第49話 褒賞
レオンは宮殿の大広間へと来ていた。
この大広間は謁見の間に入る者が待機する場所で、野球場の倍はあろう広大な空間だった。
──今日は多いな。
以前レオンが訪れた際は警備兵しかいないこの大広間だったが、今日は違った。
詰襟の軍服の者たちがレオンの周囲を埋め尽くしている。
彼らはレオンと同じ士官学校の生徒たちで、先のノトス宙道で戦功を上げた者たちであった。例えば、以前レオンに訓練という名の接待を強要した、シークリッド公の子息アルギノスもそうだ。
後方勤務が生徒たちの仕事だったが、今回は後方も過酷な戦場となった。ゆえに、力ある者は否が応でもその技量を発揮することになったのだ。
一方で、士官学校の生徒の中には敵である大異形軍への利敵行為を行う者も見られた。とはいえ貴族の子が大異形軍に味方したと市民に知れれば帝国貴族の沽券に関わる。当然のごとく緘口令が敷かれた。
今回こうして士官学校の生徒たちを集めて褒賞を与えるのも、そうした不祥事を揉み消す目的もある。レオンはそう察した。
──しかし、皆やっぱり。
本来なら静粛にしなければいけない場所であるが、生徒たちの話し声が響くのにレオンは気が付く。
「さすがエレナ殿下だ……撃墜数もさることながら、空母を沈めるとは」
「共に戦われたフェリア殿もたいしたご活躍と聞いたぞ」
生徒たちの視線は列の先頭に立つ、長い銀髪をツインテールにした少女と艶やかなブロンドの髪の少女に向けられていた。銀髪の子は皇女エレナ。ブロンドの髪の子はフェリアだ。
自分の上司のような存在であるエレナと、幼馴染であり最近までずっと自分が従者として仕えていた王女フェリア……レオンにとってはどちらもかけがえのない二人だ。
レオンも先の戦役では活躍したが、誰も名を挙げることはない。エレナの配下として頑張ったに過ぎない、というのが彼らの認識だった。
やがて謁見の間に繋がる巨大な扉がぎぎっという音をたてて開いた。
「生徒諸君、皇帝陛下がお呼びである!」
その声に、レオンを始め生徒一同が隊列を組みながら、謁見の間に行進していく。
謁見の間に立つ貴族には生徒の親もいるのか、歓声や拍手を以て生徒たちは迎えられた。
やがて先頭のエレナが玉座の前で歩みを止めると、レオンと生徒たちは停止し姿勢を正した。
玉座に座す皇帝の手には相変わらず酒杯が握られていた。視線は明後日のほうに向けられている。
そしてその近くには、帝国宰相であるレブリア公爵の姿があった。
先の戦いで自軍と帝国軍に大損害を与えたレブリア公。異様なほどの笑顔で、生徒たちに大声をかける。
「栄えある帝都士官学校の諸君!! よくぞ凱旋した!! 先の戦いの”勝利”は、諸君の活躍がなければ得られなかった!!」
強調するように一際大きく発せられた勝利という言葉を、レオンは冷淡な顔で聞いていた。
たしかに帝国は大異形軍との大会戦を制した。多大な犠牲を払って。
しかしノトス宙道の要塞のほとんどは落とせず、かの宙域の制宙権は依然として大異形の手にある。戦略的には敗北といって差し支えない。また戦術的にも、レブリア公が功を焦ったあまり自領の兵を突出させたことは、誰の目にも失敗に映った。
それでもレブリア公はそれを認めるわけにはいかない。認めれば、かつて自分が敗戦の責任を追及して失脚させたヒュルカニア公のように、領地を皇帝に返上することとなる。やがて他の貴族から宰相の座も追われてしまうだろう。
だからこそ、レブリア公はここまで大げさに士官学校の生徒たちを称え、勝利を演出しているのだ。
貴族たちも伝統的に帝国の敗北を嫌う者たちだ。戦術でも戦略でも失態を犯したレブリア公を激しく糾弾しようという者はそこまで多くない。
だが、多くの兵力と兵器を喪失したレブリア公を、以前のように絶対的な権力者として見る者はもういない。
それはレブリア公の必死な態度からも明らかだった。まず、レブリア公は対立するはずの彼女の名を呼んだ。
「特にエレナ殿下!! エレナ殿下は我が軍後方に現れた空母を沈められた!! 隣のヴェルシア伯の御息女フェリア殿もそうだ!!」
フェリアはともかくエレナを褒めるのは、レブリア公にとっては不快なはずだ。それでも実質的に帝国軍の危機を救ったエレナを褒めなければあの戦いが勝利であると強調できない。
すっと頭を下げるフェリアの隣で、エレナは冷めた口調で言葉を発した。
