【痰カス】無職の俺が、美女しかいない職場で一週間仕事をしてきた話

夏目くちびる

第1話

 そういう小説、最近多いでしょ?だから、偶然そんな体験をした俺の話をしたい。


 結論から言えば、心の底から苦しかった。二度と同じような場所で働きたくない。出来る事なら、忘れてしまいたいね。


 俺は、元々女嫌いだ。もっと言えば、人嫌いだ。


 俺の人生には女を嫌いになる為のエピソードが一般人の三倍くらいはあるだろうが、それでも男に裏切られた経験だって少なくはないからそこは対等なワケで。しかし、生理的に受け付けないだなんて、そんな根本から切り捨てる理由でもなくて。一番に思うのは、女は『扱いに困るから』って事だ。


 分からないモノを分かるまで調べようとする俺にとって、調べようが無くて、調べても正解のない不安定な存在は深く関わる程に悩みの種になる。それが、たまらなく嫌なのだ。


 実際には俺の取り越し苦労というか、気にしすぎというか。人間、そんなに他人に興味はねぇよって話で。もちろん、女だってそういうふうに考えているんだろうし、そもそも知ろうとすること自体が傲慢で醜いんだけど。だから、知らなくたって別に良くね?っていう君の感想はもっともだと思う。


 でも、そういうふうに考えてしまうんだよ。仕方ないだろ。


 とは言え、俺はどこの誰であろうと個人を尊敬も尊重もしているし、母親や祖母、それに友達の一人は女だけど好きだ。だから、正確に言えば『女の社会』が嫌いって事になるんだと思う。二人で話せばどれだけ魅力的でも、社会に所属した途端に意味不明な行動を取り始める。その変貌ぶりに、恐怖していると言っても過言ではないのかもしれない。


 迂闊な一言が、翌日にはその社会の全員が知っていて、それが思わぬ形で俺を襲うだなんて。男子校と孤独な大学生活、社会に出ても誰も俺を知らない場所で一人暮らしを送って来た俺には、そんなよく聞く話はにわかに信じられなかったが、事実だった。


 本当に驚いたよ。


 まぁ、前の話はこれくらいにして。ここからはこの一週間の話を(正確には日、木曜を抜いた5日間)。


 前の会社を辞めて、俺は無職になった。しかし、貯金も無いのに住民税の支払期限が迫る今、どうにかして金を手に入れる必要があった。だから、次の仕事が始まるまでの間、派遣会社に登録してアルバイトを始める事にした。


 俺は、求人のメールに記載されていた『倉庫内の軽作業』を選んだ。求人していた仕事の中で一番給料が高くて、場所も駅からあまり遠くなかったからだ。荷物を持ち運びするのは疲れるだろうが、少し歳を取ったとはいえ体力にはそこそこ自信がある。だから、何も難しい事は無いハズだった。


「……んあ?」


 俺の登録した仕事は、宅配サービスの手伝いだったハズだ。しかし、実際に現場についてみると、そこは見慣れない看板を会掲げる会社の姿があった。


「申し訳ございません。夏目さんの登録を間違えてしまったみたいで」


 問い合わせに答えたのは、新人の男の子だった。新卒だろうか、彼が俺の登録をしたらしい。大手と違ってアナログな管理をしている派遣会社だから、こういう事は時々起きてしまうのだろう。


 初見の人向けに言うと、夏目ってのは俺のこと。夏目くちびる、本名だよ。


 しかし、仕事内容の確認メールや会社の情報を事前に調べておかなかった俺にも責任はあると思い、仕事はそのまま受けた。先方だって助けがなければ困る。ここは、一肌脱ぐべきだろう。それに、いずれにせよ力仕事のようだし、給料も大して違わなかった。期間は、一週間だ。


 まぁ、稼げればそれでいい。俺は、基本的に手段をあまり重要視していない。


 それに、運が悪いのは昔からだ。こういう目に合う事は、今まで何度でもあった。今更目くじらを立てて文句を言うつもりにもならない。感情的になるのは、感動して泣きたい時だけでいいのだ。


 気合い入れて行こうぜ。


「はじめまして」


 チームリーダーに挨拶をして、俺の仕事を確認した。どうやら、女子向けのアメニティを制作・販売している会社のようだ。それらを箱詰めして、発送する為に3階の作業場から地下一階の倉庫へ階段を使って運ぶ。今はクリスマスの商品を売り出す所謂かきいれ時で、だから重量が女には厳しく男手を必要としているとの事だった。


