第14話 王の死と竜の結界

 ノザリア王国に来てから、まだ三日だ。にもかかわらず、いろいろな人に会った。いろいろな話も聞いたし、いろいろ考えることも増えた。

 戴冠式はあと三日後に迫っている。できるだけ早く、ヨルン王の死にまつわる話をいろいろな人から聞きたい。

 会えるかどうかはわからないが、今日会ったばかりのミネルヴァ様の話を聞かなければ。王が亡くなって、現状結界を維持しているのは彼女だ。

 そのとき何があったのか、どうして彼女が結界を維持することになったのか、教えてくれるだろうか。

『誰か、ミネルヴァ様に声を届けてくれるかい』

 精霊たちに伝言を頼めないか声をかけてみる。

『レンのお願いなら聞いてあげる』

『その代わり少しレンの魔力をちょうだい』

『ほんの少しでいいの』

『たくさんだと変わってしまうわ』

 わらわらとたくさんの精霊たちが姿を現し、俺の魔力をねだる。

 魔力を少しずつ分け与えながら、ミネルヴァ様への伝言をお願いした。

『レンからミネルヴァ様へ。お伺いしたいことがあるので、お目にかかることは許されるでしょうか。そう伝えてくれるか』

『わかった』

『ミネルヴァへ伝える』

『お返事ももらってくる』

 精霊たちがミネルヴァ様のもとへ向かったのか、部屋の中がすごく静かになった。

 すでに日は落ちていて、夕食も済ませ入浴もして、あとは寝るだけの寝間着状態だ。

 今日はオーヴェルグもこちらには戻らないらしいし、ひとりで静かに本でも読みながら返事を待とう。

「呼んだか、レンよ」

 バルコニーから急に人が現れて、俺の心臓は止まるかと思った。

「……びっくりした。お呼び立てしてしまったようで申し訳ございません。ミネルヴァ様」

 突然現れたミネルヴァ様は、ゆったりした服を身にまとい、昼間はきれいに結い上げていた髪を一つに編んで背に流している。

 気を抜いた格好をしていても、隙がない美貌だ。

「精霊たちが伝言に来たのでな。返事をするより飛んだ方が速い。ヨルンのことが聞きたいのだろう」

 なるほど、飛んできたのか。忘れていないつもりではいたが、この人は竜なのだった。

 俺が聞きたいことも把握されているようであるし、単刀直入に聞いてみよう。

「あまり良い気持ちではないかと思いますが、ヨルン王が亡くなった時のことを教えていただきたいのです。俺にはヨルン王がなぜ自分の命を絶つようなことをする必要があったのかがわからなくて」

「そのように気遣ってくれずともよい。クラエスハルトのことを真剣に案じておるのだろう。ヨルンと私の契約につき、レン、そなたには話さねばなるまいて」

 ミネルヴァ様と長椅子に腰掛け、当時のことを話してもらえることになった。

「ヨルンと私の話の前に、私がこの国の王と婚姻を結ぶことになった経緯から話そうか」

「ミネルヴァ様は霊峰ドラゴイグニカの女王なんですよね?それなのにヒトの王と結婚しているのを不思議に思っていたんです」

「虹竜はな、先代が死ぬときに新しい虹竜が生まれるのだ。私もまた、先代と入れ違いに生まれた。先代はどうもこのあたりに住んでいたヒトに命を救われたことがあるらしい。次代の虹竜が生まれたら、その竜が五百の歳を数えたときに、そのときの王と婚姻を結ぼうという契約を結んでいた」

「五百ってヒトには途方もない長さだね」

「そうさな。ヒトには長い年月だ。虹竜は他の竜族に比べても成長が遅くてな。五百でやっと成人する年頃なのだ。私も成人とともに、ヨルンハルトの妃となった」

 五百歳でやっと成人だなんて、つくづくヒトと竜の寿命の違いを思い知らされる。

「ヨルンハルトの即位とともに第一王妃となったあとも、私は長らく子に恵まれなかった」

 クラエスハルト殿下とユールヴィアはけっこう歳が離れているもんな。

「ユールヴィアの卵を抱き始めたころ、第二王妃のフィリタリアがクラエスハルトを産んだ。アドヴェルブの力を降ろすには、ヒトの子でなければならぬ。ユールヴィアではなく、クラエスハルトが王になる必要がある」

