ジャック オランウータン

Jack Torrance

血に飢えたジャック

僕の名前はジャック。


だけど、僕だけがジャックじゃない。


僕のブラザーやシスター。


みんなジャック。


ジャック、ジャック、ジャック…


お宅は何処のジャックと聞かれても返答に困る。


僕はいっその事、僕だけがジャック ソイウッドって名でこの世に生息したかった。


隣家のマダムが爽やかな笑顔で言う。


「お宅はジャックと豆の木のジャックね。だからソイウッドって名前なんでしょ?」


「いいえ、あのジャックは家畜を屠(ほふ)り肉を喰らい臭いうんこをします。僕は豆の木の木しか喰らいません。豆は苦手なんです。じゃあ、何故ウッドじゃなくてソイウッドなのかと聞かれても豆の木の木しか喰らわないからソイウッドなんです。因みに僕のうんこはウッドチップです。火を熾す時なんかに使っていただけます」


そんな会話を隣家のマダムと楽しみたかった。


僕の一族は血塗られた一族。


そして、血に飢えた一族でもある。


本来は故人の頭蓋に蝋燭を灯した物をジャック オー ランタンの起源とするが頭蓋に見立てて白いかぶをくり抜き、その後移民したアイルランド人がかぼちゃで代用し今のジャック オー ランタンへと風変りしていった。


そのかぼちゃ頭をおもしろいと思ったマレー半島とアメリカを往来する行商人ギル マレーによってマレー半島に僕が持ち込まれたのが今から80年前。


持ち込んだのはギル マレーで『ゴーストバスターズ』のビル マーレーと間違える人が多いのでここは要注意だ。

そもそも80年前にはビル マーレーは生まれていやしない。


そこで、僕はオランウーターンを目にした。


美味そうなあの頭部。

中にはジューシーな脳髄がたんまり詰め込まれているんだろうな。


僕の心の声が語り掛けるんだ。


食っちまえ、あのエテ公の頭を。


食っちまえ、食っちまえ、食っちまえ…


僕はがぶりとエテ公の頭にかぶり付いた。


骨を噛み砕き脳髄を堪能した。


血が迸りジューシーな脳味噌が溢れて来る。


ハンバーグを噛んだ時に口角に伝う肉汁のように。


ピラニアのように鋭く尖ったギザギザの歯で貪るように食いまくった。


すると、首なしオランウータンの躯の山が積み重なった。


僕は首から上だけ。


あのエテ公どもの躯は首なし。


面白半分でオランウータンの頭部が存在してた場所に乗っかってみた。


すると、躯が思うように動いた。


何だ、この不思議な感覚。


そうだ、僕の空っぽだったかぼちゃ頭にはエテ公の脳味噌が詰まっているんだ。


僕はその自由に動く躯に乗っかって農家に忍び込み包丁とスプーンをかっさらい、かぼちゃを収獲しジャック オー ランタンを大量生産した。


そして、僕の血に飢えた一族ジャック オランウータンが誕生したって訳さ。


今じゃ僕らの方がオランウータンよりも多く生息しているかも知れない。


僕は一族の繁栄を祝い一心不乱にオランウータン絶滅大作戦を敢行していた。


人間とオランウータン、そして僕達との鬩ぎ合いは続いた。


その鬩ぎ合いの最中で(さなか)で僕は不覚にも去年、密猟者にハンティングされてしまった。


銃で撃たれたならまだしもオランウータンの躯で猪狩りの罠に嵌ってしまうとは。


やはり、僕の脳味噌は猿並みということを如実に露見してしまった大失態であった。

「此奴は高値で売れるぜ」


頬の黶から長い毛が生えている密猟者が鹿肉を喰らいながらほくそ笑んでいた。


僕は檻に入れられ祖国の地を79年ぶりに踏んだ。


79年前は足は無かったけど。


大きな幕で覆われたサーカスの見世物小屋。


ここが今の僕の寝床。


マレー半島でハンティングされる前に喰らった最期のオランウータンの肉塊が歯と歯の間に挟まって悪臭を放っている。


僕は見世物小屋の中で同じように檻の中に囚われている猿やチンパンジーを見て美味そうだなあと涎を垂らす。


『マッドマックス2』に登場するヒューマンガスみたいな筋肉バカな親父にみっちり1年調教された。


そして、僕のデビューの日。


見世物が始まり檻に入れられた僕がお披露目される。


レディース アンド ジェントルメ~ン!!!「さあ、皆さん。今日はマレー半島から捕獲された貴重な生き物のお出ましだ。現代のケンタウロスのお披露目でありま~す。頭はジャック オー ランタン。首から下はオランウータン。その名もジャック オランウータンです。とくとご覧あれ」


檻に掛けられた布を捲って、いけ好かないサーカスの親父が仰々しく僕を公衆の面前にさらした。


「ウォー、何じゃこれは!」


歓声を上げる客達。


その時、僕は新しい躯になる物を沢山目にした。


フルモデルチェンジ!!!


メルセデスがベンツと冠してランボルギーニのパクりを発表したようなセンセーション。


あの無邪気な笑顔。


穢れを知らない純粋な瞳。


どの子も皆一様にパパやママと楽しそうにしている。


地上に舞い降りた天使だ!!!!!


食いたい。

どうしても食いたい。


無性に食いたい。


食いたい、食いたい、食いたい。


レストランのショーケースに並んでいるパフェの食品サンプルを見てぐずり出した子供のように僕は地団駄を踏んだ。


僕の心の声が僕のオランウータンの脳味噌に語り掛けるんだ。


食っちまえ。


食っちまえ。


何奴も此奴も絶対に美味えぞ。


そりゃあ、おめえ、蕩けるような美味さだ。


おめえもエテ公からの脱却だ。


これで、おめえも晴れて人様だ。


食っちまえ、食っちまえ、食っちまえ…


まずはこの檻からの脱走だ。


手始めに可愛い女の子を5人ばかし喰らってやろう。


もうじき僕はジャック チャイルドと呼ばれるようになる。


リー チャイルドのジャック リーチャーシリーズに登場してきそうな名前じゃないか。


あの頭は絶対に美味しい筈だ。


オランウータンの頭でもあれだけ美味しかったんだから…

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ジャック オランウータン Jack Torrance @John-D

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