「わかりました」


 さっそく、作業場(と言ってもオフィスの一室で、雑貨や内装も含めて普通の部屋みたいだった)に向かって、集まっていた社員に挨拶をした。そこで、始めて気が付く。ここには、女しかいないことに。


「よろしくおねがいします」


 驚くことに、みんな美人だった。少なくとも、俺はそう感じた。女との関わりがコンビニの店員くらいの俺の目はあまりにも肥えていないとはいえ、それでもとても魅力のある見た目をした人たちだったと思う。年齢も、そう離れてはいないだろう。


 9人。元請けか、それとも本社からここで業務をするように集められた社員だろうか。商品の開発も含めて彼女たちが行っているなら、それなりにエリートな部署なのだろう。まぁ、ここに来ない限り俺はこういう人たちと一生関わりを持つことはなかったと思う。


 第一印象は、「気まずいなぁ」だった。体がデカく、どちらかと言えば強面の俺は不必要に周囲をビビらせたくないと常々考えているからだ。ネガティブもここまで来ると笑えてしまうが、そういう生き方をしてきたのだから仕方ない。なるべく、目立たないように働こう。


「それでは、いってきますね」


 部屋には、既に廊下まで溢れる程にダンボールが詰まれている。これから、もっと増えると言う。一人で運ぶのは、中々に骨が折れそうだった。

 特に服装の指定はなかったから、私服の白のロンTとジーンズに作業用のゴム手袋をはめて搬出に取り掛かった。まぁ、一週間もあればなんとかなるだろう。


 会社の中は、気温が高かった。女は冷え性が多いと聞くから、その対策なんだと思う。出来れば、もう1℃くらいは下げて欲しかった。


 仕事用に整髪料で前髪を上げていたが、すぐに汗で落ちてくる。だから、フェイルタオルでワンピースのゾロのように頭を結んで汗をせき止め、なるべく疲れないようにせっこらせっこら階段を行き来した。


 昼にはコンビニで買ったスパムおにぎりと鮭おにぎりを食べて、7時間半の間ひたすら作業場と倉庫を行き来した。これから一週間、毎日同じ事をすれば少しは運動不足も解消されるだろうと考えて、ただひたすらに働き続けた。


 鍛えることを辞めてプニプニになった筋肉は、意外にも悲鳴を挙げなかった。どちらかと言えば、エコノミー症候群気味な腰が痛くて、たまに織り交ぜるストレッチが妙に気持ちよかった。

 俺は、きっとこういう単純な仕事が向いているんだろうなぁと、漠然とそんな事を考えて。後は、ほとんど頭の中で新しい小説のためのアイデアを練っていた。他には、何もなかった。


 異変が起きたのは、三日目の昼食の時だ。


「お兄さん、今日もおにぎりですかぁ?」


 どういうワケか、二人の社員がそこにいた。埃っぽくて、彼女たちはあまりこの場所に似合わない。


 許されてはいたものの、派遣の身で社員の人たちと同じ部屋でご飯を食べるのは忍びなかった。そもそも、同世代の女と何を話せばいいのかも分からない。どれくらい分からないのかと言えば、先日も俺の独り身を心配した友達に女を紹介してもらったものの、話がつまらなくて途中で帰ったくらいだ。


 陰キャ過ぎて草生えますよ。


 だから、俺は倉庫内の作業デスクに座っておにぎりを食べていたのだ。因みに、リーダーに許可はとっていた。


「えぇ、まぁ。美味しいですから、これ」


 どうして彼女が今日おにぎりだと知っているのかはよくわからなかったが、実際マジで美味しい。

 栄養は無いけど、ビタミン剤とカルシウム・マグネシウム剤を毎朝飲んでいるから問題ないのだ。よくそれを無意味だという人もいるけど、栄養剤を飲んでから髪の毛が黒くなったから間違いなく意味はあるぞ。


 閑話休題。


 当たり障りのない回答で適当にはぐらかしていると、どうやら午後から彼女たちも搬出の手伝いをするようになったのだと言う。恐らく、箱は一つで7キロ弱くらいはある。一度や二度ならまだしも、何度もやれば男でも辛いハズだ。本当に、大丈夫だろうか。


