俺なしでうまくいくとおもったのか? 〜ループした世界で腹黒令嬢と婚約破棄して悪役令嬢と幸せになる話〜

すかいふぁーむ

第1話

「ガイレン様! 私は……私は……」

「うむ……もう心配するな。怖かっただろう」


 なんだこれは。

 何なんだこの茶番は!?


 目の前にいるのは第一皇子ガイレン。

 腹違いの俺の兄と──


「なぜ! 何故裏切ったリア!!!」


 俺の婚約者である、シルリアだった。


 ◇


 ハイヴェルン=ジーク=ディ=リディア。

 リディア皇国第三皇子。

 それが俺だ。


「くそ……なんで俺があんな小娘と結婚に……いやこれはガイレンとグルドの勢力が原因か……」


 皇位継承戦。

 第三皇子ではあるが、俺はまだ可能性があった。

 いや、俺が皇位を継ぐことが、この国にとって最も良い選択であると自信を持って言えるだけの理由があった。


「兄たちが……バカすぎる……」


 第一皇子。現皇太子、ガイレン=ヴィル=ディ=リディア。

 見た目からして筋肉を固めてつくったような脳筋。

 この男に皇位を継がせれば帝国は四方八方との戦争に明け暮れる日々を送ることになる。


 そして第二皇子、グルド=ヴィル=ディ=リディア。

 第一皇子と第二皇子は同じ母親から生まれた子だ。

 兄ガイレンに筋肉と自信をすべて吸い取られたかのようなひょろひょろした男でありながら、ガイレンに備わらなかった中途半端な知恵と悪意がすべてこの男には備わっていた。


 表向きはガイレンの皇位継承を後押ししておきながら、ギリギリのところで裏切る気が透けて見える。

 こんなもの透けて見えた時点で終わりなのだ。普通は。

 ただガイレンがあほすぎて、その周囲も戦争好きの軍関係に強い勢力で固めているせいで止めない。

 むしろいざとなれば武力でなんとでもなると思っているのがガイレン派の認識だった。


「こんな馬鹿に国を任せたら……滅ぶぞ」


 そうなれば当然、皇位継承が出来なかったとしても俺にまで被害は及ぶ。

 だったら俺がやったほうがいいと、そう決意したわけだ。


「セバス」

「はっ! ここに」

「今回の婚約発表で離れた勢力とついた勢力を整理したい」


 平民の出の小娘。

 普通ならまず、皇位継承権を持つような人間と婚約などできるはずはない。

 ガイレンとグルドが強引に、そして俺に知られぬままに父である皇帝の許可をとってきた。


 こんな芸当あの二人にはできない。

 となれば考えられるのは、あの稀代の大商人、ナニアの交渉術が遺憾なく発揮されたと想像がつく。


「くそ……流石に平民にまで気を回す余裕はなかったぞ……」

「私がおりながら申し訳ありませぬ……」


 セバスは優秀な執事だ。

 情報収集のプロでもある。

 そのセバスがつかめなかったということは、ナニアという男がどれだけ才覚を持った人物であるかをそのまま示していた。


「新たに与した勢力はナニアの息がかかっている。すべてガイレン……いやグルドの勢力だと思っておいていい」

「そうですな……」


 あとは……。


「願わくば……せめて娘にその才覚が引き継がれていることを祈る……」


 ◇


「リア。いいか? 貴族というのは……」


「ここがこの国の防衛ライン、そして仮想敵国の共和国は……」


「リンド侯爵は代々財務を司る大臣、絶対に外せないぞ」


「リア! 勢力図が逆転したぞ!」


 結論から言えば、シルリアは優秀な女だった。

 俺はシルリアがナニアの影響を受けた存在であることを十分に理解した上で、皇国の未来を描くために必要な知識をすべて与えた。

 そしてリアはその知識をすべて、きっちりと吸収していた。


「おめでとうございます。旦那様」

「これでグルドは落ちた。あとはガイレンを脱落させれば俺たちの勝ちだ」

「はい。私はいまからその時が楽しみでなりません」


 リアはもう理解したはずだ。

 父ナニアがついた勢力、ガイレンやグルドよりも俺と組んだほうが、いや、俺と組まねばうまくいかぬことを。

 送り込まれた刺客といえるカードをこの手に収めた。そう確信していた。


 そして、決定的な事件が起きた。


 ◇


「本当かセバス!?」

「はい……ガイレン殿下がたったいま、マルデラ公爵令嬢、リリベル様に婚約破棄を言い渡しました」

「すぐにマルデラ公爵以下勢力に」

「すでに整っております」

「でかした!」


 これでガイレンは落ちた。

 マルデラ公爵の影響力は大きい。

 確かに令嬢リリベルは一部で悪役令嬢などと噂されるじゃじゃ馬だったようだが、婚約破棄でメンツを傷つけられた公爵家とその実質的な臣下たちは黙っていない。

 一気に勢力図が塗り替わる。


「リア! やったぞ! リア……?」


 ◇


「ガイレン様! 私は……私は……」

「うむ……もう心配するな。怖かっただろう」


 なぜ……。


「なぜ! 何故裏切ったリア!!!」


 皇帝の生誕祭。

 国を上げての式典。名だたる貴族たちだけでなく、外国からの要人も招き入れたこの場で、シルリアは俺を裏切った。


「ふん。おとなしくしておけば放っておいてやったものを……馬鹿だな」


 耳元でガイレンがそう告げる。


「シルリアは始めからこちらの手札だ。そんなこともわからなかったのか? お前は」


 違う。それがわかった上で、俺は……。


「無能な皇子は、強い帝国にはいらないのだよ」


 ガイレン。この男……。


「さて、私はこの才ある不遇の少女とともに! この国の栄光と発展に尽力するぞ!」


 最後に見たシルリアの表情は、見たこともないほど醜く歪んでいた。


 ああそうか……。

 お前は、最初から……。


 ◇


 あれ?


