第11話 竜の変身と神の日常
「とりあえず、冒険者についてざっくり説明はしたけど、あとはやっていく中で教えてくよ」
どうやら、今後もトルスティはいろいろ教えてくれるつもりらしい。ありがたいことだ。
「レン、帰るか?まだ街を散策するか?」
スヴェンがこのあとどうするかを聞いてくれる。まだまだ遊び足りないし、見たいところもいろいろある。それでも、今日のところは帰ろうかなと思った。戴冠式のこととか、考えたいことはたくさんある。
「帰ろう、スヴェン。また連れてきてくれるでしょ?」
緑竜のあくび亭を出て、俺とスヴェンはトルスティと別れ、王都にあるスヴェンの家に向かう。
スヴェンの家は、王都の貴族街と庶民街のちょうど間あたりにあった。裕福な商人などが住んでいるエリアなのだそうだ。
ひとりで使うには少し大きめの家は、Sランク冒険者の家だと考えると少し手狭らしいけど、手入れが行き届いたいい家だった。
スヴェンは城の中にある居住区と、城下の冒険者の自宅を使い分けて生活している。
「そういえば、その髪型とかいろいろどうなってるの?」
昨日まで短髪だったのに、髪が一晩で伸びるなんて、不思議すぎる。最初見たときは、カツラだったりするのかなって思ったけど、どうやら違うらしい。
「……見るか?」
「見せてくれるの?」
「説明するより、見せたほうが早い」
どうやって変身するのか見せてくれるようだ。
スヴェンの後ろについていくと、シィエンルーアの扉よりは簡素な扉が浮いている部屋についた。
光る魔法陣の上に扉が浮いている。
「まずは城に戻ろう」
この扉は、城につながっているらしい。
扉をくぐったあとは、覚えのある浮遊感を感じたと思ったら、目の前に衛兵が立っていた。
「おかえりなさいませ」
スヴェンは衛兵の言葉に軽く手をあげて答えると、そのままスタスタと歩いていってしまう。俺はぺこりと衛兵に頭を下げ、スヴェンについていった。
そうして少し歩くと、開けた広い空間に出た。天井がかなり高く、野球の試合ができそうなほど広い。
「騎士団の訓練場だ。今日は使用予定はない。そこで見ていろ」
スヴェンがそう言って、広間の真ん中まで歩いていく。こちらを見てにやりと笑ったかと思えば、すごい風圧とともにその場に一体の赤い竜がいた。
竜は大型バスよりよほど大きく、背中の羽を動かすたびにゴウと風が吹いてくる。
『どうだ、驚いたか?』
頭の中に直接響く声は、スヴェンの声よりも重く低い。
「竜族って竜にもなれるんだ」
竜の血を引くヒトだと思っていた俺は、その圧倒的な姿に見とれるしかなかった。
それほどまでに、この目の前の真っ赤な竜は美しく、まさしく生命のヒエラルキーの頂点であるとしか言いようがない。
そして、次の瞬間にはその場にオーヴェルグが立っていた。
「……オーヴェルグ」
思わず名前を呼ぶと、笑いかけてくれる。
見慣れた短髪でヒゲなんてまったく生えていない、まじめな男の姿だ。
「一度竜の姿になる必要があるが、人の姿は使い分けることができる。色彩は動かすことはできぬが、髪の長さなどは自由自在だ」
俺の近くまで来て、頭を撫でながら教えてくれる。どうしても俺の頭は撫でるんだな。
「服装も変わるんだね」
スヴェンの派手な服装ではなく、オーヴェルグのカチッとした詰襟の軍服になっている。
髪型と服装の違いで、ヒトのイメージというのはこんなにも変わるものなのかと感心した。
「姉の立場もあるからな。ここにいる間は身なりは整えねばなるまい」
「お姉さん、王妃様なんだっけ?」
たしか王妃様で、ユールヴィアのお母さんなんだよね。オーヴェルグと似ているのだろうか。
「あぁ。ミネルヴァという。いずれ会うこともあるだろう」
スヴェンのときとオーヴェルグのときで、見た目も変わるけど話し方も変わるのがおもしろい。
全体的に、同一人物とは思えないほど印象が全然違う。
「オーヴェルグのお姉さんでユールのお母さんだから、きっときれいな人なんだろうなぁ」