 ……大丈夫じゃなかった。


 午後が始まってすぐだったと思う。疲れてしまったのか、二人は踊り場で話し始めてしまったのだ。


 勝手に送り場所で通し番号を付けて管理をしていたから、荷物を乗せるカートがズレるとかなり面倒な事になる(後から整理するのもどうせ俺だろうしね)。だから、彼女たちが持っていた荷物を預かろうとすると、何やら手放したくないという事だった。


(サボりたいのかな)


 まぁ、彼女たちの働き方に口出しは出来ないし、そもそも別に文句もない。カートに三つ分くらいの隙間を作ればいいだけだ。ダンボールの形は均一だし、特に困るような事もない。見つかった時の口実づくりの為なら、それも仕方ないだろう。


 そんな調子で仕事をしていると、作業場でリーダーに声をかけられた。荷物を持ち上げた時だった。


「夏目さん、実は荷物に手違いがありまして」

「はい、なんでしょうか」

「今日運んでもらったダンボールのワンブロックに、一つ商品を入れ忘れてしまったみたいなんです。先程、うちの社員が伝えに行ったと思うのですが」

「……」


 笑うしかなかったワケだが、まぁここで「知りませんね」なんて言おうものなら彼女たちが叱られるだろうし、もっと嫌なのはそれを聞かされる事だ。言ってなかったが、作業場所に行くと5回に一回くらいは怒られているような声が聞こえていた。


 昔のトラウマというか、俺は人の怒鳴り声を聞くのが嫌いだし、怒鳴られている人を見るのは大嫌いだ。だから、嘘をついて誤魔化したのも自分の為であって、決して彼女たちに気があるワケではないと断っておきたい。


 それに、間違えたなら俺も協力するべきだ。曲がりなりにも、同じ職場で働いているんだから。


「あの、すいません。ちょっとうっかりしていました。確認しますね」


 何を確認する気なのか今でもわからないが、確かこんな感じの事を言って誤魔化した気がする。他人に甘いのは、自分の為だ。何となく、あの子たちは逃げたかったんだろうしな。


「お願いします」


 まぁ、間違いなく鈍臭いヤツ扱いをされただろう。ただ、言ってはなんだけど派遣にはそういう少し要領の悪いヤツが多いし、自分の事もそう思う。俺の場合、人生の歩き方が実に非効率だ。


 だから、多分見逃された。怒られなくてよかったよ。


 下の彼女たちに「上で検品し直すみたいですよ」と伝えると、「怒られましたか?」なんて聞いてきた。


 いや、お前が言うべきなのは「伝え忘れました、すいません」だろうがよ、と思ったけど。まぁ、プライドが高いんだろうと考えて「いいえ」と伝えた。

 問題は、このカートに乗っかった60個近い荷物を上に運ぶ手間だ。入れ忘れのワンブロックが早く見つかることを願おう。ワンブロックがいくつなのか、それはよくわからんかったけど。


 せめて誰が入れ忘れたのかが分かれば、時間である程度の目星は付けられそうなモノだが。しかし、どうやら犯人は見つかっていないらしい。

 多分、犯人にも自覚はないんだと思う。中身はよくわからないけど、ゴチャゴチャして商品も多いみたいだしな。


 ……20分くらいで、それは見つかった。手前でラッキーだった。


 どうやら、入れ忘れたのはクリスマスツリーの形をしたペイントセットみたいだ。結構可愛らしくて、多分高校生や大学生向けなんだと思った。

 なるほど、開発が若い層なのも頷ける。このシステムは、ちょっと捻れば小説に活かせそうなネタだ。


「これ入れたの誰?」


 リーダーは、作業場で犯人探しを始めた。しかも、結構怖い顔をしていた。


 いや、もう良くね?今更犯人探ししても時間は巻き戻らんし、それならみんなでこれを箱に詰めようよ。その話はあなたたちが酒を飲みに行った時にでも笑いながらこっそり聞き出せばいいだろ。つーか、こんだけ大事になったら言い出せなくね?


