第13話 銀色の髪の男

 その後の王妃様方とのお茶会は、近頃王都で流行しているお菓子の話題や、王太子殿下とユールヴィア以外の王子、王女の話題など次から次へと話題が出てくる。俺とオーヴェルグはほとんど相槌をうつぐらいしかできなかった。

「どうやら時の神のいたずらにあったようだ」

「あら、お話に夢中になってしまったわね」

「レン様、戴冠式楽しみにしておりますわ」

 ミネルヴァ様のひとことで、ほかの王妃様方は話を切り上げる。時の神のいたずらというのは、時間が経つのが早いとか、そろそろお開きにしようという言い回しなのかな。オーヴェルグはようやく解放されるからか、どこかほっとした表情を浮かべている。

「では、また戴冠式で」

 オーヴェルグとともにお茶会室を辞し、元の部屋に戻ることにする。

 二人で歩いていると、前から青い軍服を着た騎士が早足で近づいてきた。

「どうした、ターヴィ」

 オーヴェルグが男に尋ねると、男は立ち止まり騎士の礼の姿勢をとる。

「副団長より、至急団長の指示を仰ぎたい案件があるとのこと。執務室にてお待ちです」

「のちほどすぐに向かう」

「俺はひとりで戻れるから、オーヴェルグはこのまま彼といっしょに行きなよ」

 俺は迷っている様子のオーヴェルグにそう言って促す。オーヴェルグは、俺の頭を撫でてターヴィに向き直った。

「ではターヴィ、行くぞ」

 オーヴェルグに手を振って見送り、部屋に戻ろうと歩みを進める。夕方に差し掛かろうかという時刻なので、日中に比べると少し日が弱くなってきている。

 庭の奥のほうに、人がいるのが見えた。あんなところで座って、何をしているのだろう。具合が悪くなったとかでなければいいと思いながら近づいていく。

「……あの、大丈夫ですか?」

 俺が声をかけると、その人は驚いたのか勢いよく顔を上げた。銀色の髪はサラサラだが、長く伸びた前髪の奥に少しだけ見える紫色の瞳は、不安そうに揺れている。

「君は?」

 ようやく口を開いたかと思えば、俺が誰かという問いだった。なんだか気弱そうな人だな。

「俺はレン。オーヴェルグのところに滞在している居候です。あなたは?」

 彼の身なりは悪くないし、庭とはいえ城の中にいるのだから、そこそこの家の人なのだろう。

 仕事を抜け出すようなタイプには見えないが、どうしてこんなところにいるのだろう。

「私はクリス。プリムの花を見に来たのです」

 クリスの目の前には、色鮮やかな花がたくさん咲いている。これをしゃがみこんで見ていたのか。具合が悪いわけではなくてよかった。

「きれいな色の花ですね。花がお好きなんですか?」

「えぇ。花は何も言いませんから」

 この世界の花々は精霊が好むからか、精霊たちが集まっていることが多い。そのため、花は何も言わないかもしれないが、精霊たちはけっこう話しかけてくるし、なんだったらうるさい。

