第五図 うはなりへの応援コメント
こんにちは。今日も、たどたどしく拝読いたしております。
学生時代の知識しかなく、歌にもなると、意訳がないとついていけない💦
梅と桜の精の争いだったのですね。梅が前妻、桜が後妻、そんでもって後妻打ちとは……。この時代にはよくあることだったのかもしれませんが、なんと罪作りな。
ただの痴話喧嘩のような話が、美しい物語になるのだから、古文は本当に不思議です。
作者からの返信
すなさと樣
コメントを頂戴しまして有り難うございます。
私も和歌の解釈などは我流ですので、実は謬っていたり「仕掛け」に気付けていなかったりする部分はあるかもしれません。その点は何とぞご海容下さいませ。
花々を擬人化する花軍(はないくさ)の物語はテンプレとして一定度、古典の世界には存在するようです。古の人々の創作力もなかなか侮れませんね。
にしましても「色好み」といえばそうなのでしょうけれど、仰るように何とも罪作りな貴公子ですね。「うはの空なる心まよひ」などとぼんやりしている場合ではなかったでしょうに……。
現代の出来事も古文の文体で物すれば多少は美しくなるだろうか、などと埒もないことを考えております。
第一図 こうばいへの応援コメント
工藤さん、こんにちは。
昨日は、ひとまずそのまま走り読み、音を楽しみました。
今日はゆっくり、分からない言葉を調べながら読んでいます。
台詞と地の文が流れるように続く古文独特の表現は、やはり美しいですね。
再度、ゆっくり読ませてもらいます m(_ _)m
作者からの返信
すなさと樣
前作の私訳に引き続いてご高覧賜りまして有り難うございます。すなさとさんの近況ノートで厚かましくも「おねだり」してしまったようで、今にして何やら恥ずかしくなっております……。
ただ、拙文を「音」として楽しんで下さり、のみならず言葉を調べ乍ら叮嚀にもう一度(!)お読み下さっているとのこと、大変嬉しいです。宛字や義訓、辞書に収載されていない(けれど存在している)語、私自身による造語なども用いておりますので、その辺りは何となく解釈して下さいますと幸甚です。
私も時折、「音を読む」という楽しみ方で文章を読むことがあります。その点、仰るような「台詞と地の文が流れるように続く古文独特の表現」は一等好もしく、それは古文の一文一文が比較的長めで、あちらこちらに脱線しながら情報を「建て増し」していく日本家屋のような風情を醸すからではないかと考えていたこともあります。そういった古文の文章は伝達性や論理的明晰さには欠けることもあるのでしょうけれど、一方、音の連なりとしては美しく響くのかも知れません。拙訳もそのような趣を残せておりましたら良いのですが……。
編集済
第九図 大ぼさつへの応援コメント
『伊勢物語』第八段「浅間の嶽」で
むかし、男ありけり。京や住み憂かりけむ、あづまのかたにゆきて住み所もとむとて、ともとする人、ひとりふたりしてゆきけり。信濃の国、浅間の嶽に、けぶりの立つを見て、
信濃なる浅間の嶽にたつ煙
をちこち人の見やはとがめぬ
と、六歌仙・三十六歌仙の一人として有名な在原業平が軽井沢の借宿で詠ったことに由来して、明和8年(1771)に建立した借宿村の神社が遠近宮と名付けられ、祭神として国津神である磐長姫命(いわながひめのみこと)、木花開耶姫命(このはなのさくやびめのみこと)、神大市姫命(かむおおいちひめのみこと)が祀られているそうです。
立札にある遠近宮の由緒には祭神として磐長姫命のみ記されているようですが、磐長姫命は富士山の木花咲耶姫命の御姉神と記されてますが、磐長姫命は天照大御神(あまてらすおおみかみ)の孫・瓊瓊杵尊命(ににぎのみこと)が木花咲耶姫命に求婚した折り、共に嫁がされて追い返されたため、怒った父の大山津見神の誓約により瓊瓊杵尊命とその子孫は神としての永遠の命を失ったという逸話もあるようです。また神大市姫命についても大山津見神の娘で天照大御神の弟である素盞鳴尊(すさのおのみこと)の妻の一人となり、農耕神・食料神として信仰されているようです。
