇もないだろ。そんな生活をしてなきゃ紹介したい子もいるんだけどね」


「旅は生活のためだから止められないけどね。でも、いい子いるのかい? 誰か紹介してくれよ」


「土産物屋のアガエさんとこの娘さんが、確か恋人と別れたばかりとか言ってたね」


「土産物屋の……、ああ。レインか。時々店に来てくれるよ。でも、ダメダメ。俺は大声で喋るようなタイプはダメなんだ。女性ってのはおしとやかでなきゃね」


「あんた、選り好みできる立場かねぇ」


 店員は大笑いしてノマールの肩を叩いた。


「この前、市場でサリル婆さんにあったけど、あんたのこと話していたよ。旅ばっかしててこのままじゃ嫁も貰えないって」


「げっ。婆ちゃんそんなこと言ってんの? 弱ったなぁ」


「心配してるのさ。こんな所で油売ってないで、さっさと店に帰ってサリル婆さんに元気な顔を見せてやりなよ」


「自分の店をこんな店とか言うなよな。まぁ寄り道しないで帰るよ」


 名物をたいらげ、空腹を満たしたノマールはリュックを背負い店を後にした。


 あの店員に言われたからというわけではないが、寄り道なしで店番をしている祖母の元へ急ぐ。

 ノマールが買い付けの旅に出ている間の店番は祖母に任せていた。

 元々、店を始めたのは祖母であったからその点は安心して任せられた。祖母を慕って来てくれる客は今も多いし、本人も人好きで店番が好きだった。


 けれど、なにせ高齢だし膝の調子は年々悪くなっているし、怪我でもしたら大変だから、品出しのような作業はあまりさせられない。


 今後のことを考えたら、従業員を雇うことも考えた方が良い。

 店の売上や利益を考えれば、もうそろそろ人を雇っても大丈夫そうではある。

 そんなことを考えながら橋を越えて、子供の頃から走り回った懐かしい道を歩き、そして店にたどり着いた。


『魔術堂サリル商店』


 年季の入った看板には店主の名を冠した屋号が古めかしい魔術文字で書かれていた。

 注意深く歩いていなければ見落としてしまいそうな、商店街の外れにある小さな店だった。

 赤い屋根に焦げ茶色の木扉。蔦が絡まるヒビの入った外壁には小さな十字窓が嵌め込まれていて、中を覗けば様々な魔道具が並んでいるのが見える。

 蔦の絡まった外壁のせいか、扱っている商品のせいか、はたまた腰の曲がった老婆が魔装束なんかを着て店番をしているからか、近所の子供などは親しみを込めて魔女屋敷と呼んでいる。ノマールはその呼び名は少々不満だったが、文句を言っても仕方がないので甘んじていた。

 

「ただいまー。ノマールだよー」


 一歩店内に入ると空気の密度が濃くなる。

 古い住宅の土壁の匂いと魔香の香りが混じった独特な匂いがゆったりとした時間の中を漂っていた。

 店内には大きな商品棚がいくつも並び雑貨が所狭しと陳列されている。

 煙草の小箱や瓶詰めにされた魔力源。衣類にアクセサリーに分厚い本。宝石にスナック菓子にぬいぐるみに小太鼓や弦楽器。

 いかにも古臭い魔道屋といった外観からは想像もできない、カラフルな色調の雑貨が並んでいた。


 女性や若者が好みそうな一見何の変哲もない雑貨のように見えるが、この店にある品物は『魔術堂』の看板通り、全てが魔術士のための魔力を宿した魔道具だった。


「ばあちゃん。いるかい」


 店の奥を覗く。奥からノイズ混じりの『魔伝道無線機』ラジオの音が聞こえる。


「その声はノマールかい。よく帰ってきたね」


 少し間があって店の奥からのんびりした優しい声がした。ノマールの祖母サリル・ベライトだった。


 商品棚がそびえる狭い通路をリュックを胸にだき抱えて奥へ進む。 

 祖母はいつも通り、一番奥でちょこんと座ってラジオを聞いていた。家具の一つみたいに会計卓の横の椅子に収まっている。

 

「ただいま。久しぶり。よかった。元気そうだね」


「まあまあだねぇ。お前が送ってくれた幻魔水ファントォータが良くてね。膝の調子もいいよ」


「そりゃよかった。荷物届いてるだろ。すぐ品出しするよ。あと、今回も色々仕入れてきたからさ」


 大きなリュックを祖母の目の前に下ろし、口を開く。宅配便では送ることのできない、貴重な魔道具がめいいっぱい詰まっていた。


「おお、こりゃ懐かしい。この破魔の石。あたしも十魔戦争アベルゼルトの頃はネックレスにしてつけていたよ。障壁魔術の構成を編み込んでおくとね、咄嗟の攻撃を受けた時に身を守ってくれるんだよ」