 まぁ、そう思っても口出しは出来ないし、なんなら俺は自分の仕事に戻る事も許されなかった。


「夏目さんにも手伝ってもらってるのに、申し訳ないと思わないの?」


 むしろ、こうして仕事に関係ない話で時間を取るあなたの方が俺的には嫌なんですけどって感じで、「いや、別に僕は。見つかってよかったですよ。ハハ」とか言って適当にはにかんでた。頼むから、俺にこの光景を見せないでくれ。キツい。


「言いだすまで中断だからね」


 いやいや、頼むよ。社会人がこんな小学生の学級裁判みたいな事して何になるって言うんだよ。みたいな。意味の分からなさに頭がクラクラしてきて、しかし誰も発言せずに2、3分くらい経った。つーか、もう絶対に言い出せないだろ。


「……はぁ。次から気を付けて」

「はい、すいません」


 謝ったのは、俺だった。誰も口を開かなかったから、またリーダーが気分を損ねると思ったからだ。フルメタル・ジャケットのハートマン軍曹みたいに返事が無くてブチギレたら、俺は気分が悪くて仕事どころではなくなってしまう。


 まぁ、彼女たちは俺よりも若いか、よほどプライドが高いのだろう。仕方ない。俺みたいなヤツがいるんだから、彼女たちみたいなヤツもいる。個人の考え方は、尊重するべきだ。


 その後は、何故か俺がリーダーと協力して梱包と検品を行う事になった。ただ、そろそろ下に運ぶダンボールも終わりが見えていたし、残りの二日は元々ダンボールの組み立てと梱包を手伝う事になっていたようだから、一つくらい手間が増えても大した問題ではない(そういう事は先に言えよな)。これでリーダーの頭に血が上らないなら、俺はそれでいい。


 まぁ、無いだろうけど。結婚したらきっと俺は妻の尻に引かれるんだろうな、なんてことを考えて。そういえば、俺の書く主人公っていつも尻に引かれてんな、なんてことを考えて。気が付けばその日も終わり。次に書く主人公は、もう少し自由なヤツがいいかもしれない。


 その日の夜、三日目ともなると流石に腕やふくらはぎが辛くなっていた。だから、明日からは立ち止まって仕事できるならむしろラッキーだ。  

 サンキューリーダーって感じで、500ミリ缶のハイボールを4本開けてアマプラの灼眼のシャナを見ながら一話の最後くらいで泥みたいに寝た。いつもの平日より、酒は二本多かった。


 ……もしかするとこれを読む若い子もいるかもしられないから、決して勘違いしないで欲しくて言っておくと、俺は別に優しくない。

 利己的で、感情をおおっ広げにするのが誰にも受け入れられず得しないと知っているだけだ。今まで、それで何度も失敗してきた。だから、こんなところにいるのだ。


 この話で言えば、派遣先のレポート次第で後に仕事を紹介してもらえなくなるかも知れないから。ただそれだけ。今の君はそういう事は考えなくていいかもだけど、いずれ分かるよ。


 偏屈で、利己的で。後は誰かに凄く認められたいのが俺。だから、ここで俺を知った人は是非フォローしてくれよな。


 閑話休題だよ。


 翌日。残りの商品の棚卸しをして、ズレが無いことを確認してから作業にかかった。届いたダンボールを組み立てて、そこにどこかから送られてきた商品とここで作った物と納品書を入れて、テープと送り状を貼る。経験を活かして半袖のシャツで仕事をしていたから、汗をかくことにはならなかった。


 会話は、特になかった。俺はただ黙々と仕事をして、ときおりリーダーに仕事のやり方を教わって。気が付けば、何故かファンシーな商品のラッピングにポストカードにサインのスタンプ押し、加えて終わっていないカレンダーや手帳の落丁の確認までやらされていた。


(倉庫内の軽作業とは)


 しかし、考えても始まらないので作業は続行。そのうちに昼休みのチャイムが鳴って、部屋の隅に座っておにぎりを食べながら窓の外を見ていた。


 たまたま黄色いスポーツカーが下の道を通って、高そうだと思いながらスマホでスポーツカーの販売サイトを眺めた。乗ってみたいけど、買う予定は一切ない。


「夏目さんって、おいくつなんですかぁ?」


 突然話しかけられた。抜け出して下に行くのはあまりにも不自然だったから、今日は社員の人たちと同じ部屋でご飯を食べていたのだ。


 振り返ると、3人のグループが三つ。いずれも微妙に席を離して座っていたから、何となくそう思った。俺に話しかけて来たのは、一番近くに座っていたスリーマンセルのリーダーっぽい人だ。洒落た金髪の人だった。


