第8話 騎士団総司令部にて

「ユールヴィア殿下、ならびにヴァルザーニ閣下、およびお客人をお連れしました」

「入れ」

 案内の騎士が扉の向こうへ声をかけ、返ってきた声は女性にしては低めの落ち着いた声だった。

「失礼します」

 扉を開けてもらって、部屋の中に足を踏み入れる。部屋の中には、大きな執務机と立派な応接セットのほか、書棚や鎧兜、壁にはバカでかい剣が掛けてある。

「戻ったか、オーヴェルグ」

 部屋の主は、真っ黒の髪を後ろでひとつに編み、きりりとした眉毛の下には深緑の瞳が濃いまつげの奥に光る、美しい女性だった。

 王太子妃って言ってたから、女性なのはわかっていたけど、背がすらりと高めな、どちらかというと華奢な女性で驚いた。

「ルゥ、私もいるよ!」

 ユールヴィアが女性に飛びついても、軽々と抱き上げてしまって、また驚いた。

 きっと壁の大剣はこの人の得物なんだろう。その身体のどこにそんな膂力があるのか教えてほしい。

「ユールもおかえり」

 ユールヴィアににっこりと笑いかける表情が、もはや女神でしかない。

「すまないな、お客人。挨拶が遅くなってしまった。私はリウェルシャ・オルディミリア。ノザリア王国王立騎士団総司令の任に着いている。貴殿は名のある神々の一柱かと存ずるが、お名前をお聞かせ願えるだろうか」

 ……あれ?なんか勘違いされてないか。

「自分は、レンと申します。クレーデルの導きにより、大樹の魔女シィエンルーアの元で修行をしてまいりました」

「ルゥ、レンはまだ神ではない。創世神により調停者の任を受けた者だ」

 俺の自己紹介とオーヴェルグの言葉を聞いて、リウェルシャさんは目をぱちぱちと瞬かせている。

 それよりもオーヴェルグ。まだってなんだ、まだって。

「つまり、これだけの圧力を持ちながら只人であると、そう申すのか?」

 ……え?俺の魔力って遮断できたんじゃなかったの?

「信じられぬであろうが、紛れもなく人の身だ」

「オーヴェルグ、俺の魔力遮断ってまだ不完全なの?」

 思わずオーヴェルグに尋ねると、また頭を撫でられてしまった。つまり、できてないってことですね。

 あんなに苦労して魔力を圧縮して遮断できたと思ったのに……シィエンルーアもオーヴェルグも合格って言ったのに……あんまりだ。

「レン。残念ながら、魔力は遮断できておっても、圧倒的な神力が圧力を生み出しておってな」

 なんだその新しい力は。そんなのは聞いていないぞ。魔力さえ遮断できればいいのではなかったのか。ユールヴィアも怖がらなくなったのに。

「気づいておらなんだのか」

 リウェルシャさんも呆れたように肩を竦めている。

 ユールヴィアは静かだと思ったら、リウェルシャさんの横で眠ってしまっていた。


「父の気配がすると思ったが、なんと人の子であったか!」

 俺が新たな事実に打ちのめされていたら、突然部屋の中に男が踏み込んできた。

 キレイな雪のように白い髪をふわりとなびかせて、オーヴェルグぐらいでかい、筋骨隆々の褐色肌の大男がズカズカと近づいてくる。

 白いまつ毛に縁取られた、赤とも橙とも見える揺らめく炎のような瞳が俺をじっと見つめる。

「アドヴェルブよ、それではレンが怯えるではないか」

 オーヴェルグが大男に注意してくれるが、ちょっと待ってほしい。

 父の気配と言ったことでまさかとは思ったが、アドヴェルブって火の神の名前じゃないか。

「火の神アドヴェルブ?」

 俺が尋ねると、うれしそうに笑って、ぐりぐりと頭を撫でてくる。

 俺の頭は撫でやすいのかもしれない。

「そうだ。我は火の神アドヴェルブ。人の子よ、そなた父の力を授かったな?ならば我らはいわば兄弟よ。我のことは兄と呼ぶが良い」

 いや、いいわけないよね。神の弟ってもはや神じゃないか。俺はまだ神じゃないらしいんだ。まだってのも納得はしていないが。いずれ神になるってすごく中二病っぽくないだろうか。