また、『新古今和歌集』巻第十、羇旅歌の中に
東の方に罷りけるに淺間の嶽に立つ煙の立つを見てよめる
在原業平朝臣
信濃なる浅間の嶽にたつ煙 をちこち人の見やはとがめぬ
と、あり、『伊勢物語』の主人公である男と推察される在原業平の和歌が収載されているそうです。
そして、『古事記』、『日本書紀』では初代天皇、神武天皇が瓊瓊杵尊命と木花開耶姫命の曽孫として記されているようですね。
後篇 懸想文のことより、いろいろと勉強させていただきました。私訳をありがとうございます。
作者からの返信
中澤樣
お返事が遅くなりまして失礼しました。この一週間は先週一週間の「秋休み」のツケの精算をしておりました……我乍ら浅はかなことこの上ありません。
さて、色々と調べても下さったのでしょうか、詳細にご教示下さいまして有り難うございます。軽井沢の遠近宮、初めて知りまして検索してみたのですが、随分と古い、趣のある社殿、そして業平はこんなところにも事蹟を遺しているんですね……。
『桜梅草子』に登場する「富士の大菩薩」はやはり「浅間(仙元)大菩薩」の別名を有する現在の富士山本宮浅間大社を意識したものだと思われますが、富士山周辺に点在する各地の浅間神社も、調べてみますと主祭神は同じものの、配祀されている神々の組み合わせは必ずしも同じではないようですね。恥ずかし乍ら私など上代の文献は余り熱心に読んではおりませんで、神々の系譜などにも疎いため頭がこんがらがりそうで、中途で諦めてしまいました……(笑)
ただ、個人的に興味深かったのは、ウィキペディアの孫引きで恐縮乍ら「富士山の神霊をコノハナノサクヤヒメに当てる起源は明らかでないが、文献の初見は江戸時代初期の『集雲和尚遺稿』である」とされている点でした。「山の美しさを女性に擬える」とか「火山を女神の水徳で宥める」とか諸説あるようですけれど、富士信仰と女性・女神との結びつきが古来より強いことは慥からしいとは言え、その女神が木花開耶姫という「花(恐らく桜)の女神」に当てられるようになったのが如上の説に従って仮に近世だとすると、ではそれより少しく溯る室町後期に『桜梅草子』が成立した段階で、既に「富士の大菩薩」が「花の女神」、木花開耶姫として意識されていたのか否か、あるいはそう見做して良いのかは非常に気になるところでした。
然るべき先行研究にも当たり切れていないものですから、何時も以上に要を得ないお返事となってしまいで恐縮です。
第五図 うはなりへの応援コメント
「落花難上枝、破鏡不重照」は釈迦牟尼仏が体得した正法眼蔵涅槃妙心に通じる「このゆゑに大悟現成し、不悟至道し」の教えで意味深いですよね。
破鏡不重照については、"覆水盆に返らず"のようにネガティブな意味もある反面、離散した夫婦が再び一緒になったり、別 離の夫婦がまた巡り会う''という意味でも使われるそうです。“破鏡"をめぐる伝説として、中国古典『神異経』に“夫婦の離縁"の悲哀として伝わる一方、中国説話集『太平廣記』巻一六六、「氣義一、楊素」では戦乱の世で離れ離れになった夫婦が戦後、再会した後、円満に暮らす物語が収録されているようです。
それにしても、日本の戦国時代の離婚事情から生じた"後妻打ち"の風習もこのように物語として残され、今に伝わるのですね……。
作者からの返信
中澤樣
コメント二件、頂戴しておりました。何時も有り難うございます。二件目へのお返事は後刻、改めまして。
さて、ご注目下さいました「落花難上枝、破鏡不重照」の件ですが、実は原文テクストにはありませんで、私の解釈による潤色の部分となります(当私訳を「逐語訳」としない所以です)。
先行研究による書誌情報を紹介文に引用しましたように、『桜梅草子』は小型の白描絵巻の形態、当然ながら作絵がありまして、その絵の様子も私訳の中に盛り込めないものかと思案し、原文テクストにない情報をその絵から拾い上げて私訳に盛り込む形を取りました(ちなみに『かざしの姫君』も同様です)。