「26歳です」

「ホント?30歳くらいだと思ってた!」

「よく言われます」


 タメ口になったという事は、俺よりもいくつか歳上なのだろう。


「なんで派遣なんてやってるんですか?」


 今度は、隣のショートカットの人が言う。悪気はないんだろうけど、「なんて」のところにそこはかとない見下し感が滲んでいると思った。


「趣味が多いので、まとめて時間が取れる仕事にしようと思いまして。だから、次の職場に就くまでの小遣い稼ぎです」

「へぇ〜」


 特に興味はないようだ。踏み込まれることも無く、そこで話は終わった。まぁ、「小説を書くのが趣味です」なんて言えばキモがられるだろうし、ラッキーだと思った。書いてるのも、グロくて暗いのばっかだしな。

 読者を増やすチャンスだと思えないのは、彼女たちが綺羅びやかだから。似たような匂いがあれば、ペンネームくらいは伝えたかもしれない。


「まぁ、そんな感じです」


 しかし、今度は別のグループの人たちが話しかけてきた。他愛もない質問だったが、俺は凄く居心地が悪かった。何故なら、全員がそれを聞いている気がして、実際に終わったと思えば別のグループから別の角度でまた質問を投げかけられたからだ。


 理由は分からないが、牽制し合っている。そう思った。この人たち、多分それぞれがあまり仲良くない。接客や営業の長い経験から、直感的にそう思った。


 おっかねぇなぁと考えるうちに、次第に俺の中には一つの仮説が生まれていた。それは、女は男が思う以上に自分が所属する社会を重んじる存在なのかもしれない。という事だ。


 もっと分かりやすく言えば、分からないものは排除する傾向にあるという事だ。何かの拍子に秩序が乱されるような要素は、決して見過ごさない。故に、一人だけの男が受け入れられるだなんて、そんな事はありえないのだろう。


 互いに仲が良くないのに、それでもこうしてみんなで監視して、今ある社会を守ってる。仕事も同じくらい仲良しでやれればいいのに。まんがタイムきららを見習えよ、あの世界の職場にはストレスなんて全くないぞ。ニューゲーム読んだか?読んでないなら、帰りにマンガ喫茶に行ってきなさい。


 それとも、俺がどこかのチームに所属して優位性を示されるのが嫌なのだろうか。俺のような弱者を、それもどうせ明日までの命なのに、おまけに人間不信気味で絶対に彼女たちの得になったりはしないのに。


 本当に無意味だ。


 無意味と言えば、作業場中もよくわからないアイデアで商品の配列を変えたり、もっと効率を上げるための方法を手を止めてあれこれ考えていたっけか。俺を巻き込んで。


 そういう事は、ぶっつけ本番の見切り発進で実行するとロクな結果を生まない。元のシンプルなやり方が楽でいいのだと理解して、どうして仕事に没頭しないのだろうか。


 仲間がいると気が抜けてしまうのは分かるが、いくら何でも非合理過ぎる。せめて、俺に聞かないでくれ。「そうですね、いいかもしれないですね」とし笑うしかないんだよ。


 ……いや。ひょっとして、そうやって肯定するから俺に確認するのだろうか。だとすれば、彼女たちを気持ちよくしてしまった俺が悪いのかもしれない。普段は先輩に怒られてばっかなのかもしれない子が認められれば、嬉しいに決まってるもんな。


 そんな事を、今になって思う。


 こういう理屈っぽいところが、俺が女に好かれない理由だって事も、実はよく分かってる。リアルでは表に出さないようにしてるから、指摘しないでくれよな。


 午後の仕事中も、よく分からん質問は続いた。リーダーは事務所に詰めていて、効率の低下を諌める者はいなかった。だから、彼女たちはより面倒になる事を俺に確認して、俺はそれを阿呆のように肯定して。そんな感じで、一日は終わった。


 明日の搬出が憂鬱だ。そんな心残りのある仕事だった。酒の量は500ミリを5本。また、一本増えた。再び最初から見た灼眼のシャナも、最初に封絶が発動する前に寝た。多分、もう見返すことは無い。


 最終日。電車の中でため息ばかり吐いていたが、ここまで来たら最後までやり切るしかない。多分、残りは100個もないくらいだ。とにかく早くダンボールを組んで、梱包をして。週明けに貰える給料の使い道を妄想して頑張るしかない。


 まぁ、全て住民税に消えていくんですけどね。


「夏目さん、これのやり方知ってますかぁ?」

「いえ、分からないです」

「これですね?こうするんですよぉ」

「あぁ、ありがとうございます」


 就業開始直後、俺はいきなりアメニティの装飾のやり方を教えられていた。要するに、今日はここまで手伝えと言うことなんだろう。出来れば、給料を増やしてもらいたいところだ。


