第12話 虹色の竜の女王

「我々竜族としても、霊峰ドラゴイグニカの女帝をいつまでもヒトに貸し出しているわけにはいかぬのだがな」

 オーヴェルグが渋い顔でそう呟く。オーヴェルグのお姉さんはノザリアの王妃でもあるけど、竜族にとっては大事な女王様でもある。

「クラエスの劣等感は根深い。そなたには難儀なことを強いてしまう」

 寒さが厳しいこの国では、火の神であるアドヴェルブと王が契約して神の力を降ろすことで、人が住める環境を維持している。

 神々は人への慈悲から契約することを受け入れているに過ぎない。本来は人の側から拒絶することなど、見捨てられてもおかしくない所業なのに。

 アドヴェルブも王や王太子に拒絶されている現状はつらいだろうに、どうにかしたいと願っている。

 俺がするべきことは、この国をあるべき姿に戻すことなのかもしれない。

「兄さん……王太子殿下に兄さんの気持ちが伝わるように、俺ができることはがんばるね」

「我が弟は優しい子であるな。ありがとう、レン」

 俺の気持ちもアドヴェルブに伝わればいい、そう思いながら俺は座っているアドヴェルブの頭を抱きしめる。

 しんみりしていたのもつかの間、元の調子を取り戻したアドヴェルブに心ゆくまで抱きしめられ、頭を撫でまわされた俺は、疲労困憊でオーヴェルグとともに与えられた部屋に戻ったのだった。


「旦那様、ミネルヴァ様よりレン様へ招待状が届いております」

 レイチェルがオーヴェルグに一通の招待状を手渡す。オーヴェルグはそれを開いて頷いた。

「レン、姉から明日のお茶会の招待が来た。嫌でなければ、参加してやってくれぬか」

「作法とか何もわからないけど、それでもよければ」

 王族とお茶会なんて、特別な作法がありそう。めちゃくちゃ緊張するけど、会って話をしたいとは思っていたし、了承する。

「突然の招きだ。作法などと煩わしいことは言わぬだろう。レイチェル、招きを受けると返事をしておいてくれ」

「かしこまりました。ミネルヴァ様にお返事を出して、僭越ながらレン様に簡潔に作法をお伝えしましょう」

「ありがとうございます。レイチェルさん」

「レン様、側仕えにそのような言葉遣いをなさるものではありませんよ」

 一度失礼します、と言ってレイチェルは部屋から出ていった。ミネルヴァへの返事を手配するのだろう。

「なかなか冒険者の活動をする時間は取れそうにないね」

 少なくとも、戴冠式を終えるまではまったく時間がなさそうだ。それが終われば王都に宿をとって、しばらく冒険者活動に集中してもいいかもしれない。

「今は戴冠式へ向けてレンを呼び出す者が多い」

 オーヴェルグも冒険者としての活動の方が気楽なのか、うんざりしたようにため息を吐く。

「旦那様、ミネルヴァ様へのお返事は滞りなく。レン様に作法をお伝えするためにも、旦那様とレン様でお茶を飲まれてはいかがでしょう」

 レイチェルが戻ってきて、オーヴェルグと俺におやつタイムの提案をくれる。オーヴェルグ相手だと変な緊張もないので、ありがたく提案を受けることにした。

「旦那様はレン様の良き見本となられますよう」

 オーヴェルグは、元が女王の弟だからなのか、立ち居振る舞いが洗練されている。立っているだけで品の良さがわかるし、物の扱い方も粗暴さがない。

 もちろん、冒険者のときはそれなりに荒いが、それでも上級者の品格のようなものは感じられる。

 顔は整っているうえ、がっしりとした筋肉のついた長身で、生まれも育ちも現在の地位も申し分ない。この男には近づいてくる女性も多そうだ。

「絶対オーヴェルグはモテるよね」

 お茶会の話題としては良くないだろうが、ぽろりと本音が出てしまった。

「竜族は長命種だからな、あまりヒトからは好まれない。他の長命種からは粗暴と敬遠されがちだ。ゆえに、竜族同士の婚姻が多いわけだが、俺は姉の影響か竜族からも遠巻きにされるのみ」