お見せできないのが大変残念なのですが、当該話と対応する絵の中では、庭に散った桜と梅を前に立ち尽くす貴公子の姿が描かれております。原文では「かへす〳〵も、ふしきなり」とだけあって、ただ余りにも素っ気ない感じがしたものですから、散った花片を、割れた鏡の破片の如くに見立てて「破鏡」の章句を想起して引用した次第なのです。
まさに仰るように、内容的に別離の「覆水盆に返らず」を誇張するという意図、そして後篇の「仏教思想」的な結語を前提として、章句を仏典より引くことに一定度の必然性を持たせる(つもりの)意図もありました。
紹介文にも挙げました堀口蘇山氏は、概ね仏教色薄く展開していく物語の最後に突如として仏教語が表れることに着目なさっていて「本巻が仏教教育思想上から創作されてゐることが判かる」とされる一方、「然しながら、詞書、絵全体に仏教臭くない処に、反て億量の貫禄を示してゐるものではあるまいか」とも評しておられますので、折角の物語に仏教臭を加味する拙私訳などは「原典の文学的価値を損ないかねない」とお叱りを受けてしまうかもしれませんが……(笑)
にしましても「破鏡」をめぐる説話、慥かに「破鏡重円」「破鏡合一」ということもありますから、別離の先の再会も有り得るんですね。拙文を物する最中には思い至っておりませんでしたが、そうなりますと貴公子と花の精とは「花ぞむかしの」の如く翌春に再会できていたりして……。
最後に「第五図 うはなり」の私訳テクスト中で、原文テクストにはない、作絵をもとに挿入した描写文は以下の二箇所でした。
①「梅は零《こぼ》れて桜は散り、今や紅白の葩《はなびら》で晨粧《あさげしょう》した凄寥《せいりょう》たる庭を目方《まえ》に私は唯々《ただただ》呆然と立ち尽くすしかなかった」
②「……畢竟《つまるところ》「落花難上枝《らっかはえだにのぼりがたく》、破鏡不重照《はきょうはかさねててらさず》」と夫婦恋《つまごい》の訖《おわ》るを悟るのであった」
又しても冗長なお返事にて失礼しました。
第四図 花いくさへの応援コメント
ここまで読んで、ふと古典怪談の『牡丹灯籠』を思い出しました。それから、ギリシャ神話で女神アルテミスとともに野山をかけめぐっている妖精ニンフのことも連想していました。
夢の中でこんなことが起これば、びっくりして飛び起きますよね⭐︎⭐︎⭐︎
作者からの返信
中澤樣
コメントだけでなく★も頂戴しまして有り難うございます。
『牡丹灯籠』は恥ずかしながら映像作品でしか観たことがないのですが、人ならぬ妖(あやかし)と人との交情には、道ならぬゆえでもあるのでしょうか、結末のどうあれ切実なものを感じてしまいます。
またニンフとは成る程のご指摘。擬人化した桜と梅、そしてニンフ、慥かに両者とも奔放な自然の生気を感じさせる存在ですね。
それから「塒出の鷹」へのフォローも有り難うございます。こちらも人と人ならぬものとの交情、公方と鷹との物語になるはずなのですが、起筆の直後に疫禍に見舞われ思うような資料収集と考証ができず頓挫した侭なのです……早く不如意の解消されると良いのですけどね。
編集済
第九図 大ぼさつへの応援コメント
工藤さま
ご挨拶が遅くなりましたが、本年も宜しくお願い致します。
私は『桜梅草子』を存じ上げなかったのですが、こちらを拝読し、好きなものがたくさん詰め込まれていて、幸せな気分になりました。
まず、「紅梅の絅を着栄やす女房の芳菲として馨香を漂わせている」の一節に魅了されました。『源氏』の有名な「衣配り」の場面で、紫の上に紅梅襲の素敵な衣装が贈られたのを思い出し、この女房の様子を想像してみたりして。
「後妻打ち」のところはもの悲しさと怖さを感じる反面、「それでスッキリ」させる女性特有の気質(男性の方が本気になったら一途というか執着心があるような…?偏見かしら笑 時代もありますし、人それぞれですね)を感じ、興味深かったです。
