20話 心配(絵舞視点)

麻原あさはらさん」


 昼休み。

 自席で独りお弁当を食べていた私は、その声で振り返った。


「木村さん? 急にどうしたの?」


「ああうん。大した用事じゃないんだけどね」


 声の主はクラス委員長の木村里穂きむらりほさん。

 普段はあまり話すことのない間柄のはずだけど。

 わざわざ話しかけてきたってことは、クラスの用事か何かかな。


「麻原さんに一つ訊きたいことがあって」


「訊きたいこと?」


「うん、この間のことなんだけど」


 そう前置きすると、木村さんはなぜか辺りをキョロキョロ。

 やがて私の耳元にそっと顔を寄せて、掠れるくらいの小声で言った。


「この間、柏のケータイショップに居なかった?」


「ケータイショップ?」


 予想とは違う話に、私は眉を顰めた。

 確かに私はこの間、柏のケータイショップに行ったけど。

 どうして木村さんはそんなこと……。


「……えっ、もしかして」


「うん、多分そのもしかして」


 嫌な予感を悟り、慌てて木村さんを見ると。

 全てを把握してそうな顔でうんうんと頷いていた。


「木村さんもあの時あそこにいたの……?」


「うん、ちょうどケータイ買う用事があってね」


 その返事を訊いた瞬間、私の疑問が動揺へと変わった。

 全身から一気に血の気が引いていくような、嫌な感覚に見舞われる。


「最初は違うのかなーって思ったんだけど、流石に同じクラスの子の顔を見間違えたりしないし、多分そうなんだろうなーって」


「てことはつまり、私が独りじゃなかったのも……」


「ごめん、知ってる」


「だよね……」


 急に話しかけられたから何事かと思ったけど。

 そっか。そういうことだったんだね。


「全然気づかなかったや、私」


「まあそうだろうなって思った。私とはずっと背中合わせな感じだったし、麻原さん、待合所の椅子に座ってずっとケータイ見てたから」


 休日に知り合いと会うこともないかなって思ったから、家から一番近いケータイショップにしたけど。よりにもよって、同じクラスの木村さんに見られてたなんて。


 学校からは、結構離れた場所のはずなのに。

 やっぱり安易に二人で出かけるのはまずかったのかな。


「それでね、訊きたいことはもう一つあって」


 その続きは何となくわかる。

 多分私と一緒にいた山本さんのことだ。


「一緒に来てたあの人のことなんだけど」


「う、うん」


 予想通りの流れに、私は大きく息を飲んだ。

 出来るだけ平静なまま、木村さんからの言葉を待つ。


 もし木村さんに、山本さんとの関係がバレたら。

 多分私たちはもう、今の生活を続けることは出来なくなる。

 だからここは、何としても上手く誤魔化さないと。







「あの人って麻原さんの彼氏さん⁉︎」


「えっ……」


 予想とは違った言葉に、強張っていた肩の力が抜ける。

 てっきり援交とか、そういうのを疑われるかと思ったけど。

 なるほど、そう来たか。


「い、いや、違うけど」


「じゃあ、お兄さんとかなのかな⁉︎」


 声音を上げて、グイグイと詰め寄ってくる木村さん。

 興奮した様子の彼女を前に、私は慌てて後ずさりする。


「お、お兄さん……かな?」


「やっぱり! そうかと思ってたの!」


「ちょ、ちょっと木村さん? ち、近いっ」


「ああ、ごめんなさい。つい興奮しちゃって」


 指摘すると、木村さんは誤魔化すように笑って身を引いた。

 ちょうど昼休みで、クラスがガヤガヤしてるからよかったけど。この声のボリュームでこんな話しされたら、他の人にもバレちゃう。


 さっきまでは内緒話みたいな感じだったのに。

 急にどうしちゃったんだろう。


「と、とりあえず一旦落ち着こ?」


「う、うん。そうだね」


 両手で頬をペチペチして、深呼吸した木村さん。

 それを見てから、私は尋ねる。


「どうしてそんなこと気になるの?」


「どうしてって、それは……」


 すると今度は、ポッと頬を赤くした。


「あ、あの人、凄くイケメンだったから」


「い、イケメン……?」


「う、うん」


 木村さんは頷いて、真っ赤になった顔を両手で覆った。てっきり年上の男性と一緒にいたことを、問い詰められるのかと思ったんだけど。


「もしかして、山本さんのことが気になったの?」


「あのイケメンなお兄さん、山本さんっていうんだ」


「あっ……」


 うっかり口を滑らせちゃった。

 私と苗字が違うこと、絶対変に思われた。


「……って、あれ? 木村さん?」


 やっちゃったと思ったのに。

 木村さんは私の失言など、気にもしていない様子だった。気にするどころか、まるで恋する乙女のような、うっとりとした顔をしてる。


「ま、まさか」


 この周りが見えてないふわふわとした感じ。

 そして明らかに照れているだろうその表情。

 私も同じ女の子だからわかる。


「き、木村さん。もしかして好きになったりとか……?」


「な、なってないなってない!!」