 因みに、社員の何人かはやっぱり良くわからん会議を手を止めて行っていた。ただ、俺を哀れに思ったのか、その中の2人は俺の隣と対面で黙々と作業をしていた。思わず、恋に落ちそうだった。


 ちょれぇわ、モテない男は。


 ひたすらにリボンを結んで、一段落したら一日分のダンボールを組み立てて午前中が終わった。昼のご飯は、最後までスパムおにぎりと鮭おにぎり。一度でいいから、置いてある電子レンジを使っていいのか聞いてみるべきだった。スパムおにぎりは、温めると更に美味しいのだ。


 5日目にもなると、流石に話しかける興味も失せたのだろう。特に会話もなく、俺はスマホで先日知ったシティーポップを一曲だけ聞いて、後の時間は窓の外を通る青色の車の数を数えていた。80台くらいは通ったと思う。ぶっちゃけ、適当だ。


「ここからは、やり方を変えようと思います」

(マジかよ)


 また、笑うしかなかった。午後一で、リーダーからそんな提案があった。せっかく他のところに目を向けても綺麗に結べるようになったのに、また変えるのか。この人、俺を長期のパートタイマーか何かと勘違いしてませんかね。


 アイデアを浮かべて、それを実行する力は素晴らしいと俺は思う。クリエイターとして、尊敬に値する。ただ、そういうのってこういう単純作業じゃなくて、もっとアクティビティのある仕事で発揮するべきスキル何じゃないだろうか。


「せっかく覚えたのにね」


 黙々と作業していた隣の前髪パッツンの人が呟いて、対面の茶髪の人とブツブツ文句を言っていた。気持ちはよく分かるし、俺は初めてここで会話の中に入りたいと思った。ひょっとすると、この二人も派遣なのかもしれないな。


 まぁ、それでもやっぱり仕方なく新しいやり方を覚えるワケで、リーダーとその他何人かが作業場から出ていくと、残ったメンバーは不満げに作業を始めた。


「夏目さん。これ、順番どうするんでしたっけ?」

「ポストカードが一番上で、下は組み立て式のツリーだと言ってました。並べ直した方がよさそうですね」


 とうとう、俺が教える立場になった。


「送り状って、どこにありますか?」

「ここにありますよ」

「間違えて納品書のこっち剥がしちゃったんですけど」

「多分、御社で管理する方だし大丈夫だと思います。一応、リーダーに確認してみましょうね」

「お菓子食べますか?」

「後でもらいます」


 結局、そのまま彼女たちはティーブレイク。それから、俺は廊下に積まれている荷物を下の倉庫に運んでいた。


 この職場に必要なのは、気が長くて他人に無関心な男の上司だ。是非、相談に乗ってあげて、それぞれが不満を溜めないようにマネジメントしてあげて欲しい。


 たった一週間だぞ?下っ端の子たちは、一体どれだけ不満がってたんだよって話だ。多分、こういうのって頭がいいとか悪いとかそういう話じゃなくて、男と女の根本的な思考の違いが関係しているんだと思う。


 男がモテるためには女に共感しておけばいいとよく聞くけど、中には答えや方法を教えてもらいたい人もいるんだと俺は思った。いや、知ってたけどさ、改めてそう思ったって感じだ。


 男同士の仕事って、何でもいいからとにかく終わらせようとするモノだ。だから、強引で理不尽でもみんなが協力して、その後の反省会で死ぬほどどうでもいい話を聞かされたりするのだ。


 いや、これも十分終わってると思うけどね?死ねって思うけどね?でも、鉄火場で足を止めて無駄話をするヤツはいない。いても、無視されるよ。そいつがおかしいんだから、当たり前だ。


 対して、女はその場で問題を何とかする傾向にあると思った。このあたりが、非常に社会を重んじていると感じる所以だ。もちろん、一つを知ってすべてを知った気になるだなんて愚かなマネは絶対にしないが、少なくともここではそうだった。