後半の、「人を想う言の葉を懸想詞と言い、これを文に書いて遣るをば懸想文と申す」のところ、素敵。木草でさえも想いが宿るとは…耽美な世界観に痺れました。
言葉のない草花や花木だからこそ、人からの想いを内に秘め、それが熟され、青々とした葉が芽吹いたり美しい花が咲くのかもしれませんね。時に妖艶で狂気すら感じる花もありますが、それも何かの怨念なのかも…なんて。長々と失礼いたしました。素敵な物語を読ませて頂き、ありがとうございました。
また、ご多忙の中、拙作にもお運び頂きありがとうございました。
作者からの返信
葵樣
此方こそ本年も宜しくご交誼の程、遅れ馳せ乍らお願い申し上げます。
扨、拙文の古いものまでご味読下さいましたようで大変嬉しう存じます。煌びやかな装束を『源氏』のように微に入り細に亘って描写することが、短編と云うこともあるでしょうけれども『桜梅草子』には殆ど見られぬ中にも、着眼点が葵さんらしいと感じました。仰る「衣配り」は「玉鬘」巻でのものですね。紫の上が「紅梅」で「桜」は明石の姫君で。あの場面、末摘花を見て「人知れずほほ笑まれたまふ」た源氏の意地悪さ許り印象に残っていたものですから、私はコメントを拝読するまで色目のことすっかり忘れておりまして、今少し確りと読まねばならないとの自戒を新たにしております。長編にもなりますと話型や展開に気を取られて、服飾や調度、有職故実など動もすると繁文縟礼と感じられる描写を読み飛ばして(いる積りはなくともそうなって)しまうことも往々あるようで……にしましても『源氏』では本当に紅梅がよく登場しますね。私などは「幻」巻で「母ののたまひしかば」と云って亡き“母”紫の上の遺言に従って「とりわきて」紅梅の木を大切に世話する匂宮が強く印象に残るようです。
「後妻打ち」のようなこと、男性にも血気盛んな時分には拳で殴り合ってから河原の土手でお互い大の字になって「お前、強いなぁ」などと称え合ってスッキリする、などと云うこともフィクションの中では有ることでしょうけれども、実際はと云えば、皆々お行儀良くなって暴力は控え目になるのと引き換えに、仰るように一途に執着して拗らせてしまうとか、それこそ源氏が柏木と対する時のような、ああ云った追い詰め方をするとか、然様な辺りが現実ではあるのかも知れませんね。殊に或る程度の年齢に達した男性は……おっと、そう云えば親しい人に「怒りを表さない代わりに嫌味を云う」と指摘される私として、この点も自戒が必要でしょうか。
葵さんが或る方の御作に古今集の仮名序を引いてコメントを寄せていらしたのを拝読したのですけれども、矢張り募る想いがコトバになるまでの過程を貫之が「人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける」と、木々や草花の生い勝り花発く姿に仮託したのは抜群にセンスが良いと今更乍らに思わざるを得ませんね。物言わぬはずの植物が葉や花や果実でなしに、まさしく言の葉として想いを表出する“擬人化”作品は室町時代以降に多い印象で、一方、同時代に世阿弥が「秘すれば花」なる能楽論を展開したことも恐らく偶然ではありますまい。文事芸事が、見えぬもの(心=種)を見える形(言葉や植物の姿)で表する営為であるにしても、我が国における伝統として「隠すこと」の妙、顕れているものしか見ない野暮を詰まらないものとして厭う美意識も又、厳然として有るように思われます。「察する」とは良く云ったものです。
依然として年末年始の喧騒の収まっておりませんで、ここ一か月程は(遊びも含めて)気忙しくて不可ません。来週辺りから“日常”の戻りそうですから、御新作も心を整えて改めて拝読し直せればと存じます。そして昨年末にお話ししておりました小考も「雲隠れ」もとい「お蔵入り」となりませんように……でハ又。