 竜族って卵で生まれるんだというところについ気を取られてしまった。ミネルヴァ様は、ノザリアの王はヒトでなければならないと思っている。

「それでクラエスハルト殿下は立太子されたのですよね?」

「そうだ。クラエスハルトが十五のときに慣例通り立太子した。そのときには、ヨルンの身体はもう余命いくばくもないほどに病に蝕まれておってな」

 ヨルン王はそのときすでに死ぬような病気だったのか。

「ほかに成人した王族はいなかったのですか?」

「ヨルンは王族では珍しく兄弟もなく、親族はみなヨルンより先にあちらの住人になっていた」

 そのような不幸が重なって、クラエスハルト殿下が即位できるようになるまで、ミネルヴァ様が結界を維持することになったのだな。

「ヨルンは自分の死期が近いことを悟ると、私に契約を持ち掛けてきた。ヨルンの死後、私をここに縛る契約だ」

「ミネルヴァ様はそれを承諾されたのですね」

「あぁ。ヨルンが守りたいと願ったものを、私が代わりに守ろうと思った。竜の生は長い。クラエスハルトが即位するまでなど、瞬きするほどの時間だ」

 短い時間だから受け入れたというミネルヴァ様の顔は、どこか寂しげで痛ましい。

「契約は成り、ヨルンの血を媒介にあやつは私を縛った。そこまでせずとも願いを叶えてやったというに」

「血を媒介にするために命を擲ったのですか」

「国を想う王に、竜が縛られただけのことよ。クラエスハルトが竜に劣等感を抱く必要などまったくない。この話をしたくとも、クラエスハルトは私とは口をきかぬからな」

 ヨルン王は国を守りたい一心だった。クラエスハルト殿下に引き継がれるまで、確実に国を守るためにミネルヴァ様を縛った。

 それがかえって殿下の心をかたくなにし、即位の妨げになるなど思ってもいなかっただろう。

「ミネルヴァ様がここに縛られることになった弊害は何もないんですか?」

 霊峰ドラゴイグニカにも何らかの影響があるのではないだろうか。

「私が結界に縛られてすぐのころ、力の制御がうまくできず、霊峰の麓の迷宮で魔物があふれたことがあった。幸いにも我が弟が攻略し、以後迷宮は沈黙を保っている。だが、あまり長引けば霊峰の統治に差し障るゆえな。別な迷宮が生まれ、またあふれるやもしれぬ」

 ミネルヴァ様は考えられる影響がほかにもあるのか、考えながら唸っている。さすがにこの街の冒険者も、そう何度も迷宮の氾濫は経験したくないだろう。

「なんとかクラエスハルトが自らアドヴェルブの力を受け入れてくれればよいが。いざとなればレン。そなたの力を揮わねばならぬ」

「俺の力、ですか?」

「調停者。神の力とヒトの力を撚り合わせるもまた、そなたの力よな」

 ミネルヴァ様がここに縛られ続ければ、霊峰ドラゴイグニカにも、この国にもあまりよくない影響が出てしまうだろう。

 できる限りクラエスハルト殿下を説得する方向で考えたいが、いざとなれば物理的に魔力を合わせてしまえばいいということか。

 なるべく穏便に収めたいが、そうも言っていられなくなれば、強硬手段に出るしかなくなる。

 俺のするべき方向が定まってきたように思える。

「ミネルヴァ様のお話を拝聴できてよかったです。なんとか俺の進む方向が見えました」

「そなたの助けになれたならば重畳。また何かあれば遠慮なく言うがよい」

 ミネルヴァ様はそう言って、来た時と同じようにバルコニーから去っていった。

 明日もまたクリスに会えたらいいな、そう思いながら俺は眠りにつくのだった。

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異世界クレーデルの歩き方 桐嶋 莉緒 @kirinekoad

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