第10話 緑竜のあくび亭

緑竜のあくび亭

「いらっしゃい。誰かと一緒だなんて珍しいじゃないか、スヴェンもトルスティも」

 店に入ると、大柄なおじさんが声をかけてきた。鮮やかな緑色の髪は、異世界らしいなぁとつくづく思う。

「ここのパンが美味いからな。朝食にはまちがいない」

「うちはなんでも美味いんだよ」

 おじさんはガハハと笑いながら、席へと案内してくれた。店内には冒険者と思しき人以外にも、職人らしき人なんかもいる。

 それぞれ食事を楽しみながら、話が盛り上がっていたりで、なかなかの騒々しさだ。

「朝食はパンとスープと腸詰めが基本で、肉を焼いて欲しかったり、パンの追加だったりは言ったらやってくれる。レンちゃんはどうする?」

「俺は基本で大丈夫」

 俺がそう言うと、トルスティがおじさんに注文してくれた。ちなみに、スヴェンは肉増し増しで、トルスティはパン増し増しだ。二人とも朝からたくさん食べるらしい。

「さて、じゃあとりあえずはレンちゃんとの出会いに乾杯!」

「乾杯!」

 そう、冒険者らしく朝からエールで乾杯だ。しかし、俺はスヴェンに飲み物はミルクにされてしまった。スヴェンは俺のことを完全にこども扱いだ。

「食べながらでいいから、説明を聞いてくれ」

 そう言って、トルスティが冒険者やギルドについて話を始める。

「まず、冒険者ギルドは大陸共通の組織で、大陸中たくさんの町に支部がある。そして、各国の王都にはそれぞれの国の本部があって、総本部はガルディア王国にある。

 ガルディア王国は大陸の中央の一番でかい国だ。

 それから、冒険者にはランクがあって、一番下がFランク。登録票は鉄でできている。そこから、Eは赤銅、Dは青銅、Cは銀、Bは金、Aはミスリル、そして、Sランクはクリスタルだ。

 ちょうどいい。スヴェン、お前の登録票を見せてみろよ」

 トルスティがニヤニヤと笑いながら、スヴェンにギルドの登録票を見せるよう促す。スヴェンは苦い顔をしながらも、首から下げている登録票を出した。

「……クリスタルだね」

 そんな気はしていたが、スヴェンの登録票はクリスタル、つまりこの男はSランク冒険者だということだ。

「ちなみに俺のはこれ」

 トルスティが出してきたのは、銀色……だけど魔力が多い。

「ミスリル?」

「正解。名前の横にランクが書いてあるんだ」

 模様だと思っていたら、飾り文字で書かれたランク表示だったらしい。

 スヴェンはSランク、トルスティはAランク。冒険者ランクの分布割合がわからないけど、きっとこいつらは普通じゃない。

「はい、お待ち。朝食のセットだ」

 話していると、おじさんが朝食を持ってきてくれた。

 パンは表面はカリッと、中はふんわりもちもちでおいしそうだ。異世界転生ものでよくあるかたい黒パンじゃなくてよかった。

「ここのパンはジュンが酵母の作り方を教えたらしくてな。このあたりでも一番美味い」

 ほかのお店のパンも進化はしているらしいが、ジュンから直接教えてもらったこのお店が一番らしい。

「ジュンさん、この大陸の食の改革をしているんですね」

 彼が俺よりも先にここに来ていてくれてよかったと心から思った。食べ物はおいしいほうがいいもんね。

「いただきます」

 そう言って手をあわせると、トルスティがほほ笑ましそうにこちらを見る。冒険者は食事の祈りをしない人が多いらしい。

 アツアツのスープと、焼きたてのパン、噛めば肉汁があふれ出す腸詰。最高の朝食に夢中になって食べ進めた。

「そういえば、ギルドでスヴェンがすごく物騒なあだ名で呼ばれていたと思うんだけど、何か由来ってあるの?」

 殺戮王ってどんなことをすれば呼ばれるようになるんだろう。

 ギルドにいるときから気にはなっていたんだよな。

「あだ名っていうとあれか、殺戮王だろ?知らないやつはあれを聞いてどんなやばいやつなんだって思うらしいな」

「……あのときはやむを得まい」

 何かを思い出しているのか、トルスティは笑っているし、スヴェンは眉間にしわが寄っている。そんなの気になるじゃないか。

「あれは十五年前になるか。霊峰ドラゴイグニカのふもとにある迷宮の魔物が溢れてな。ノザリオスの冒険者ギルド総出で街の防衛をしたんだよ。そん時に、スヴェンが大活躍だったんだけど、活躍しすぎたんだな」