 祖母は名のある大魔術士だった。

 五十年前の戦争では『微笑の地獄舞娘ほほえみのヘルダンサー』などという、かっこいいんだか恥ずかしいんだかわからない異名を付けられる程、恐れられた有名な魔術士だったのだ。


 戦後は魔術の腕を生かし魔術学校の最高峰の一つ、魔天楼閣で講師をしていたこともある。魔術に関しての知識はこの街一番ではないかとノマールは思っていた。


「なるほどね。確かに色も良いしネックレスにしたら売れそう」

「魔術を封じめるのかい」

「うん」

「障壁魔術は時間がかかるだろ」

「もちろん本格的なのじゃないよ。今は戦争中じゃないんだし、お守り代わりになる程度の簡単な魔術構成にするんだよ。それで十分さ。ちゃんと魔術が込められた魔石のネックレスは高くても人気だからね。売れそうだ」

「お前は色々と考えとるのう」


 サリルは唸った。

 

「魔術のことも魔力源のことも大体なんでもわかるんじゃが、商売のことはホントわからんの」


 サリルは自分の商人としての才能の無さは自覚していたから、店のほとんどは孫のノマールに任せていた。


「ははは。それで良いでしょ。ばあちゃんはそれで」


「お前に任せてよかったよ」


 魔術堂サリル商店はノマールの祖母であるサリル・ベライトが始めた店だ。


 元々は、魔術士には欠かすことのできない『魔力源』の専門店だった。

 昔は魔術を学ぶ人が多かったから魔力源を扱う店は多かったと聞く。 


 けれど、時代は変わってしまった。

 戦後、便利な魔術具が普及したことで逆に魔術を学ぶ一般人は少なくなった。

 例えば昔は煙草を吸う時にも火をつけるために魔術を使っていたが、今の世の中には着火機ライターがある。

 わざわざ時間をかけて魔術構成を習って、泥のような味のする魔力源を体内に取り込んで、そして指から火をぴゅっと出すなんて必要がなくなったのだ。

 今や純粋な魔力源ばかりを売っていても店はやっていけない。


 学校を退学して定職につかずフラフラしていたノマールが、母に「学校で取得した資格を生かして、店を手伝ってあげて」と言われ、しぶしぶ店で魔道具の修理を請け負うことにしたのはもう十年近く前のことだ。


「それで、今回はどこまで行っていたんだい?」


「獄天魔大陸の東。ヤパムネって島国。すごいんだよ。質のいい幻魔水なんかが二束三文の値段で売ってるんだよ。ウハウハだよ」


 リュックから緑色の液体が入った小瓶を取り上げるノマールの顔は輝いていた。

 魔法使い以外の人間、いわゆる「只人」が魔術を使うためには魔力を体内に取り込む必要がある。

 そのため生み出されたのが魔力源だ。魔力を含んだ植物や動物を加工し、魔力を人の体内に蓄積できる状態にする。

 粉末状のものからガムのようなもの。液体から煙にして吸うものや、注射で打ち込むものまで用途や魔力の強さによって摂取の方法は異なる。

 そして、産地やブランド、魔術に対する効能などによって市場価格にはかなりの幅があるのだが、魔術を必要としない現代の只人や、体の構造が違う亜人にとっては必要のないものだ。


「亜人にとっては魔力源なんか、ただの不味い食い物だもんな」

「そう言っても、お前みたいに亜人に好かれる子じゃなければ、そんなところまで行って買い付けなんかできないからの」


 亜人と只人の間では、何度も大規模な戦争があったり、各地で小競り合いがあったり、何百年もそんな状態が続いていた。

 平和になった現在でも、偏見が残る土地は各大陸に多く存在する。

 亜人と只人が共に暮らしているこのアルムウォーレンは世界的に見ても珍しい街なのだ。


「昔バイトしてた店の友達の亜人がヤパムネ生まれでさ。久しぶりに連絡したら故郷に帰ったっていうから、そいつの家に泊まらせてもらってたんだよ。友達が一緒だったから街の亜人たちも仲良くしてくれたんだ。俺の力じゃないよ」