しかも、竜だから絶対強いんだ。少なくとも戴冠式には姿をみることができるだろうし、楽しみができた。
「さて、部屋に戻るか?」
「いや、アドヴェルブに会いたいんだけど」
どうすれば会えるのかがわからないんだよね。いろいろ聞きたいことがあるのに。
オーヴェルグは少し思案して、歩き出す。
「この時間ならば、中庭で寝ているはずだ」
アドヴェルブはかなり自由に城内で過ごしているらしい。
俺はオーヴェルグといっしょにアドヴェルブに会いに行くことにした。
中庭につくと、明らかに只者ではない何かがいる気配を周囲に漂わせながら、男が地面に転がっていた。
「……なんだ、弟よ。兄が恋しくなったか?」
ぱちりと目を開いたアドヴェルブは、うれしそうに笑いながらそのようなことを言う。
俺が来るのを待っていたのだろうか。
「兄さんに聞きたいことがあるんだ」
「なんだ、我が恋しいわけではないと申すか。戴冠式のことか?」
アドヴェルブは起き上がって、興味深そうに俺の顔を覗き込む。本当の兄弟ではないのに、近くにいるとどこか懐かしさを感じるのが不思議だ。
アドヴェルブが手招くままに、近くに寄って座る。
「戴冠式を俺がすることは、問題はないの?利権とかいろいろ。俺がしなかったら、通常は誰が執り行うものなんだ?」
俺が誰かの役目を奪ってしまうことになるわけだろ。何も問題がないはずがないんだよな。
「通常はクレドリウス神教国の教皇が来て儀式を執り行うが、むしろあの者にはなんの力もないのだ。今回の場合、あやつが執り行う方が問題となろうよ」
アドヴェルブは痛みを堪えるかのように、目を閉じてそう吐き捨てる。
戴冠式に何か障害があるのだろうか。
「クラエスはアドヴェルブと合わぬか」
オーヴェルグがアドヴェルブにそう問いかける。何が合わないのだろう。性格とか?
「あの者には自分が王であるという自負がない。異母妹への劣等感に塗れ、その曇りが我との間に隔たりを生む」
「つまり、王太子殿下はユールの方が王にふさわしいと思っているってこと?」
そんな馬鹿な。魔力の制御もおぼつかない幼女で、絶世の美少女ではあるが、いろいろ残念極まりないあのユールが王にふさわしいって。
「竜族の魔力が神と相容れるわけがあるまいに」
オーヴェルグもありえないと思っているのか、眉間に皺を寄せてため息を吐く。
「愚かなことよ。ゆえに、我が弟に仲立ちを頼まねばならぬ」
「俺にアドヴェルブと王太子殿下の魔力を練り合わせろってことだね」
なるほど、やることは理解した。どうやってやったらいいかはわからないけど。
クレーデルは何も説明しなかったもんな。絶対面倒だからって理由で俺に調停者なんて力を与えたんだ。
「この国ではな、成人と同時、立太子の際に半分我の魔力と同化するのだ。その十年後に戴冠式で完全に我に染まる。そうして、守護結界を維持し、極寒の地に人が住めるようにしてある」
「でも、今の結界は竜帝陛下のものなんでしょう?」
王都に来てすぐにその話を聞いた。この国の王様のものではなかったはずだ。
「……ヨルンは死んだ。自分で自分の喉をかき斬った。クラエスが立太子してすぐのことだ。しかし、クラエスはすぐに王にはなれなかった。神の力はヒトの身には余るからな。半分でも馴染ませるのに十年かかるのだ。クラエスが即位できるようになるまでの間、姉が結界を維持している」
ヨルンって王様の名前なのかな。竜族が結界を維持している現状があるから、ユールの方がふさわしいなんて思ってしまったんだ。王太子殿下もなかなか複雑な身の上なんだな。
「まこと愚かな人の子らよ。我の力を降ろせるは人だけだというに」
アドヴェルブはきっとヨルン王と王太子を想っている。なんとか無事に戴冠式を経て、王太子殿下には王になってもらいたいな。
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