これからもよろしく

枯れ尾花

第1話赤い夕顔

 これは夏から秋に移り変わり少し肌寒くなった頃の話。

 景色も吹く風も、そして辺りの匂いまでもが変わる。

 さらには街を歩く人の服装も変わり、寒さに耐えきれず背中が少し猫になる人もいるかもしれない。

 このころから食卓には少しづつ温かいもの、例えば鍋やらシチューなんかが並べられる。

 心も体も温まる季節。

 そんな時・・・・・僕には彼女が出来た。





 僕はいつも通り待ち合わせ場所に向かう。

 まだ僕たち学生をきつね色した木の葉が迎え入れてくれることは無く、中途半端に緑がかった葉が風に舞っていた。

 それはまさに大人にも子供にもなりきれない僕たち高校生を表しているように感じる。

 僕はそんな道をひたすらに歩く。

 憂鬱な気分から足に枷が付いているわけは無く、むしろ両足に天使の羽でも付いているかのように軽やかだった。

 なんせ今から向かう場所には1番好きな人がいるから。





 通学路にあるポツンと小さな公園。

 ブランコも滑り台もなく、もはや広場と呼ぶにふさわしい存在ではあるが、まるでそれを避けるかのように入り口の石看板に『南雲公園』と刻まれていた。

 半端なものほど主張が強く、その半端なところを大きな自己主張でかき消そうとする。

 だがそんな半端で足りないピースを埋めてくれる、いやそれは言い過ぎだろうか。

 いやここは言わせてもらおう。

 麺にすればコシのある上質なものになりそうな、1寸の隙も無い黒くて長い髪を、ふわっとまるで温かみのある卵の様なシュシュで1つ結びにしたいわゆるポニーテールに、かまぼこの様なツルモチの肌。

 血色のいい赤い唇は今にでも飛びつきたくなるほどに魅力的。

 きつねの様に切れ長の目は俺の心をズタズタに切り刻み、あまりの美しさに悶絶してしまいそう。

 眺めれば眺めるほどに新たな魅力に気づく。

 それはさながら、出汁を吸いに吸った油揚げを噛めば噛むほどに甘みと塩味が口に溢れる時のようだった。

 そう、彼女こそが我が彼女である椿紅夕顔つばいゆうがおである。

 「おはよう。今日は寒いね。」

 僕はそう言い少し空いた彼女との距離を早歩きで詰める。

 彼女はスマホに奪われていた鋭い目を早歩きの僕に向けてくれる。

 「おはよう。本当に寒いわね。」

 彼女の鋭い目は少し垂れさがり、口角が上がった。

 彼女はよく誤解される。

 きつねの様な鋭い切れ長の目が怖いのだろうか。

 怒っていなくても怒っているのだと恐れられ、あまり人が寄ってこない。

 もちろん彼氏である僕にとってはありがたい事なのだが、彼女の悩みとならば話は別だ。

 まぁ彼女はいつも「何ともない」と口で言うが。

 僕としてはその目も彼女の魅力の一つだと思うし、彼女にもおっちょこちょいでかわいい面は十分にある。

 例えば・・・・。

 「今朝は何か刻んだネギが入ったものでも食べた?」

 「えっ?冷奴食べたけど・・・・。」

 彼女は不思議そうに首を傾け、そしてすぐに顔がゆでだこの様に赤くなる。

 「も、もしかして付いてる?!」

 彼女はゆでだこのまま口周りを手でこする。

 「もうちょっと左だよ。」

 見当違いの方向へと向かう彼女の手を誘導する。

 「あっ取れた。」

 「もう!どうしてすぐに言ってくれなかったの?!」

 「ツッコミ待ちなのかと。」

 俺の答えに呆れたのか彼女は「もーう。」と牛になったきりそっぽを向いてしまった。

 ほらね。かわいいでしょ。

 クールな風貌、落ち着いた雰囲気、鋭い眼光からは想像できないおっちょこちょい。

 これがギャップ萌えというやつなのだろう。

 皆には知られたくないが、皆が知れば彼女の悩みは間違いなく解決するだろう。






 待ち合わせをしている自称公園から少し歩き毎日通う高校に着く。

 門をくぐり、校舎の中に入る。

 そのまま階段を上がり、自分の、いや自分たちの教室に入った。

 その間、もちろん彼女とはずっと手をつなぐ。

 彼女とはまだ付き合い始めて1ヶ月だからなのか、それともとてつもなく相性がいいのかアツアツだ。

 それに少し肌寒いこの季節、彼女のぬくもりのある手は愛のある防寒具にもなった。





 自分たちの席に着く。

 その頃には僕の手はぬくもりと愛のある防寒具ではなく、愛を知らない冷たい机に突っ伏されていた。

 僕と彼女の席は両極端。

 彼女がドア側、僕が窓側。

 そのためクラスメイトが教室に入る際、ほぼ確実に彼女のことが目に入る。

 「おいっすー。」

 そう言いながら僕の肩を叩くのはクラスメイト兼友達の地雷君。

 もちろん本名ではない。僕が勝手につけたあだ名だ。

 彼は良い意味で何かを隠すことも、コソコソ話す事も、嘘をつくことも出来ない。

 そのある意味正直者で清々しい性格は残念ながら目の前の地雷を避けられない。

 僕は物好きなのか彼のそんなところが結構好きだったりする。

 「なぁ、お前の彼女すっげえ怖い顔でスマホ見てたぞ。」

 開口2番、彼はもちろんコソコソではなく、朝の静かな教室に割と響くくらいの声量で僕の彼女の悪口を言う。

 前言撤回、僕こいつ嫌いだ。

 彼女もそれが聞こえたのかスマホをポケットにしまい、机と体が一体化してしまった。

 「お節介かも知んねぇけどよ、もし目が悪いんなら眼鏡買った方が良いって言ってやった方がいいぜ。それに椿紅ってちょっと怖い印象あるから丸眼鏡とかかけたら柔らかい印象が出ていいんじゃねえか?」