「どうも。それよりも、ノトス宙道は取り戻せていないわけだけど、どうするの?」
もっとも触れられたくない事柄を口にされ、レブリア公は苦笑いする。
「そ、それは……敵の主戦力はすでに壊滅状態! あとは精強なる我が帝国の軍団が落とすでしょう!」
今回の戦いでは貴族の軍勢だけでなく、ノトス宙道方面を防衛する第四軍団と、第十一軍団も加わった。
その二個軍団は戦力の五分の一以上を喪失している。大異形軍の戦力が大きく削がれたのは事実だが、帝国の損害はそれを上回るといっても過言ではない。
しかも軍団の構成員は、ほとんが魔力の豊富な貴族ではなく庶民たちだ。装備も貴族たちほど質が良くない。
だから、とてもノトス宙道は奪還できない。しばらくノトス宙道では大異形軍と睨み合いの状況になるだろう、というのがレオンを始め多くの者の予想だ。
──それも甘い見方かもしれない。軍団の将兵たちはレブリア公や帝国貴族の失態に呆れ果てている可能性もある。
色々と帝国が不安定になることは確実だろう……レオンの頭にそんな不安がよぎった。
一方のエレナはふうと呆れるように溜息を吐いたが、それ以上はレブリア公を責めなかった。
「と、ともかく! 類稀なる活躍をした生徒諸君に、陛下は褒賞を与えられる! エレナ殿下とフェリア殿にはどうぞ望みの物をと!」
「なら、私は領地をいただくわ」
「畏れながら、陛下。私も領地を所望いたします」
エレナもフェリアもそう即答した。
エレナは自分の派閥の拡大のため、フェリアもまたヴェルシアを守るために力をつけたい。
レブリア公も織り込み済みだったのか、うんうんと頷く。
「残念ながら、こたびの戦いで領主を失った星がいくらかあります。あとで候補地の一覧をお送りいたします。どうぞお好きな地を……好きなだけ」
本来であれば星の一つもエレナには得させたくないはずのレブリア公。しかし、今は認めるしかない。
次にレブリア公は、後ろに控える生徒たちに目を向ける。
「さて、戦功第三位は……レオン・フォン・リュゼルマーク」
生徒たちはレオンに視線を向け、ひそひそと声を発した。学校でもレブリア公の息子アレンと決闘をするなどいくらか目立つことがあったが、今回でそれが更にひどくなったかたちだ。
レブリア公はこう続ける。
「君は敵空母の襲来をいち早く察知しそれを全軍へ伝えた。多くの大異形軍の鎧と艦が迫る中奮戦し、後方における戦列を維持した……」
エレナを褒めたたえたとき以上に、レブリア公の機嫌は良くない。自分の息子であるアレンと、このレオンにちょっとした因縁があることを知っている。
アレンは決闘での一件以来すっかりやる気を喪失し、今回の戦役にも参加できなかった。尚更複雑な思いだろう。
「貴公の望みを聞こう……必ずしも叶えられるかは分からんがな」
つまりはなんでもいい。領地、という選択肢もあるわけだ。
必ずしも叶えられるか分からないとレブリア公は言ったが、エレナは領地を授かるかもとレオンに告げた。レオンも領地を所望すれば得られるはずだ。
しかし、レオンは領地以上に求めているものがあった。
レオンはそんな望みを口にする。
「畏れながら、私の故郷、ヴェルシアに高度な自治権を与えていただきたい。法のいくつかを、以前のヴェルシアのものに戻したいのです」
認められないかもしれないと考えたレオンだが、むしろレブリア公はそんなことかと安心するかのように胸をなでおろした。
「自治権か。貢納金と軍事に関しては帝国法に従ってもらうが、その他の法は独自に制定してもよろしい」
豊かな星ならまだしも、ヴェルシアは帝国領内では辺境の惑星だ。人口も資源も魅力に乏しく、税も少ない。新たに領地を与えるよりもはるかに安く済む。レブリア公はそう考え許可したに違いない。
だがレブリア公にとっては些細なことでも、レオンにとっては領地を得るよりも価値のある権利だった。
ヴェルシアは帝国の傘下に収まることで、魔物を奴隷としなければいけなくなった。自治ができれば、それを解消することができる。
元のヴェルシアを取り戻す……それはフェリアをヴェルシアに戻すのと同じぐらい、レオンにとって重要なことだった。フェリアもまたそれを望んでいた。
レオンの目には背を向けるフェリアしか見えないが、きっと喜んでくれているはず。
しかしここでレオンの頭に一つの疑問が浮かんだ。
──フェリアは何故自治権を求めなかったのだろうか?