 しばらく近況を報告しあっていたが、宅配便の値段が上がったという話になった時、思い出したようにサリルが手を叩いた。


「そうだ。あたしゃ郵便屋に行かなきゃならないんだったんだ。年取ると忘れっぽくていけないね。ちょうどいい。ノマール。ちょっと店番を頼まれてもらえるかい」


「いいよ。商品の入れ替えもしとくからさ、いってらっしゃい」


「悪いね。送ってくれた雑貨はいつものように奥に置いてあるからね。じゃあ任せるよ」


 サリルは立ち上がると、意外としっかりした足取りで店を出ていった。

 こりゃまだまだ元気そうだな、と祖母の姿を見送ったノマールは早速、前掛けを身につけて商品の入れ替えに取り掛かった。


 さて、どんな配置にしようかな。

 仕入れてきた雑貨の山を吟味して、棚に並べていく。

 魔力を秘めた糸で編んだ帽子や、旅先の露店で買った魔石のネックレス。あとは、これから冬に向けて気温が下がるのでセーターやマフラーのような衣類も出さねば。頭の中で商品の配置を考えながらノマールは商品を入れ替えていると、玄関の鈴が鳴った。お客さんが来た合図だ。

 手を止め開かれた扉へ視線を向ける。

 

「サリルさん、こんにちわー! ってあれ?」


 元気よく扉を開け、慣れた様子で奥を覗き込んだのは銀色の髪をポニーテールにした可愛らしい少女だった。ハイスクールの制服姿。

 少女は品出しをしているノマールに気づくと瞳をくりくりっと瞬かせ、そして大声を上げた


「ノマールさんだー! 久しぶりですっ!!」


 太陽みたいな笑顔で店の奥にやってきて、少女はノマールの手を握った。


「おお! リリちゃん元気だった? また可愛くなったんじゃない?」

「またそんなこと言って、社交辞令でも嬉しいな」

「ホント、ホント。よく来てくれたね。魔術つづけてるんだね。若いのに偉い」


 この娘は常連客の一人で名前をリリ・マグナガルという。

 

「頑張ってます。ようやく濃度三〇%の幻魔水を飲めるようになってきました」

「三〇パー? マジで?」


 どの魔力源をどのくらい体内に取り込んでいるかで、魔術の練度は大体わかる。 

 魔力濃度の高い幻魔水は薄めて摂取するのだが、三〇パーといったら中級者レベルの濃度だ。


「リリちゃん、魔術を習い始めてどのくらいだっけ?」

「一年ちょっとですかね。最近、雷もちょびっとだけ出せるようになりました! ピリってくらいの威力ですけど」」


 それが本当ならすごい才能だ。魔術を習って一年ちょっとの素人が扱える魔術じゃない。時々、こういう天才的な才能を持った者が現れるから怖い。

 

「すごいな。将来は公認魔術士とか目指してるの?」

「いえ、先生が……それはやめとけって言うんで」

「あ、そうか。君の師匠はエルメラルドさんだったか……。あの人は偏屈だからなぁ」

  

 この店の常連でありリリの師匠である一人の魔術士の顔を思い浮かべる。

 ノマールより少し年上の青年で、ノマールがこの店で働くよりもずっと前から店の常連だった。


 サリルとは冗談を言い合うほどの中で、いつも色々な情報を交換しにやってくる。

なぜ祖母とそんなに親しいのか不思議だったが、元々サリルが魔術学校で講師をしていたときの生徒であると聞いて、その親密さが理解できた。


 祖母の教え子ということは相当な魔術の使い手であるはずなのだが、魔術士協会を毛嫌いしていて公認魔術師の資格を持っていない。


 そのため魔術士の仕事はしておらず、普段は私立探偵として生活している。

 確かに魔術士協会も面倒な組織だし、過去に祖母のサリルもたびたび協会とは喧嘩をしているが、資格を持っていないなんて相当な変わり者だ。

 この街は色々な人が暮らしている。脛に傷を持つものやお尋ね者も少なくない。余計な詮索はしないが、リリの師匠もそういった人種なのだろう。

 それはともかく。こんな可愛い女の子を弟子にしているとはなんとも憎たらしい。


「え、なんですか?」

「ごほん、なんでもない。そんなことよりさ。さっき仕入れから帰ったばっかりで、ちょっとしか新しい商品を出せていないんだけど」

「あ、ごめんなさい。お仕事の邪魔しちゃいましたね」

「そうじゃなくて、色々珍しい商品もまだ沢山あるから、時間があったら見ていってよって」


 ノマールは自分の仕入れにこだわりがあった。たとえ売れそうなデザインの雑貨であったとしても、編み込まれた魔術構成が美しくないものは仕入れない。

 魔術を勉強していない客にとっては理解できないので関係ない部分であるのだが、魔術をやってる人ならば絶対にわかってくれる。ここの店の魔道具はセンスのいい魔術構成を纏っている、と。

