没落追放令嬢と落ちこぼれチート魔導士、コンビニ店員に懐く。

ちさここはる

EP:0 RED or GREEN 前編

「老オーナー?」と私は事務所で声をかけました。老卓朗オイタクロウは24hコンビニほわほわのオーナーです。全国チェーンではなく個人店。立地条件は物凄く恵まれた場所にあります。4階建てでして、一階がこのコンビニ、そして、2階から3階がアパート。4階がオーナーの家。大家でもある訳です。関係ない話しですが、あと2棟はマンションで、いわゆる《大家成金》。親からの相続でもあって働く必要なんかない人でもあります。コンビニは趣味みたいなもののようです。道楽で、娯楽に近い経営の彼ですが。独身の52歳。よく婚活しています。

「何かな? 九十九ちゃん」

 丸い頬を揺らして、禿た頭を隠すあの髪型のスタイル。鼻下には灰色の口ひげがあるので口許はよく見えません。

「辞めます」

 それも今日で見納めだ。

「っちょ! ちょっと! ちょっと! 九十九ちゃん!?」と大きく目を見開いて私を見た。そして、あの言葉を吐くのだ。

「辞めるのなんか止めよう? ね? ね? ほらぁ~~あの2人は君に懐いている訳だしぃ~~ね? ね? でしょう? ねぇえ?」とねっとりとした口調で私に言うのは分かっていた。その2人が原因だってことが分からないのだろうか? この老いぼれの禿頭は。


 ああ。ことの発端を話すとしょう。

 あの2人とは何者かを。


 従業員休憩室バックルームは8畳。そこには背丈ほどあるロッカーが20本とある。そして扇風機とストーブ。テレビなんかも完備されている。従業員の娯楽を忘れない老オーナーはテレビゲームや漫画なんかも置いてくれているけど。時代劇雑誌や成人雑誌なんか私は読まない。絵で手が伸びないのよね。どうせなら少年雑誌ジャンプでいいの少年雑誌でね。その愚痴はいいとして。問題なのは夜勤の氏家みつき君が休憩室に来たときに、『いきなりなんすよ! 信じられないかもなんすけどねっ! つくもんのロッカーから女の子が! 1人なんかじゃなくて! 2人も出て来たんですよ! そんでですよ! 中をっ、……サーセン。中を覗いちゃいましたw 異世界のダンジョンがあったんですよ! まさに! あめーじんぐぅう!』なんてふざけたラインからの電話に起きてた私は、半信半疑で職場に行ったの。そうしたら、確かに見慣れない格好をした少女が2人が椅子座ってチップスやお茶を飲んでいたの。目を疑ったし、私のロッカーの中身がダンジョンに変わり果てて、中身がなくなってしまったことに泣けたわ。新作の漫画も借りてた雑誌もなくなるなんて、なんで私のロッカーなの? 他に19本もロッカーがあるというのに!

 丁重におもてなしをしたのはみつき君の判断だ。

 1人の少女はボロボロではあるがいい素材のドレスを着ていたから明らかに貴族、……のはずと見て取れたし。あとの1人も見て分かる重装備をした魔法使い? みたいな出で立ち。何を仕出かすか分かったものじゃない。だから、『戸惑うのはあちらさんも同じだと思った』とはみつき君の後日談。私は当然ながら、即、老オーナーに状況の説明を電話口でした。すぐに4階から降臨した彼は目を擦って、何度となく2人の少女を見たかと思えばよ?『今日のところは九十九ちゃん、お持ち帰りしてさ? 明日、出勤したら連れて来てよー』耳を疑ったよね。嘘でしょう? 禿!? って吐き捨てたくなったけど、みつき君も『オナシャス』と廃棄処分品の弁当とデザートを大量に袋に入れて渡してくれるもんだから。もう賄賂みたいなものよね。私も受け取ったことを、今さらながらに後悔しかしてない。マジ、ここで詰んでたの。眠気もあったから思考回路が役に立ってなかったのね。言い訳上等よ。ふざけんな、私の馬鹿っ!

 私のアパートはほわほわコンビニのすぐ裏手にあるMr.バブルス2号。2階建てで8室あるけど、今の住居者は1階の私1人と2階では2人しか住んでない。家賃は3・5万円。2LDK。フローリングと畳の部屋がある。風呂とトイレは別だし。壁も決して薄くない。しかも、ここはペット可で、この価格は即契約した。買うか貰うか。猫か犬か。鳥か兎かと悩んでいた矢先に、この状況だ。同居人なんか要らない。しかも2人! しかも! 異界人なんで冗談なんかじゃないっ! 部屋が足りないじゃない! おもてなしなんかしないんだらかね! なんて2人を見れば。令嬢は涙目だし。魔法使いは目をキラキラと周りを見てるし。私と目が合うと『ここには魔物は居ないのですね!』と日本語で話しかけて来た。嘘でしょうと思って令嬢を見ると『! っつ、……』と口をパクパクさせる程度。それに魔法使いは続けて言ったの『すいません。言葉は聞いて覚えました。ニホンゴっていうんですよね? ミツキ様に教わりましたよ!』と私が聞いた覚えのない情報を口にした。何してくさってんのかな?  みつき君はっ!?

『ようこそ。私のお城に』と適当に扉を開けて中を見せた。

 すると、お嬢様は眉間にしわを寄せ。魔法使いはといえばお世辞にも『きれいな家ですね』なんて『お邪魔します』と会釈をして靴を脱いで入った。令嬢は靴のまま部屋に行こうとするもんだから『靴は脱ぐの!』と強引に剥いた。


『これは何ですか?』


 魔法使いが指差したのは、『ぁああ!』と私が食べるはずのお湯を入れたままとなっていた――《赤いきつね》だった。完全に伸びていた。

 ふんふんと鼻で嗅ぎ『ミツキ様が言っていたカップ麺というものでしょうか? 食べてもいいですか?』と魔法使いが私に聞く。どうせ伸びたものだしと、伸びきった麺の中を箸で混ぜた。私は廃棄処分の弁当を食べるからいいやと思ったからね。『どうぞ』と魔法使いに箸も渡す。


 ずずずずぅうう!


 麺を啜る音に私の喉も鳴った。それは令嬢も同じだった。

 思わず見つめ合って、『赤いきつねと緑のたぬき。どっち食べる?』と私は何も知らない令嬢に聞いた。首を傾げる彼女に私は2つを持って聞くと、赤いきつねを指差した。だから私は緑のたぬきなった。

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