「ここは……」


 俺はあのあと、捏造された罪をなすりつけられた後、処刑された。

 その時隣に、悪役令嬢と呼ばれたリリベルがいたことは覚えているが……。


「見えますか?」

「一体何が……」


 光に包まれた不思議な世界に、リリベルがいた。


「これが私達が処刑されたあとの帝国の姿です」

「これは……予想以上にひどいな……」


 どんな原理かわからないが、俺の頭には帝国の未来が見えていた。


 元々病に臥せっていた皇帝を殺し、新たに玉座についたガイレンは即座に小競り合いが続いていた小国に三方面作戦を展開した。

 小国相手の戦だ。連戦連勝でガイレンはすっかり調子に乗ったところで、国の東西の強国に挟み撃ちを受ける。

 勝利寸前の小国に執着したガイレンは引き際を間違え、全方位との泥沼の戦争へと向かっていく。

 戦争のために納税と徴兵を繰り返し国が疲弊していく。

 国民だけでなく貴族の反発も受け内乱も勃発。もはや収拾のつかない滅亡への一途をたどっていた。


「この状況。誰に利があると思いますか?」


 リリベルが思考を遮るように声をかけてくる。


「周辺諸国にとってはいいかもしれないが、それでも疲弊するからな……一方的に利益を取るのは……まさか……」

「はい。ナニアは武器商人として共和国とのパイプを武器にさらに成り上がりました」

「じゃあシルリアも……」

「いえ、彼女はなぜか国に残り、絶望の中で死にます」

「なぜ……」

「今回、貴方が彼女に知恵を与えたから」

「え?」


 ここで俺は初めてリリベルを見た。

 金髪のふわふわした長い髪。これがキレイに整っているだけで貴族の金銭と時間のゆとりを感じさせると言われている。


 俺はここまできれいな髪を、見たことがなかった。

 そしてその髪に見劣りしない、気品ある美しい顔立ちの少女。


 悪役令嬢なんてとんでもない。

 純粋で、真っ直ぐな目をしていた。


「彼女は貴方の知恵を使えば、ガイレンを使って帝国でなり上がれると思ったのでしょうね」

「それは……」

「ええ。馬鹿としかいいようがないわ」


 不敵に笑うリリベル。


「ねえ、ハイン様」


 雰囲気が変わったリリベルに息を呑んでいると、言葉が紡がれた。


「私と一緒に、こんなクソみたいな未来を変えませんこと?」

「おいおい……令嬢が言っていい言葉じゃ……待て」

「ええ。待ちましょう」

「いま、未来を変えると……」


 やり直せるのなら、こんな未来、俺は望まない。

 そのために皇帝を目指したのだから。


「ええ。私たちなら、やれる」

「本当に……」

「ええ」


 決意を固めたような表情。

 まさか彼女は……。


「何回目だ?」

「さあ? 数えていませんわ」


 こんなことを……何度も繰り返してきたというのか。

 この失意と、絶望と、憎悪を……。


「でも次は……」

「ああ、俺がいる」

「次こそは……だから、次の世界では」


 リリベルがふっと悲しげな表情を浮かべたあと、俺をとんと突き落とすように押した。

 たったそれだけだというのに、俺はもうその場にはいられなくなっていた。


「ハイン様、私を、信じてください」


 最後に耳に届いたリリベル。

 その言葉だけは覚えておこう。

 その思いを胸に、俺は静かに落ちていった。


 ◇


「目覚めたかしら」

「ここは……」

「はじめまして。私はリリベル。マルデラ家の……」

「よく知っている」

「え?」


 思い出した。

 確かに俺はこのとき一度、リリベルと話をしていた。

 15の時の舞踏会。まだ皇位継承戦が本格化する前に……。


「よく、知ってるよ。君の何分の一かくらいはね」


 ポロポロと、悪・役・令・嬢・の頬に涙が伝う。


「本当、に……?」

「ああ。今度は君を信じるよ」


 そしてあの悲劇を食い止める。

 俺たちなしでは滅亡しかない帝国だ。

 俺も何度もそれを見てきたんだ。


 俺たちが力を合わせれば、今回は……。


「貴方を、何度も、何度も待って……いました……」

「俺なしでうまくいくと思ったのか?」

「思わないから! 私は何度も!」


 ここが、シルリアとの差になる。

 あいつは俺をいらないと切り捨てた。

 この子は、俺を信じてくれる。


「救うぞ。お前も、帝国も」

「はい!」


 ループする世界で、汚名を顧みず悪役令嬢と呼ばれたリリベル。

 今回は俺が、幸せにする。

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