 それでも、遊び相手としてスヴェンだとモテるらしい。同一人物なのに、立場で全然違うのがおもしろい。

「オーヴェルグのお姉さん、ミネルヴァ様も竜族なんだよね?どんな人なの?」

「姉は虹竜だ。すべての属性を併せ持ち、竜族を統べる存在。この世界に虹竜は一体しか存在しない」

 神々に近い存在なのかな?とてつもなく強い竜ではありそう。どんな性格なんだろう。王の代わりに結界を維持するくらいだから、真面目で慈悲深いイメージがある。

 俺が尋ねると、オーヴェルグは少し考え、頷いた。

「そうだな。竜帝としての自負はあるはずだ。ヒトは弱く、護り慈しむものという意識はあるように思う」

 明日のお茶会は緊張するけど、ミネルヴァ様に会えるのは楽しみだ。話題の選択を抜きにしたら、俺の作法は問題ないのかな。

「レン様はお育ちがよろしいのですね。問題なくミネルヴァ様のお茶会に参加できるよう、お見受けいたしましたよ」

 心配だったけど、作法に関してレイチェルのお墨付きをもらえた。ばあちゃんの躾がよかったのかな。なんだか、ばあちゃんを褒められたような気持ちになって、うれしさで胸がいっぱいになった。


 翌日、昼食を食べてすぐに、レイチェルに浴室に放り込まれ、全身を磨き上げられた。

 髪はツヤツヤサラサラになったし、肌はモチモチプルプルだ。フリル多めのシャツにリボンタイなのは、抗議をしてもいいのだろうか。元オッサンにはつらいところだ。

「レン様はやはり麗しい装いがお似合いですね」

 満足そうなレイチェルを見たら、抗議なんてできない。お世話になる身である以上、俺には選択肢なんてないんだ。

「ありがとう、レイチェル。ミネルヴァ様のところに行ってきます」

「はい、いってらっしゃいませ。旦那様、レン様のエスコートをお願いいたします」

 エスコートされる側なのか、俺は。オーヴェルグがいつも通り頭を撫で、ミネルヴァ様のいる北棟まで案内してくれた。途中、オーヴェルグと連れ立って歩いているせいか、すれ違う人達が俺を凝視していく。

「レン、緊張しなくてもよいからな」

「うぅ。ありがとう」

 北棟の入口にミネルヴァ様の執事が待機していて、部屋まで案内してくれる。ロマンスグレーのナイスなおじ様だ。ピンと伸びた背筋が美しい。

「ミネルヴァ様、オーヴェルグ様とレン様をお連れいたしました」

 執事が声をかけると、内側から扉が開かれた。部屋の中からふわりと甘い香りがして、何人かの女性が席についているのがわかる。

「こちらへどうぞ」

 案内された席に腰をおろし、上座にいる人に目を向ける。

「ようこそ。私が第一王妃ミネルヴァだ」

 ミネルヴァ様の横にいるのは、第二妃と第三妃らしい。第二妃は王太子殿下の母親だ。

 ミネルヴァ様は銀色の髪に虹色の瞳で、非のつけ所がない美人だ。どこか神々に近いものがあるように思う。

 第二妃は緑の髪に青い瞳のおっとりした女性で、第三妃は青い髪に金の瞳で中性的な美形だ。

「陛下亡き後、我等三名でこの国を見守ってきた」

「クラエスハルトのこと、よろしくお願いいたします」

 王妃様方と初対面の挨拶を交わし、話題になるのはやはり王太子殿下の戴冠式のこと。

 王太子殿下が国王陛下になれば、ミネルヴァ様は結界を維持する役目を終えて、霊峰ドラゴイグニカへ帰るらしい。ドラゴイグニカの管理をほかの弟妹に任せているのだとか。

「オーヴ、そなた戴冠式のあとはどうするつもりだ」

 ミネルヴァ様がオーヴェルグに今後の身の振り方を尋ねる。オーヴェルグはまだ二重生活を続けるつもりなのだろうか。

「ユールは臣下にくだり、学院の研究室で過ごすそうだ。ユールの守役が必要でなくなる以上、俺が城にいる意味もあるまい」

 騎士を辞めて冒険者稼業に専念するのだと。しばらくは俺と一緒にいてくれるらしい。すごく頼りになるし、安心感がすごい。俺にとってはありがたい話だ。


 

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