無理だと考えたからか、そもそも考えつかなかったか。
または、ヴェルシアの今の力では、自治権などあとから取り上げられる可能性があると、実力をつけることを優先したか。
……俺が自治権を要求すると予想していたのもあるかも。
いずれにせよフェリアとレオンが得た物は、それぞれヴェルシアのためになることは間違いなかった。
その後も生徒たちには褒章が与えられた。
レオンが心配していた、皇帝がレオンに声をかけるという事態は起こらなかった。
レオン自身はそれにホッとしていたが、謁見の間を後にした皇女エレナの顔はどこか寂しそうなのに気が付く。
また、父である皇帝の声が聞きたかったのかもな……
皇帝バーゼーが即位する前。バーゼーは鎧の操縦術に長け、また品行方正であることから庶民からも将来を期待される秀才であった。
しかし皇帝になり、レブリア公の魔の手にかかり……一言も言葉を発しない、廃人のようになってしまった。
エレナはそんな父の本当の姿を取り戻したいのだ。
以前、皇帝が久方ぶりに口を開いた相手が、謁見に訪れたレオンだった。
だからエレナは、今回もレオンの名を聞けば何か言葉を発すると思ったのだが……
エレナはレオンの視線に気が付くと、いつもの明るい表情を見せる。そして宮殿を去る生徒の間を掻い潜ってやってきた。
「いやあ、どんな願いを口にするかと思ったら……領地でもなんでも、もっと要求すればよかったのに。例えば、エレナ様と結婚させてください! とか!」
「騎士の家の子である俺が皇女エレナ様と……そんなことを言ったら最後、ヴェルシアの自治権は取り上げられ、俺はギロチンにかけられるでしょうね……」
「相変わらず真面目回答ね~。ちょっと期待してたのに。このフェリア一筋馬鹿は」
いつもの調子で、ぷくっと頬を膨らませるエレナ。
皇帝のことはやはり悲しいはずだ。それでもいつものように振る舞うエレナに、レオンは感心する。
「まあ、当のフェリアちゃんはいつものようにこっちも見ずに行っちゃったけど」
エレナの言うように、フェリアは謁見の前を出るなりすぐさま宮廷の外へ向かった。レオンと言葉を交わすどころか、目を合わせることすらせずに。
しかし、レオンにはフェリアの本心が分かっている。ヴェルシアに恒久的な平和をもたらすためには、もっと力が必要だ。
「フェリア様にはフェリア様の考えがおありなのです。俺はできる限り、フェリア様をお支えするだけです……あ、もちろんエレナ様も」
「……堂々と私をおまけ扱いにするのやめてくんない? 地味に傷つくんだけど……ともかく、これからも私に力を貸してもらうわよ、レオン」
エレナの呼びかけにレオンは首を縦に振る。
「はい。しばらく大きな戦いも起きない……そもそも士官学校の生徒は今後戦場での後方勤務に要請されなくなる」
「ええ。つまりは、我らがぼうけ……」
冒険部と言いかけたエレナに、レオンはしっと指を立てる。
冒険部の活動は秘密だ。表向きは瞑想部などという、ただひたすら教室で迷走するだけの部活にレオンとエレナは所属していることになっている。
すでに多くの生徒が宮廷の外に向かっているとはいえ、この大広間は声がよく響く。誰が聞いているとも限らないのだ。
エレナはこほんと咳払いした。
「め、瞑想部の活動に精を出せるってこと! アーネアも元気になったし、瞑想部再開よ!」
またあの地味なデブリ漁りの日々がやってくる……
レオンにとっては日常が戻ってきたようで嬉しい。エレナの元気な顔を見るのもだ。
それに、エレナの探し物……父であるバーゼーの帝国を変えるという願いを叶えるために必要な物。それが見つかれば、エレナは帝国をよりよい方向に導けるはず。
もちろん、最近の士官学校の生徒と一部の貴族の異常行動──恐らくは大異形軍の工作活動について調査もしなければいけない。
……まあ彼らも帝都での戦力を失っているのは確実だから、しばらくは迂闊に手を出してこないだろうが。
ともかくレオンはこれからしばらく、エレナにつきっきりになる。
レオンはエレナにこくりと頷いた。
「頑張りましょう、エレナ様」
「ええ。全てが終わったら、私からレオンにご褒美をあげる」
「ご褒美?」
「私と結婚できる権利」
ニヤニヤとレオンの顔を覗き込むエレナ。子供っぽい口調のエレナだが、その体は大人になりかけだ。レオンを魅了するのに十分な魅力をエレナは持ち合わせている。
レオンは自分を落ち着かせるように息を吐いた。
「も、もう……あまりそんなこと言うと本気にしちゃいますよ? そもそも帝国の法律では」
「法律なんて、私が皇帝になったらいくらでも変えられるわ。誰もが身分関係なく結婚できるよう、私が変える」
「なるほど……全てが終わればというのは、エレナ様が皇帝になられたときということですね」
「そっ。だからそれまで頑張って。私をレオンのものにするために!」
「……あとでやっぱり嫌って言っても許しませんよ」
「あんたこそ、今の言葉忘れないでよ?」
レオンはもちろんと即答する。もちろん、冗談のつもりで。
こうしてレオンの学生生活が再開するのだった。
魔力チートもらって異世界で平和に暮らしてたら、宇宙戦争に巻き込まれた件 苗原 一 @ShikiShibu
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