「それじゃあ英雄じゃないの?」

 魔物の氾濫から街を守ったのなら、物騒なあだ名の由来になりそうにない。

「英雄は英雄なんだけどよ……片っ端から魔物をぶった斬って、さらにその勢いで迷宮攻略しちまうなんて、誰も予想してなかったぜ」

 ケラケラと笑いながら、トルスティがスヴェンの背中をバンバン叩く。

「元から真っ赤な髪だけど、返り血で全身真っ赤でな。ぶっ殺しっぷりと顔面の凶悪さで、殺戮王のあだ名がついたんだよ」

「……不可抗力だ」

 スヴェンの強さが半端ないっていうことと、やり過ぎた結果のあだ名なんだっていうことはわかった。

「しかも、その迷宮攻略でSランク昇格の条件を満たしちまったんだよな。懐かしいぜ」

「でもさ、十五年前って二人とも若かったんじゃないの?」

 俺の疑問に、二人は顔を見合わせて吹き出した。二人ともそんなにおじさんに見えないのに、十五年前にスヴェンは大活躍しているし、それを見ていたかのように語れるトルスティもおかしい。

「言い忘れていたというか、あたりまえ過ぎて頭になかったというか。レン、俺とトルスティは竜族だ」

 亜人なんだろうなとは思っていたけど、二人とも竜族なのか。竜族って長命種なんだろうな。

「そうそう。スヴェンが火竜で、俺が地竜。ちなみに、この店の主人は、緑竜とヒトのハーフでレイチェルの孫。レイチェルはスヴェンの乳母で、スヴェンの乳兄弟の息子ってわけ」

 なんと、緑竜のあくび亭は、竜族のたまり場らしい。もちろん、竜族以外のお客さんもいるらしいが。

 二人とも見た目よりずっと歳が上だという事実と、この店の主人である、あのおじさんの親世代だっていう事実に驚いた。

「えっと、じゃあトルスティはスヴェンのもうひとつの仕事も知ってるんだ?」

「そりゃあ、俺はスヴェンの従兄弟だからね」

 パチリとウインクしながら、トルスティはさらに衝撃の事実を投げてくる。この性格の違いっぷりが、血縁を感じさせないよな。

「冒険者の話をするんじゃなかったか。ほとんど俺の話じゃないか」

 スヴェンが腑に落ちないという顔をして呟いた。しかしながら、俺の興味はスヴェンに向かってしまっているし、トルスティも楽しく語っている。

「スヴェンもこう言ってるし、もう少し冒険者の話をしようか。冒険者ランクの話をさっきしたけど、最初のFランクは街の中の依頼を受けるんだ。街の中で依頼の受け方やマナーを学んで、Eランクになったら街の外の城壁周辺まで出られる。素材の採取がメインだ」

 これができるようになったらこれ、というふうにカリキュラムが組まれているようだ。冒険者のランクは育成システムでもあるんだな。

「冒険者も段階を踏んでいくんだね」

「そうだね。急に魔獣と戦ったりなんかしたら死んじゃうからね。昔よりも安全を確保するようになったんだよ」

 トルスティが昔を思い出すかのように遠くを見ながらそう言った。きっと昔は無茶をして死ぬ人も多かったんだろうな。

「身の程知らずはあっという間に他の人を巻き込んで死ぬからな」

 スヴェンは苦々しい表情でため息を吐いた。

「Dランクになったら、冒険者としては一人前。近くの森で魔獣を狩るのが主な依頼になる」

「じゃあ、Cランクからは?」

 一人前になったあと、冒険者たちはどういう道に行くんだろう。ひたすら強くなる……とか?

「Cランクになると、パーティーリーダーになれる」

 なるほど、まとめる方向に動くのか。

「Bランクになるとなかなか街にたくさんはいない」

 やはり、上のランクに行くほど数が減るらしい。昇格の条件も厳しくなっていくんだろうな。

「Aランクで街に一人いるかどうかってとこだね」

 つまり、この街にはトルスティだけしかいないかもしれないってことだ。

「じゃあ、Sランクは?」

 スヴェンみたいな人は他にどれくらいいるんだろう。

「……この大陸に三人だ」

 なんと、大陸に三人しかいないうちの一人が俺の後見人らしい。とんでもない身の上になってしまったな、と改めて思った。

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