 ファッションだけの無駄な魔道具などは一つもない。それが大魔術士の孫であるノマールのこだわりだった。


「じゃあちょっと店内うろうろしてみますね」


 ノマールが仕入れを始めてから、客の年齢層が下がった。十代の若者も多くこの店を訪れるようになった。実際に魔術を習い初める若者もいたが、やはりあまり長続きはしない。だから、リリのように本格的にのめり込んでくれる客は純粋に嬉しかった。


「わ! ノマールさん! これ何曜石じゃないですか! すごい」 

 

 リリが先程棚に並べたばかりの魔石をつまみ上げて瞳を輝かせた。

 ゴツゴツとした紫色の石。半透明でよく見れば中に気泡が浮かび上がっている。


「驚いた。リリちゃん、それがわかるの?」


 この魔石は緻密な構成の魔術を使う上級者が好んで摂取するもので、アルムウォーレンの魔道具屋では中々見られない貴重なものだ。


「この魔力源って、削って粉状にして鼻から摂取するんですよね?」

「うわ、えぐい方法知ってるね。その方法は結構ヤバめの方法だよ」


 かなりマニアックなことを知っているので笑ってしまった。 


「知識もあるし、この調子で頑張ったら、良い魔術士になれるな。才能があって羨ましいよ」

「何を言ってるんですか。ノマールさんだって、魔術学校で一番成績が良かったんでしょ。真面目に頑張れば、特級魔術士の資格も取れたかもしれなかったってサリルさんも仰ってましたよ」

「違う違う。一年の期末の試験が学年一位だったってだけだから。ばあちゃんの言うことなんか信用しないでよ」

「それだけでもすごいですよ。一五歳で浮遊魔術まで使えたって聞きましたよ」


 ばあちゃんも意外とおしゃべりなんだな。

 ノマールは苦笑した。


「俺、要領だけは良かったからね。なんでも覚えるのは早かった。けど、それだけさ。根気がなかったし、先に覚える分、慢心しちゃって後から真剣に頑張ってきた奴には、積み重ねの差でことごとく負けるんだよな」

 

 それでいつも失敗した。才能ってのは情熱を持って初めて意味をなす。リリの魔術に対する情熱はそれだけで十分才能だ。ノマールはそう思った。

 

「それに規則正しい生活とかも苦手でさ。魔術学校でも遅刻ばっかで、結局二年で退学になっちゃった。魔技士の資格は取れたけど、公認魔術士は魔術学校卒業って条件があるからさ、それでもう魔術を仕事にするのは諦めたんだよ」


 社会人として真っ当に成功者になるには、前提として約束ごとを守れなければダメなのだ。


「それで、仕方なく普通に飲食店とか港の保守点検とか、そういう仕事もしてみたんだけど長続きしないんだよ。仕事はすぐ覚えられるけど、その分すぐ飽きちゃうし、朝が弱いから遅刻ばかりしてしまってクビになるし、じゃあ夜間の仕事をすれば大丈夫かと思えば、昼夜逆転の生活は辛くてバックれちゃったり。本当にどうしようもなくてさ。自分に呆れたよ」


 そんなこんなで、まともに職にも付けずにぶらぶらしている所を母に頼まれ、この店で働くことになったのだ。


「ノマールさんらしいですね。でも、この仕事は長続きしてるじゃないですか。合っていたんですね」

「辞めちゃおうかなって思った時期は何度かあるけどね」

「え? そうなんですか?」

「ガンガンあるよ。魔技士の資格を持ってるってことで、魔装製品とかの修理を始めたんだけど、この街で普及してる魔装製品とかって旧式が多くて時間がかかるし、慣れてくると単純作業でしかなくてさ。毎日毎日、同じようなことの繰り返し。耐えられる?」

「わたしもそれはちょっと退屈になっちゃうかも……。いや、わかんないですけど! それはそれで素敵な仕事だと思いますよ」


「ははは。気を使わなくていいよ。俺も退屈だったしなぁ。ばあちゃんもこの店を続ける気持ちもそんなになかったし。店を閉じるなら、また適当にフラフラ生きれば良いやって思ってたんだけど」


「だけど?」


「魔術洋燈の修理を依頼しにきたおばあちゃんと孫の二人組がいてさ。ま、言ってみれば、二人のおかげで俺はこの店を続けようって決めたようなもんなんだ」


 ノマールは少し昔のことを思い出した。

 常連さんだった老婆とその孫のことを。


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