 さらに前言撤回、やっぱりいい奴だ。

 たしかに彼女はスマホを見るとき、少し目を細めている気がするし目が悪いのかもしれない。

 彼の観察眼に感服しつつ、自分の不甲斐なさに落胆した。

 彼女はびっくりした顔でこちらを見ている。

 「それにだ、これを口実に椿紅と眼鏡屋デートなんてどうだ。彼女の色んな面が見れるぜ!」

 彼はいかにもコソコソと話すように口元に手を当て言うが、もちろん先ほど同様、反対の側の彼女にも聞こえる声量で告げる。

 彼女は顔を手で覆いつつも、首をグワングワン縦に振り賛成の意を全力で表す。

 どうやら週末のデートは眼鏡屋に決まったらしい。

 彼は言いたいことが言えたのか「じゃあな。」といい僕の下を去った。

 嵐のように場をかき乱し、何事もなかったかのように去る彼に少し憧れ、少し嫉妬してしまう。

 僕もこれくらいはっきりした性格なら彼女の悩みも・・・・。





 なんとなく授業を受け、時々寝て、時々真面目にしながらついに昼休みになる。

 もちろん休み時間は2人で楽しく話すがそれはあまりに短く、儚い時間だった。

 いつの間にかチャイムが鳴り虚無感に襲われる。

 そんな半端な時間。楽しいのは楽しいんだけど。

 だが昼休みは違う。

 わりかし十分に満足できる時間、それにおいしいごはんを一緒に食べることが出来る。

 「ごはん食べよ。」

 そう言って彼女は僕の席に来る。

 その手には水筒型の魔法瓶と『赤いきつね』があった。

 「今日はうどんなんだね。」

 「うん。私、この中のきつねがすごく好きなの。あの甘くて噛むとジュワッて汁が出てくるところが。」

 彼女はその鋭い目をうっとりと、まるで好きなアイドルの話をするかのように話す。

 よっぽど好きなんだろう。

 それにしてもあの油揚げ、きつねっていうのか?

 俺の混乱はよそに、彼女は魔法瓶に入ったお湯を『赤いきつね』に注ぐ。

 本来の待ち時間は5分だが、少し柔らかい麵が好きなのか、はたまた通ぶりたいのか6分ほど待ち箸で押さえていた蓋を開け、最後までビリビリと破る。

 その瞬間、昆布や鰹節や煮干しの出汁を薄口醤油でまとめた様な、まさに企業努力を感じる香りがフワッと教室中を駆け巡った。

 「うおっ!なんかすっげぇ良い匂い・・・・っておい!」

 そんな匂いを嗅ぎつけた犬・・・・じゃなくて地雷君がこちらに走りこんでくる。

 それはもうファーストに走りこむ高校球児の様な勢いで。

 「椿紅!そ、それは『赤いきつね』じゃないか!俺、その中のきつね好きなんだよなー。鍋とか味噌汁に入ってるのも良いけどやっぱ別格だよなーってすまん、馴れ馴れしいよな。」

 地雷君は興奮が隠しきれず勢いよくまくしたてる。

 無論、彼女は処理しきれずポケーっとしていた。

 「ほんとごめんな。2人の邪魔もしちゃったし。それじゃ!」

 流石の彼も空気を読んだのかその場を去ろうとする。

 だが、彼の思惑は叶わず、どうやら今日の台風の目は彼ではなかったみたいで。

 「ま、待って。よかったらきつねいる?」

 彼女はまだ1度も使っていない箸でアツアツのきつねを掴む。

 「い、いいのか?!」

 彼は不意を突かれ驚きつつもそそくさと自身の弁当の上蓋を皿代わりに持ってくる。

 「じゃあ、いただきます。」

 「う、うん。あっ、やっぱ・・・・」

 口に入ろうとするきつねをまるでせき止めるかのように手を伸ばす。

 「ど、どうした?」

 「いいえ。何でもないの。さぁ一思いに。」

 「じゃあ。」そう言って彼はまた口へ運ぼうとする。

 彼女の目は少し潤み、食べられようとするきつねをまるで旅立つ我が子の様に見つめていた。

 もう流石に見ていられない。

 「申し訳ないんだけどそのきつね返してくれないか?俺の隣の狐がコンコンと泣き出しそうだからさ。」

 「ぷっ。わ、悪い。悪ふざけが過ぎた。」

 口元に持って行ったきつねをカップの中へ返し、ケタケタ笑う。

 「椿紅って面白いな。俺、誤解してたよ。もっと怖いのかと。」

 「何言ってんだ。世界一、宇宙一可愛いに決まってんだろ!」

 僕の顔は赤く、そして隣で聞いていた彼女も赤くなる。

 赤くなる彼女の顔はまさに『赤いきつね』だった。

 「今から2人で飯を食うんだ。部外者のお前はさっさと散れ!」

 「いいや!今日はここで食う。なんてったって俺は地雷だからな!」

 ちっ。まぁいいか。たまにはこういうのも。

 僕は渋々納得し、彼はドカッと座る。

 事態は落ち着き、さぁ飯だ飯となったその時、俺の耳元に両手が添えられる。

 「これからもよろしく。」

 

 

 


 

 

 

 


 


 

 

 

 



 


 


 

 

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