終章

「あぁ、フートテチはそういう国だったな」

アレストが頷く。

「ボクたちも、そう生きれば良かったのかもしれないな」

「1000年前から、か?」

アントワーヌの顔が曇る。

「……ふふふ、全ては必然なんだぜ。ストワードが魔族を封印して出来たのも、それを利用してシャフマが栄えたのも、ねェ」

「アレスト……」

「だから俺たちはここにいるんじゃないか」

アレストが柔らかく笑う。

「俺は、砂時計を壊した。だが、全否定したかったからじゃないぜ」

「そりゃあ相棒にあんなことをする原因になったのは砂時計さ。だが……」


「砂時計がなかったら、シャフマがなかったら……俺はあいつに会えなかった」


「だから、感謝はしているのさ」


「そうか。じゃあ、ボクも弟に感謝をしよう」

アントワーヌがはにかむ。

「ふふっ……あんたのそれは皮肉だろう」

「ぬ……そ、そうかもしれないが!だが、ええと」

「ギャハハ!!ギャハハ!!俺の言葉だって皮肉さ!嫌味だぜ!!」

腕を広げて破顔するアレストにため息をつくアントワーヌ。

「アントワーヌサン、世界ってのはさ。すごく嫌なものだな。俺たちがうんざりするように出来ている」

「そうだな……だが」

「あぁ。だが、だからこそ人間は強くなったんだ。打破できる術を手に入れたのさ」

魔法なんてなくても、永遠なんてなくても。

立ち上がれるのだ。

きっと、魔族も同じだ。アレストはまだ見ぬモフモフの魔族たちに思いを馳せた。



〜1週間後 酒場〜


アントワーヌとリーシーたちがシャフマを発つ前日。アレストとルイスもその日だけは客として皆と飲んだ。

「ふふふ、アントワーヌサン……娘ってのは本当にかわいいのか?」

顔が真っ赤になったアレストが言う。

「わ、私も気になります!」

リーシーが目を輝かせる。

「アレスト……リーシー……!」

ぐぐぐっと酒を一気飲みしたアントワーヌ。容器を机に思いっきり置き、半分ほど残した酒が飛ぶ。

「危険なほどに!!愛らしい!!!!!」

「危険なほど……!?」

「あんたの腕力で潰しそうで?」

「それもあるが」

「あるんですか」

「……自分が制御できなくなるのだ!ついおやつをあげたくなってしまうほどの愛らしさ!!隠れてあげていたら、レモーネに封印されそうになったのだ……」

「ギャハハ!!ギャハハ!!!!!邪神扱いかよ!」



深夜。皆が酔いつぶれて寝ている中で、アレストが目を覚ました。

「……ふふふ、派手に飲んじまったねェ」

「アレスト……?」

「ん?相棒、起こしちまったか?」

「ん……」

眠い目を擦っているルイスをじっと見つめる。

「相棒、思えばさ。俺たちは悲劇のような2人だったな」

「俺は一度あんたを諦め、そして失ってしまった。それを後悔して、後悔して……」

「……いろいろな犠牲があった。俺が国を滅ぼさなければ、しななくて良かった人もいるのかもしれないなんて思うこともあるよ」

「でも、俺はあんたがいた世界を守りたかった……壊すことで、守りたかったんだ。あんたがまた戻って来たときに、俺の記憶が消えていたらさ……すごく切ないだろう?俺は1回経験したから分かる。自分のことを忘れられるのは、辛いんだ」

「あんたは記憶がないだろうが、あの冒険のときに言ってたよ。あんたじゃないあんたが……『記憶がなくなるのは、辛い』ってさ」

「そのときは『わかったような口を』って思った。だが……あいつも当事者だったんだな。今になって、分かる」


「何を言っているのか分からないわよ……」

ルイスは寝ぼけているようだ。

「うん、それで構わないぜ。というか、シラフの時に伝えられるほど強い男じゃない俺が悪いからさ……」

アレストがルイスの額にキスをする。

「あんたが戻ってきてくれる世界が欲しかったから、一国を滅ぼしたなんてさ……俺はなんて最悪な王子だったんだろうな」

「……」

「王子はそんな人じゃいけないのに。分かっていたのさ……。だが、きっと……世界ってわがままで出来ている部分もあるから」

「だから、ええと……俺は、俺はな……」


「俺は……」


「また……あんたに爪を塗って欲しくて……」


「あんたに名前を呼んで欲しくて……」


「……あんたに」


「今度会ったら『時計があるから』じゃなくて、理由なんてなくていいから、愛しい気持ちだけで抱きしめて欲しかったんだ……」


「あんたと『人間の出来る愛』を育んで、アントワーヌやリーシーみたいに……父上と母上みたいに……子を……」


アレストの声はそこで途切れた。ルイスの腕が、アレストを抱きしめたのだ。


「『相棒』?」

「本当にバカ。それに今気づいたみたいな言い方して」

「……うん」

「え?本当にそうなの?」

「うん、今気づいた。ハッキリと」

ルイスが苦笑する。

「普通はね……最初に『誰かを救いたいから』動くのよ」


「私はそうだったし」


「……え?」


一気に酔いが覚める2人。


「もちろん!剣の腕を高めるためでもあったわよ!!というかそれがなかったらここまで来なかったわ!書簡だけ送っていたかも……そうしていたらラパポーツ公に揉み消されていた可能性があるわね。危なかったわ」

「他に理由があったのか?」

「……鈍いわね!」

ルイスがアレストから顔を逸らす。

「私は『砂時計の寿命』を聞いた時、王子の……あんたの心配をしたのよ」

「王子がどんな人かは知らなかったけれど1000年目の祭典の途中で大陸滅亡なんて起こったら報われないと思ったわ」

「だから、寿命のことだけでも伝えたいと思ったのよ。まさかこんな顔をしているとは思わなかったけれど。とにかく、少なからずあんたのことを思ったのは、あるわ」

「それは……告白じゃないか……?」

思わず言ってしまった。



気まずい沈黙。


「……なんだか俺、眠くなってきちまったなぁ……」

「そ、そうね。私も……」

目が合わせられない。

(相棒は俺のことを救いたかったんだ……俺も救いたかったし、両思いだったんだ……)

恋じゃなくて、その点では、ということだが。アレストには十分だった。

目は合わせられないが、2人は抱き合ったまま離れなかった。

この体温を手放したら、今度こそ消えてしまうかもしれないから。

失った時間を思い出して、また心が痛くなってしまうかもしれないから。


(せめて、これからは……)


時計越しじゃなくて、直接心を通わせたい。


だが、そんなことは、アレストは初めてだから。

(どうしたらいいのか、分からないな……)


2人が本当の意味で分かり合える日まではまだ時間がかかるのかもしれない。



ストワードで魔族が封印され、シャフマができた。歴史はそこから始まったのだ。

アレストがルイスのために国を滅ぼしたのと同じくらいの『わがまま』で。

(次にこの大陸が姿を変えるときは、どんな理由があるんだろうな?)

あぁ、永遠の砂時計などいらなかった。

だって、世界は変わらないとつまらないから。

変わらない国の王子だったアレストは、自分で救い……救われた人の体温を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。

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砂時計の王子 〜episode of Sutwwad〜 まこちー @makoz0210

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