 マジで仕事にならない。おまけに、俺まで巻き込もうとするし。「お菓子食べますか?」って、好きになっちゃうから止めてくれない?つーか、好きかも。前髪パッツンの子。


 冗談はさておき、多分あれは俺一人が働いている状況がサボりにくくて提案したんだと思う。


 デスマーチ みんなでサボれば 怖くない


 いや、怖いよ。終わらなくて詰められるのはもっと上の上司で、そこからビリヤードみたいに連鎖して、いずれリーダーから君たちの元に来るんだよ?みたいな。だったら、ここで仕事終わらせて言い訳作れるようにして、それからサボればよくない?みたいな。


 きっと、一人や二人なら彼女たちはそれに気づくと思う。いや、本当はあの場でも誰かしら気付いているんだと俺は思うんだよ。


 でも、それを言っちゃうと多数決に負けるから。嫌われると、仕事がやりにくくて辛いから。今までと違うことをすれば、足並みが崩れるから。だから、主張出来なくて強い人の意見に流されちゃうんだと思うんだよ。


 偶然かもしれないけど、リーダーともう二人が抜けて、午前中に一番人数が多かったのは黙々と仕事をしていた俺ともう二人のチームだった。


 一番、人数が多かったのだ。


 だから、彼女たちは誰にも会話を振られなかったんじゃないかって。本当にたまたまだったけど、俺が教える立場になって。そいつが仕事してるから、自分が続いてもハブかれるワケじゃないって。そう言うふうに思ったんじゃないかなって。意味の分からない考察を巡らせてしまうワケよ。


 でも、それなら今日までの彼女たちの行動の、全ての辻褄が合うんだよな。悲しいけどさ。


 俺はさ、「だから仕事をしても気まずくない環境を作ろう!」って言ってるんじゃないんだぜ?昔っから、自分のやるべき事をやってるってだけで。困ったりサボってる人がいれば、助ければいいと思ってるだけで。俺だって仕事したくない時もあるし。というか、そもそもタダで金貰えるならやらないけど。貰えないからやってるの。それが、俺の人柄ってだけ。


 治す必要はないし、きっと治らないだろうし。流されるのが楽でいいなら、それでもいいんじゃない?それで今まで運用できてるんだしさ。何も問題はないよ。それは尊重する。


 ただ、冒頭で述べた通り、俺は苦しかった。もう、二度とあぁいう場所では働きたくないよ。


 確かに、最初はモチベもあがったよ。あんなに美人に囲まれて仕事すればさ、そりゃ少しは「頼られてぇなぁ」と思ったりもするさ。


 でもね、これを固定給で、しかも何ヶ月もやられたら絶対にイヤになるよ。そのうち「だからなんなん?」って気が付くだろうし。モテる男はそう思わないかもしれないけど、俺はそう思った。三日目にね。


 だから、これを書いた。実際に美女に囲まれて仕事をしても、俺と同じようなことを考えてる男はそこそこ苦労するって思うな。

 足並み揃えて、美女とお茶したいならいいと思うよ。でも、男だったらいつか必ず自分の仕事に関する話を聞いてもらいたくなると思う。それが受け入れられなかった時のことを考えるだけで、俺は怖くなる。


 リアルって、残酷だよな。だから、女だけの職場に勤めようと思ってる男は気を付けてくれ。なにかに影響されて飛び込んで、後悔とかしないようにね。


 そんな調子で、勤務は終わった。「お疲れさまでした」とペコペコ頭を下げて、俺は逃げるように会社を後にした。家に戻った後にメールを確認すると、「来週も行ってくれないか?」と派遣会社に言われていたが、丁寧に断った。無理です、サーセン。


 俺は、工場内にはフォークリフトが走ってて、ラップのミイラみたいなパレットが山ほど積んであって、トイレの近くはやたらとタバコ臭くて、出稼ぎのアジア人がたくさんいるような。そんな職場で、汗水垂らしながら筋肉痛こしらえる方がよっぽど気が楽でいい。肩肘張って、よく見られるためにカッコつけて。家に帰ってため息付きながらすぐに寝てしまうくらいなら、その方がずっといい。


 これが、『無職の俺が、美女しかいない職場で一週間仕事をしてきた話』だ。


 最後に言っておくけど、彼女たちが悪いとはほんの少しも思ってない。無駄に苦労したな、とは思うけど、それがあの会社の社会なんだよ。むしろ、おかしいのは俺だってことをわかって欲しい。そう思ってる。


 以上、日曜の午前4時30分。時計の秒針の音だけの中、8本目の500ミリハイボールを開けながら。


 こんなん書いてる暇があるなら、連載書けって話だよな。ごめんね。

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