「火の神アドヴェルブ。兄と呼ぶのは恐れ多いですよ」

「良い良い。兄と呼ぶまで我はそなたを離さぬぞ」

 ひょいっと軽々と俺を持ち上げて、片腕で抱き頭を撫でまわされる。だんだん収拾がつかなくなってきた。

 なぜかすごくかわいがられている、というのはわかる。

「兄さん、でいいの?」

 こういうときは、折れるに限る。神って生き物は、絶対に我を通してくるからな。逆らうだけ時間と気力と体力の無駄である。

「かまわぬ、弟よ。姉上たちにも、そなたのことは伝えよう。父の与えた役目、しかと果たすが良い。おあつらえ向きに、もうじき戴冠式よ。我と新しき王とを調えるが良かろう」

 ……待て待て待て。戴冠式が初仕事ってこと?知名度もない俺が?教会の人とかがするんじゃないの、戴冠式って。それよりも、アドヴェルブは俺の役目を知っているのか?自称兄のマイペースが止まらない。

「アドヴェルブがそう言うのだ、レン。我が夫の戴冠式、貴殿に執り行ってもらうほかあるまい」

 リウェルシャさんまで何を言っているんですかね。ツッコミが追いつかずに、さっきから「えっ」とか「ちょっ」しか言えていない自分がなさけない。

「レン、頼めるか」

 オーヴェルグにそう言われたら、俺には断る選択肢なんてない。俺は戴冠式を執り行うことになった。王様になるご本人の了承は得ていないけど、いいのだろうか。

「さて、では我は姉上たちと我らの弟について語ってこようではないか」

 はっはっはと大きな声で笑いながら、アドヴェルブは去っていった。火の神じゃなくて嵐の神の間違いなんじゃないだろうか。


「神様ってけっこう身近に出てくるんだな」

 もっと教会とか神殿で祈りを捧げてとか、特別な儀式をしてとか思っていたけど、普通の人間みたいにふらっと出てくるんだもんな。

「アドヴェルブは特別に人との距離が近い。人の営みを好むと言うておったな」

 ふむ、と思い返すようにリウェルシャさんが言う。クレーデルもけっこう距離感近かったよな。神様でも親子で性格が似るんだなと思った。

「ところで、戴冠式って俺は何をすればいいの?」

 俺には教会でキラキラしたおじさんが王様に冠をのせるイメージしかない。

「戴冠式は神と王の契約を締結する日だ。詳しくはアドヴェルブに聞いた方がいいだろう」

 オーヴェルグの言葉を聞いてもさっぱりわからないから、アドヴェルブになんとかして聞いてみよう。いつ会えるのか、どうやったら会えるのかまったくわからないけど。

「レン、戴冠式は五日後だ。それまでに我が夫も含め、打ち合わせる時間を取ろう。オーヴェルグ、あとは頼む」

「承知した」

 後日打ち合わせをおこなうことにして、解散することになった。どうやら、帰還報告のついでにオーヴェルグから報告されていた俺を見てみたかったらしい。とてつもない魔力の持ち主で、クレーデルから役目を与えられていて、それにもかかわらず常識のない者。そんなものを国の中枢に近づけてはいけないだろうと思うが、リウェルシャさんとしては神に近いものという判断を下したようだ。

 ユールヴィアはよく眠っていたので、そのまま乳母が抱き上げて連れて行った。

「当初の予定通り、冒険者ギルドに登録しに行こうか」

「うん。ありがとう、オーヴェルグ」

 こうして、ノザリア王国に着いた途端脱線した旅は、元の予定へと戻っていく。

 まずは冒険者ギルドで冒険者登録をして、身分証明書を手に入れるんだ。

 なぜか戴冠式を執り行うことになったけど、きっと冒険する時間はこれからたくさんあるはずだ。

「どこに行かれるおつもりです?」

 さあ行くぞと意気揚々と出かけようとした俺たちに、厳しそうな年配の婦人が声をかけてきた。

「レイチェル……そなたこちらに来ていたのか」

「えぇ、そりゃあ旦那様がお帰りだと聞いたものですから」

 オーヴェルグが苦虫を噛み潰したような顔でレイチェルさんから目をそらしている。

「お客様をお部屋にご案内して、旦那様は報告書を仕上げていただかないといけませんよ」

「しかしだな、冒険者ギルドに行くと約束を……」

「旦那様。物事には順序というものがあるのです。お客様にはまずお身体を休めていただいて、旦那様は報告書を書いてくださいませ」

 これは勝てないやつだな。早々に諦めた俺は、オーヴェルグの肩に手を置いて、黙ったまま頷いた。

「すまぬ、レン。明日には必ず」

 きっと明日までにオーヴェルグはなんとかしてくれるはずだ。

 

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