第7話 王都ノザリオス
扉の向こう側は、同じように魔法陣がほのかに光り、それ以外は何も無い部屋だった。
その部屋から出ると、身を切るような寒さが俺を襲った。
「なんでこんな寒いんだよ!?」
俺の叫びに、オーヴェルグはしまった、という顔をしている。
「ヒトにとっては寒い季節なのだということを忘れておった」
オーヴェルグはまるで自分は人ではないかのようなことを言いながら苦笑をこぼした。
先にも触れたが、シィエンルーアの屋敷は、彼女の魔法により年中過ごしやすい気候に調節されている。
今はこの世界でも一年で一番寒い時期らしく、さらにノザリア王国は大陸の中で一番寒い地域だという。
針葉樹は真っ白に色づいており、足下というか目の前もかなりの雪深さだ。
『ヴァルム』
オーヴェルグが自分の耳飾りをひとつ外し、俺の耳に着けながら短く詠唱する。
どうやら、耳飾りを媒介に暖かくなる魔法をかけてくれたようだ。それまでの寒さがなかったかのように、暖かく感じられた。
「ありがとう、オーヴェルグ」
「かまわぬ。気が回らず、寒い思いをさせた」
オーヴェルグは柔らかい笑みをこぼし、俺の頭に手を置く。近頃、オーヴェルグは俺の頭を撫でるのがくせになっているらしい。ユールヴィアと同じような扱いをされている気がする。
気はずかしい思いをしていると、ぼすっと雪に何かが落ちる音がした。
「雪久しぶりー!」
大人のやり取りはそっちのけで、ユールヴィアは雪に埋もれてはしゃいでいる。先ほどの音は、ユールヴィアが雪に飛び込んだ音だったようだ。
「寒くないのか、ユール」
「寒くないよ!私冬の子だもん」
俺にはユールヴィアの言う冬の子の意味はよくわからなかったが、寒くないのならばいいかと流すことにした。
シィエンルーアの扉がある小屋を出て、少し歩くと街道に出た。
街道は雪も除けられていて、比較的歩きやすい。
街道を少し歩くと、石の城壁に囲まれた都市が見えてきた。灰色の石でできたかなりの高さの城壁に遮られ、完全に街の中は見えない。
城壁の上を歩く人の姿が見えるので、城壁はかなりの厚さがあるのだろう。
「あれがノザリア王国の王都ノザリオスだ」
検問の順番待ちをする人々が、城門の前に列をなしている。大きな荷を背負った人、馬車、武装した人など、さまざまな人が列に並んでいた。
「冬にこれだけ人が並んでいるのも珍しいのだがな。我らも並ぼう」
「そうなんだ。早く順番が来るといいな」
列の最後尾に三人は並び、検問の順番を待った。並んでいる脇ではところどころで火が焚かれていて、少しだけ待っている者たちの寒さが和らげられている。
「うー、ひまー!」
「ユール、もう少しの辛抱だ」
ユールヴィアは寒さは平気そうであるが、何もすることがなく列に並んでいる状況に飽きていた。
「ねぇ、オーヴ。このまますぐ帰るの?」
「そうだ。先におまえを置いて来ないと、ギルドに行けないからな」
「えー、私も行きたーい」
「ならぬ」
オーヴェルグとユールヴィアが攻防を繰り広げている。
そうこうしているうちに、俺たちの検問の順番が回ってきた。
門番の兵はオーヴェルグを見て顔を強ばらせ、ユールヴィアを見て顔色を失う。
「か、かか閣下……殿下まで……お、お待ちください!」
そう言うと、門番の兵はどこかに走っていってしまった。
「なぁ、オーヴェルグ。俺は嫌な予感しかしないんだけど」
オーヴェルグにそう声をかけると、苦笑とともに頭に手を置かれる。
「先触れを出したのだがな。伝達に不備があったようだ」
オーヴェルグはシィエンルーアの屋敷から、帰る旨を連絡していたようだが、門番の兵達にまで伝達が来ておらず、何やら騒ぎになってしまったらしい。
門番の兵が騒いだせいか、通り過ぎていく人々はもの珍しそうに三人を見て行く。
「めちゃくちゃ見られてるじゃないか。恥ずかしすぎる」
「彼も悪気があったわけではあるまい。伝達の不備に関しては後ほどしかるべき指導はしておこう」