『この子ったら、いつもいつもここで弱音を吐いているのよ』

『こんなにアドヴェルブ様の御力を身にまとっているのに』

『わたしたちの言葉にも耳を傾けないのよ』

 などなど、俺にいろいろ訴えかけてくる。精霊たちの話によると、どうやら、この人が王太子クラエスハルト殿下らしい。

 それならば、誰も従者は連れていなくて大丈夫なのだろうか。そう思って周囲の気配を探ってみると、数人が陰から見守っているのがわかる。

 俺が話しかけても出てこないあたり、俺は警戒する対象にはなっていないのだろう。

「クリス様、花をよく見てください。光の雫が見えませんか?」

「クリス、と呼んでください。花に光の雫ですか?」

 クリスは目を細めて花をじっと見つめている。精霊たちがおもしろがって手を振っていたりするのも見えればいいのに。

 光の精霊たちがこれ見よがしに光っているせいか、俺には眩しいぐらいだが、クリスにはやっと見えたようだ。

「柔らかい光の粒が……」

 感極まったとばかりに涙をぽろりと流す姿は、見ているこちらの胸が痛んだ。

「この庭には精霊たちがたくさんいます。クリスが精霊たちのことを意識すれば、彼らはきっと応えてくれますよ」

 俺が笑いかけると、クリスもはにかんだ笑顔を見せてくれた。劣等感なんて吹き飛ばしてしまえ、と思うけど、きっと簡単なことじゃない。

 俺はこの人に何ができるだろうか。

「レンは本当に優しいですね」

「俺が?優しいのはクリスでしょう。精霊たちが教えてくれましたよ。クリスはいつもここで国を想っているんだって」

 俺の言葉にクリスは息を飲み、目を伏せた。

「この国の王は竜に役目を押し付け、お隠れになりました。竜は立派に務めておいでです。そこへ前の王の子だからといって、何の力もない者が王となるのはいかがなものかと思うのです」

「アドヴェルブの力を降ろせるのはヒトだけだと、俺は聞きました。アドヴェルブの力を介せず、竜の力だけで結界を維持することは、きっと竜の負担になっているのではないでしょうか」

 アドヴェルブもミネルヴァも何も言わないが、ミネルヴァが結界を維持するのはそろそろ限界なのだろう。

 いくら力の強い竜の王でも、神の力には及ばない。

「竜の負担……」

 クリスが考え込んでしまって、精霊たちが周りでオロオロと飛び回っている。

 俺はというと、ヨルン王が死んだ理由が気になっていた。喉をかき斬ったというのは聞いたが、なぜそのようなことになったのかは聞いていない。

 いろいろな方向から見る必要がある。そう思った。

「ひとつお伺いしてもよろしいですか、クリス。クリスから見て前の王はどんな方でした?」

 まずは、クリスに聞いてみよう。

「前の王……ですか。私には、とても優しい方でした。ただ、弱い方だったのだと思います」

「弱い方、ですか?」

「えぇ。王という重圧に耐えかねて自らお隠れになったくらいですから」

 王という重圧に耐えかねて……か。心優しい人が自分の妻に負担をかけてまで自ら命を絶つだろうか。

「優しい方というからには、クリスは前の王とお話したことがあるのですか?」

 もう少し掘り下げて聞いてみたい。クリスが王に対しどんな感情を持っているのか。

「前の王は、私の父なのです。父は、私たち兄弟にとってすごく優しく接してくれました。母は私にはとても厳しかったので、よけいに父の優しさが恋しくなることもあるものです」

 昔を思い出すかのように、クリスは遠くを見つめ、目を細めている。懐かしい風景が、クリスの脳裏によみがえっているのだろうか。

「王子殿下でしたか。失礼いたしました」

 わかっていたくせに、わからないフリをする。我ながら、なかなかのすっとぼけ具合だ。

「いえ、レン。あなたは気づいているのだと思っていました。私が腑甲斐ない次期王なのだと」

 クリスの自己肯定感の低さと王への感情が通じているものだと思ったけど、そうでもないのかな。父王の優しさを、クリスは好ましく思っているようだ。

「クリス、あなたは腑甲斐ない王太子ではありません。アドヴェルブはあなたとともにあろうとしています。あなたのこの国を想う気持ちがあれば、民と平穏な日々を守れるのではありませんか」

 俺の言葉が響くとは思えないけど、伝えるべきことは伝えておこう。

「ありがとう、レン。君が私を励まそうとしてくれているのはよくわかりました。ただ、私は自信が持てないのです。竜よりもこの国にふさわしい王となると私自身が思えないのですよ」

「誰でも初めは不安なのだと思います。俺自身、調停者としての役割を与えられてものの、実際それを担うのはあなたの戴冠式が初めてなのです。きちんとあなたとアドヴェルブの間を取り持つことができるのか、できるようにするにはどうすればいいか。そればかりを考えていますよ」

 俺とクリスは不安な胸の内を吐露しあい、この日は部屋に戻ったのだった。

 

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