EP:0 RED or GREEN 後編
私が「辞めます」との言葉に老オーナーは焦り出す。そりゃあそうだ。あの2人は今や、コンビニほわほわの店員になっているのだから。しかも、私との同居はあの日から続いている。あの狭い、2LDKのアパートにだ。他人で知り合いなんかでもない異界人の少女と、なんでよりにもよって私のロッカーからたまたま出て来たってだけで、私と暮らすのよ!? むしろ、そのまま異世界ダンジョンの中に戻って帰って欲しいけど、そうも行かない事情が2人にはあった。
あの令嬢の少女はやはりというか、案の定な令嬢だった。只の令嬢なんかじゃない。没落した貴族の我儘令嬢様。邪魔になってダンジョンに追放されてしまったとの事情を、同じく一緒にダンジョンから出て来た見かけ通りの魔導士のズゥーラ・ビブラが教えてくれた。ああ。令嬢はヴィヴィ・ルイーズって名前で16歳。ビブラは19歳。ビブラはダンジョン攻略中に仲間から追放されて自暴自棄になって進んで行くうちに魔力が尽きて、元々の方向音痴もあって偶然出会ったヴィヴィと当てもなく歩いているうちに、……だった。
あの一件から2ヶ月。2人は帰りたいとも言わずに私や老オーナー、みつき君からと、この世界の常識に秩序、法律や情報を集めていた。本当にここで生きて行く気、満々だし。私と暮らして行く気、満々だ。冗談じゃないっつぅの! 私は1人がいいの! 誰かと一緒に暮らすなんてことが無理なの! ここ2ヶ月。趣味である小説も漫画も映画も、何もかも我慢をしている。全部の全部を、あの2人が使っているからだ。パソコンもテレビも携帯もⅰpadも、何もかもだ! 私の自由の時間がない! 唯一と1人になれる時間はお風呂のときだけだ。まったりと。それでも、2人きりになるとなんなのか、『ツクモ! まだあがらない?』とヴィヴィが何度と聞きに来たり、『ツクモさん。番組録画しておきましたよ。新作デザートも、早く食べましょう?』なんてビブラも言いに来る。私はお前らの親か! まぁ。2人共、可愛い。私なんかよりも整った顔だ。その顔を見る度に私は地味な顔にため息が漏れる。キラキラした2人の傍にいるのが辛い。ただただ、ストレスでしかない。私はあの2人のような生き方は出来ない。いきなり異世界に行っても、帰りたいと泣き言を漏らしてしまうだろう。なのに、あの2人は違う。ここで生きて行く気で学んでいる。姿勢が、思考が、喪女である私には本当に眩しい。手を差し伸ばされているのは私の方だ。一緒に生きて行こうと。泣くに泣けない。
お風呂から上がった私の目に映し出されたのは。
『赤いきつね、丁度、食べ頃よ』と日本語でヴィヴィがはにかんで、『赤いきつね焼うどん、でか盛も食べるかい?』なんてビブラが箸を私に向ける。出会ったときに食べた食事が忘れられないようで。毎週金曜日。晩ごはんを食べた後に、赤いきつねや緑のたぬきを食べるのは恒例となっている。これに慣れてしまっては、もう戻れないと分かっている。独りには戻れない。彼女たち2人が私の生活の一部になってしまってはお終いだ。手放せなくなってから別れるのは赦せなくなる。自分自身も、そして2人も憎んでしまう。なんて心が狭いんだろう。私って人間は。
だから、【切る】なら今しかないの。
「1人のアパートに3人が住むのはキツイですし。光熱費も、食費の負担も正じ――……」と老オーナーに言うと「そんなことかい! なら、儂のアパートの空き室に住むといいよ! 家賃免除! 4LDK! 敷金礼金ナシ! 光熱費と食費も時給を上げて上げるよ! 今月中に今のアパートは引き払っちゃいなYO! ああ。引っ越しは手伝うよ! はい! 解決っ! あ。11月のシフト作るから、休み希望出してね! 九十九ちゃんとヴィちゃんとビブちゃん」と唖然とする私に吐き捨てて禿はパソコンと睨めっこを始めた。取りあえずなんと言えばいいのか。言葉にならないが、この生活は続くことが確定をした。同時に。
「ロッカーの中のダンジョンはどうするんですか?」
没落追放令嬢と落ちこぼれチート魔導士、コンビニ店員に懐く。 ちさここはる @ahiru
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