 木村さんは顔の前でブンブンと手を振った。


「ただタイプだったってだけだから!」


「そ、そうなんだ」


 てっきり一目惚れしちゃったのかと思った。

 確かに山本さんはカッコいいけど、今は私の同居人だし。ああ見えて意外とムッツリなところあるから、木村さんみたいな真面目な子とは、多分つり合わないと思うな。


「でもそっか。お兄さんだったんだ」


「う、うん」


「なんか納得だな。二人とも凄い美形だし」


「そ、そうかな」


「苗字が違うってことは、親戚とか?」


「え、あ、うん。そう……だね」


「へぇー、仲良いんだね」


「昔から何かと面倒見てもらってたから」


 苗字のこと、ちゃんと気づいてたんだ。

 ふわふわしてたから、てっきり気づいてないのかと思った。


「親戚のカッコいいお兄さん。いいなぁ、憧れちゃうなぁ」


 言いながら木村さんは、キラキラと目を輝かせていた。


「私一番上だからさ、羨ましいよほんと」


「そ、そうなんだ」


 すると悩まし気な顔で続ける。


「長女っていうだけで、色々期待とかされるんだよね。その度に本当は下がよかったのにとか、もっと甘やかされながら生きたいとか、そんな風に思っちゃうからさ」


 この言い方だと、木村さんは長女という立場で色々と苦労してるみたい。


 確かに生まれた順番だけで執拗に期待されちゃうのは、少し可哀そうだなとは思う。私は次女だから、そのあたりの苦労は正直よくわからない。


 でも――。


「誰かに期待してもらえるのは、凄く幸せなことなんじゃないかな」


「えっ」


 例え執拗に期待されてしまったとしても、それに嫌気が差すことがあっても、何一つとして期待してもらえない人よりは絶対に幸せだって、私は思う。


「何も期待されない、誰からも必要とされない、そんな寂しい自分になるよりは、今の木村さんみたいにクラス委員長で、そして長女で、色んな人から頼ってもらえる、期待してもらえる立場の方がきっと幸せなんだよ」


 これは根拠の無い感情論でしかないかもしれないけど。

 誰からも期待されない、必要とされない寂しさは、私がよく知ってる。


 木村さんにも木村さんなりの悩みがあるのはわかる。

 でもそれは私からすれば、凄く贅沢な悩みで。

 私が願っても叶えられなかった、幸せな今なんだよきっと。


「だから私からしたら、木村さんが羨ましいかな」


「そっか。今までそんな風に考えたことなかったや」


 私が言うと、木村さんは感心したように頷いた。

 そして優しい笑みを浮かべて。


「よかった、麻原さんと話せて」


「えっ、急にどうしたの?」


「私じゃ絶対に気づけなかったこと、教えてもらえたから」


 そう言ったかと思ったら。

 今度は委員長らしいキリっとした顔で。


「それに麻原さん、学校ではほとんど自分のこと話さないから心配で心配で」


「えっ……」


「私とかにもっと絡んで来てくれていいのに」


「あ、あはは、そう、だね。今度から話しかけてみる」


「ほんとにー? 絶対だからねー?」


 そんな真っ直ぐな瞳で見られても。

 出来たら話しかけようとは思うけど、正直まだあんまり自信はないかも。


「長々とごめんね。お弁当、まだ途中だったよね」


「う、ううん。全然平気だよ」


「それじゃそろそろ、席に戻るね」


 ひらひらと手を振りながら、木村さんは行ってしまった。

 最初の話の流れだと、木村さんは、偶然見かけた私と山本さんの関係が気になったから、声をかけてきたのかと思ったけど。


「そっか。心配かけちゃってたんだ」


 どうやら密かに私を心配してくれてたみたい。

 クラス委員長だからなのかもしれないけど、面と向かってそう言える彼女は、多分凄く優しくて、思いやりのある人なんだと思う。


 じゃなかったら私みたいな浮いている人間に、嘘でも心配してるだなんて言わないはず。流石長女だなって、少し私のお姉ちゃんの面影を感じちゃったりもした。


「あっ!」


 去り行く背中をじっと眺めていると。

 木村さんは急に立ち止まり、慌てた様子で振り返った。

 

「ごめんもう一つ!」


 そしてスタスタと駆け寄って来たかと思えば。

 懇願するように、パチンと両手を合わせた。


「あのお兄さんに、女子高生の連絡先欲しくないか訊いてみて!」


「え」


 何を言われるのかと身構えたら。

 真剣な表情で、何バカなこと言ってるのこの人。


「駄目元でいいから! ねっ⁉︎」


「えぇ……」


 成績優秀で、真面目な子なのかと思ってたけど。

 今私の目に映っている木村さんは、恋に飢えたイマドキJK。

 彼女に対する私の見立ては、どうやらちょっぴり間違ってたみたい。

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29歳ホームレス、女子高生YouTuberに拾われる。 じゃけのそん @jackson0827

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