しばらくすると、門番の兵が三人のもとへ戻ってきた。
「お待たせして申し訳ございません。閣下、至急騎士団本部へと総司令閣下よりご命令です」
「客人の案内をしている途中なのだが」
オーヴェルグは困ったように頭をかいている。門番の兵はちらりとこちらを見て、頷きながら返した。
「お客様もともに、と仰せでございました」
「ルゥが呼んでるなら、仕方ないね。オーヴ、行こ!」
ユールヴィアは自分だけ仲間はずれにならなかったのがうれしいのか、弾むように俺の手をとって歩き出す。
オーヴェルグも、仕方ないといった様子でしぶしぶ歩き出した。
「馬車を用意しておりますので、そちらをご利用ください」
門番の兵は俺たち三人を馬車まで案内し、深々と頭を下げて持ち場へと戻っていく。
用意された馬車は四頭立てのきらびやかなもので、ますます嫌な予感が大きくなっていく。
ただ者ではないなとは思っていたが、聞き間違えでなければ、閣下と殿下だ。やんごとないにもほどがある。
「すまないな、レン。巻き込んでしまったようだ」
オーヴェルグが申し訳なさそうに、眉尻をさげている。この男でも避けられない人物からの呼び出しだ。警戒しておいた方がいいだろう。
「事情を少しだけでも聞かせてもらえるか?」
聞いたからといってどうにかできるとは思えないが、まったく事情がわからないよりは対処はできるはずだ。
オーヴェルグは低く唸ったあと、重い口を開いた。
「改めて、我が名はオーヴェルグ・スヴェン・ヴァルザーニ。王妃ミネルヴァの弟にして、第三近衛騎士団の団長職を拝命しておる。ユールヴィアは姉の唯一の実子で、皇太子クラエスとユールヴィアは腹違いの兄妹だ。今回、我々を呼び立てておるのは、皇太子妃でありながら、ノザリア王国王立騎士団総司令たる、リウェルシャ・アウリ・オルディミリア・ガルド・ヴェステリア。隣国ガルディアの王女で、留学中にひとめぼれしたクラエスのそばにいるために、当時王立騎士団総司令だったオルディミリア卿の養女になり、史上最年少で騎士団総司令に登りつめた女傑だ」
情報量が多すぎる。オーヴェルグとユールヴィアのことまでは予想の範囲内だったけど、なんだその設定盛りまくった人!絶対かかわったら面倒なことになる予感しかしないじゃないか。
「俺も一緒に行く必要はないんじゃないか?」
なんとか逃れられないか試みてみる。
「客人もともに、と言われてしまったからな。レンに会うのが目的なのだろう」
なぜ俺に会いたいのかまったく見当もつかないし、面倒で怖さもあるけど、権力には逆らってはいけない。サラリーマンとして生きてきた俺の経験がそう言っている。
「仕方ないから一緒に行くよ」
すでに馬車に乗せられているし、拒否権なんてものはないのだろうけれど。
馬車の窓から外を見ると、大通りを走っているのか、道沿いには立派な建物が並んでいる。
「なぁ、オーヴェルグ。街の中に雪積もってないのはなぜだ?」
街の外にはあんなに積もっていた雪が、街の中にはまったくない。除雪作業がすごいクオリティだとか言われても、納得できないくらい欠片も雪の気配がない。
「ノザリオスは竜帝の結界に覆われているからだ」
全然理解が追いつきません。リュウテイってなんだ。
「リュウテイって?」
首を傾げてオーヴェルグを見ると、彼は軽く目をみはったあと苦笑した。
「竜帝はその名のとおり、竜たちの皇帝だ。虹色の美しい竜で、神々に次ぐ魔力の持ち主だ」
どうやら、この国にはやばい竜がいるらしい。しかも、竜たちってことは、竜がいっぱいいるってことだろ。
「そんな強い竜の結界に守られているから、雪も街の中には積もらないんだな」
「そういうことだ」
そんな会話をしているうちに、馬車は動きを止めた。目的地に着いたらしい。
門番の兵らしき人と、馭者の人との会話は聞かなかったことにしよう。
たどり着いたのは、この国の王城だったのだ。
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