第9話 ノザリアの冒険者ギルド
「では明日、二の鐘が鳴る頃、王城前の広場で」
昨日、お城の中の部屋に案内されて、なぜか別れ際に待ち合わせの約束をされた。
この世界の一日は三十時間であることは前にも触れたが、どの町や村でも日の出とともに一の鐘を鳴らす。その後一時間に一度、日没を迎える二十の鐘まで鳴らすのだ。日が沈んでいる間は鐘外の時間と呼ばれている。
そして今日、俺は約束の相手であるオーヴェルグが来るのを、広場の噴水にもたれて待っていた。
「待たせたようだな」
もはや聞きなれた低い声に振り返ると、そこには知っているけど知らない男が立っていた。
「……お、オーヴェルグ?」
「この格好のときはスヴェンと呼んでくれ」
なるほどよくわからないが、今日のオーヴェルグは冒険者仕様らしい。どうやったのか、髪は無造作に伸ばされ、無精髭のはえた顔はいつもより男の色気が増し増しだ。魔獣の毛皮のファーがついたジャケットも、派手な雰囲気もなぜかしっくりくる。
「スヴェンってミドルネームだよね」
「冒険者ギルドにはスヴェンで登録してある」
冒険者ギルドの登録は、本名である必要はないようだ。いろいろワケありの人も多いのだとか。
冒険者ギルドに向かって歩きながら、気になっていたことを聞いていくことにする。
「それにしても、二の鐘って早くない?」
「いや、冒険者は基本一の鐘と同時に依頼を受付で登録して、十の鐘には戻ってくる」
「えぇっ」
「依頼の受諾は早い者勝ちだからな。二の鐘頃は受付が一番空いているのだ」
冒険者が朝に強いのが意外過ぎて、驚いている間に冒険者ギルドにたどり着いた。
「ここが王都ノザリオスの冒険者ギルドノザリア本部だ」
立派な石造りの建物の扉の上に、盾の前に剣と槍と斧を交差した紋章がついている。
大きな両開きの扉は開け放してあって、すぐに中に入ることができた。
「殺戮王だ」
「最近王都にいないんじゃなかったのかよ」
「やべぇ」
「圧がハンパねぇ」
ヒソヒソと物騒なささやき声が聞こえるが、言われているであろう本人は気にしていないのか、涼しい顔で受付に向かって歩いていく。
「よぉ、スヴェン。えらく綺麗なのを連れてるじゃねぇか」
「トルスティ、久しぶりだな。俺が後見することになった、レンだ。これでなかなかの魔術士だぞ」
スヴェンに親しげに声をかけてきた男は、トルスティという名前らしい。癖のある茶髪に、金茶の瞳が優しく細められていて、口調のわりに人が良さそうだ。
「レンと申します。今日は冒険者ギルドに登録したく、スヴェンに連れてきていただきました」
俺が挨拶すると、トルスティは目を丸くしてスヴェンの肩を叩く。
「レンちゃん、悪いことは言わねぇ。ここじゃそんなお上品な話し方はやめときな。スヴェン、てめぇもちゃんと教えておいてやれよ」
「絡まれたところで、絡んだやつがかわいそうな運命をたどることになるからな。俺は基本的にレンの好きにさせようかと」
「圧がやべぇから上位は近寄らねぇよ……雑魚がかわいそうだから、ちゃんとしつけといてやんな」
トルスティとスヴェンの話から、俺の話し方のせいできっと周りから舐められて絡まれるのだろうと推測できる。
しかも、スヴェンはそれをわかったうえで、俺が負けないと思っているのだ。
「スヴェン、なんかごめん」
「レンは謝らなくていい。俺がきちんと教えないといけなかったな」
頭を撫でながら、スヴェンが申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「殺戮王が気を遣う……だと」
「何者だよ、あの坊主」
「やばすぎだろ」
「ハンパねぇ」
語彙が明らかに死んでいる人もいるようだが、トルスティ以外は誰も近づいては来なかった。
「登録をお願いしたい」
スヴェンが受付のお姉さんに声をかけると、お姉さんはほんのり頬を染めて、俺に紙を差し出してきた。
「こちらにお名前と出身地、住民登録票がない場合は、後見人の方のご署名をいただいてください」
名前の欄にはレンとだけ記入し、出身地の欄にはヴィエルの森と記入した。ヴィエルの森は、シィエンルーアの屋敷がある森だ。出身地を聞かれたら、そう答えるようにとシィエンルーアから言われていた。
「レン、後見人欄は俺が書く」
スヴェンがサインをして、紙をお姉さんに返す。
「では、こちらの針を指に刺してください」
お姉さんが魔石に針がついたものを差し出してくる。これはいわゆる魔力の登録というものか。
「……あっ、バカ!」
俺がワクワクしながら指に針を刺すと、魔石がパァンと音を出して砕け散った。……なんでだよ。スヴェンが焦ったように俺に手を伸ばしていたが、手遅れだったようだ。
「えーっと、スヴェン?どうしたらいい?」
困ったなと思いながらスヴェンを見上げると、苦笑しながらスヴェンはお姉さんに金貨を三枚手渡した。
「すまないが、竜族用の登録魔導具を持ってきてもらえるか」
「……は、はい。すぐに!」
俺が壊したのに、スヴェンに弁償させてしまった。しかも金貨三枚ってかなり高い。あとで請求されたらどうしよう。
「竜族用ってあるの?」
「霊峰ドラゴイグニカが近いからな。竜族の冒険者が少なからずいる。それよりもレン。魔導具に魔力を流そうとするな。また壊れたら次は俺は知らないからな」
「がんばる」
無意識に魔力を流してしまったらしい。次は、チクッとしてすぐに離そう。俺は金貨なんてそんなにたくさん持っていないし。
気合いを入れたおかげか、今度は壊すことなく無事に登録できたようだ。透明だった魔石が、虹色になっている。シャボン玉みたいで綺麗だ。
「この魔石は、ひとつは登録票に。もうひとつはギルドに。そして、もうひとつは予備でお持ちください」
渡された登録票は、鉄の板に名前が彫られていて、その横に魔石が取り付けられている。首にかけておくのが一般的らしい。そんな説明をしながら、スヴェンが紐を通して首にかけてくれた。
「他にも説明を受けて行かれますか?」
「いや、俺から説明しておこう。世話になった」
お姉さんからの問いかけに、スヴェンが答える。俺もお姉さんにお礼を言って、スヴェンと冒険者ギルドをあとにした。
「朝食を食べながらいろいろ説明しようか」
そう声をかけてきたのは、俺の登録が終わるのを待っていたらしいトルスティだ。
「なんだ、まだいたのか。トルスティ」
スヴェンが呆れたように言うが、トルスティはいい笑顔で俺たちの背中を押す。
「スヴェン、お前が冒険者のあれこれをちゃんと教えられるわけがねぇだろ。常識はずれなことを教えて、たいへんな目にあうのはレンちゃんなんだからよ」
「俺でも教えられると思うのだがなぁ」
これはあれだな。スヴェンが規格外な予感がするやつだ。
「いいや、無理だね。お前の常識は一般冒険者の非常識だ」
「そこまでか?」
「そこまでだ」
二人が真剣な顔でそんなやりとりをしているものだから、思わずにやけてしまって、慌てて顔を取り繕う。
スヴェンがジトっとした目で俺を見てくるが、規格外の自覚がないのがいけないと思う。
「というわけだ。俺のおすすめの食事処で朝食にしようぜ」
「おなかすいたぁ」
「あそこか。朝食には間違いのない店だな」
そう言われると朝食が楽しみになってくる。起きてから何も食べていないので、すごくおなかがすいている。
「着いたぞ。ここが俺のおすすめ、緑竜のあくび亭だ」
ネーミングセンスはなかなか個性的だ。どんな料理が食べられるのだろう。
冒険者について話を聞くのもすごく楽しみだ。期待に胸をふくらませながら、緑竜のあくび亭の扉をくぐった。
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