【没ネタ】朝起きたら女になっていた男のリアル

夏目くちびる

第1話

「やっぱり、あんまり可愛くねぇなぁ」


 ひとしきり慌てふためいた後、友人を名乗って会社に休みの連絡を入れた俺は、とりあえず全裸で鏡の前に立っていた。


「おっぱいも、あんましデカくねぇし。つーか、下の毛がねぇし」


 支えがないからか、谷間は広く重力に従ってそこにあるって感じだった。だらしない体の子は好きだけど、自分の体だと思うと全く興奮しない。


 そう言えば、嘘になりますけどね。


「うむ」


 因みに、下の毛は何も知らなかった昨日の夜に剃った。そうすれば、掃除機をかけなければならない回数が減るからだ。エコロジーだよ。


「さて」


 ……俺に何が起きたのかと言えば、朝起きて見ると女になっていたというワケだが。


 まぁ、そういう展開はサブカル的には大昔からあったワケで。ここ数年で言えば、一般人にも『君の名は。』を通して大きく広がったワケで。ぶっちゃけ、眠る前に二度や三度くらいは自分がこうなる妄想をした事もあるワケで。平たく言えば、この状況に少し喜んでいたりもしている。


 もう充分驚いたし、いい大人なんだから冷静になるべきだろう。


「とりあえず、カップ数を測ろう」


 この際、あんたたちには俺が何者かという話はどうでもいいと思うが。まぁ、身長は180センチで、中肉の27歳って情報を出しておけば、何となく想像はつくんじゃないだろうか。至って普通の会社員だよ、三流の。


 もちろん、今は随分小さくなっちまったけどな。


「へぇ」


 調べてみると、俺のバストサイズはGカップだった。


 なるほど。グラビアで見るGカップってのは、やっぱり水着ありきの見た目であって。AVで見るGカップってのは、大きく揺れ動く上での見た目だったワケだ。


 そう言えば、昔にどこかで男の身長の魅力は女のバストサイズに相当すると聞いたことがある。


「つまり、身長180センチはGカップに相当する魅力と解釈していいのか?」


 手に収まるくらいが好きという男子も多いし、これは所謂マニア受けする体型なのだろう。逆説的に、女子としては180センチは割とマニア向けの身長なのかもしれないな。とは言え、そこまでマイノリティなガタイでは無いし。じゃあGカップの女子は、結構多いのかもしれなかったりするな。


 結論。高身長がモテるってのは、きっと嘘だぜ。


 ……おぇ。こんな事を真剣に考える自分が、真剣に気持ち悪いな。


「まぁ、おふざけはこのくらいにして」


 まず、誰に話すべきだろうか。


「普通に考えれば、市役所と病院だわな」


 俺の住んでいる市の役所には、公立大学の附属病院が併設されている。だから、戸籍やら住民登録やらの証拠と、以前お医者さんに世話になった時のカルテなり献血のデータなりを照らし合わせれば、科学的に俺が女になった証拠を得られるハズだ。俺の存在や、この世界の歴史が変わったワケではないみたいだからな。


 その証拠に、友達とのラインには帰省した時に撮ったツーショットが残っている。当然、俺の姿は男だ。


「そうじゃなきゃ困る」


 とにかく、俺が女になった証拠さえ獲得できれば、仕事や社会保障に差し支えないハズだ。だから、男に戻る方法はおいおい考えるとして、まずは女のままで今の生活を継続する為に必要な書類を集めよう。


「けど、研究対象のモルモットとして解剖されたりしたら嫌だなぁ」


 それについて調べてみると、どうやら世界医師会はジュネーブ宣言で『医師は、患者の最善の利益のために行動するよ』と言う事と、『医学研究は、被験者の健康と権利を擁護するための倫理基準に従わなければいけないよ』ってな事を言っているようだった。


 つまり、これに則るならアメコミヒーローのようにいきなりどこかの組織に拉致されて解剖されるような事は無いという事だ。


「多分な」


 それに、他の国ならまだしもここは日本だ。世界で一番治安のいい国は伊達じゃない。精々、「調べさせてくれ」と下から頼まれて、その後にどこかから嗅ぎつけたマスコミやネット記事で取り上げられるくらいだろう。


 そうなる前に、化粧の練習くらいはしておいた方がいいかもしれない。


「とはいえ」


 やはり、拉致られる可能性は捨てきれない。一応、急に消えるパターンを想定して友達とかーちゃんくらいには連絡しておこう。親父は、多分あんまり気にしないだろうしいいや。


「俺ちゃん、女になりました。……と」


 メッセージの後におっぱいを収めた自撮り写真を2人に送って、俺は市役所へ向かった。あそこへ行くのは、この町に引っ越してきた時以来だ。少し緊張するぜ。


「ご本人様ですか?」

「はい」


 チケットを取って20分。平日の昼間だが、それなりに混雑している。


「それでは、身分証明書の提示をお願いします」

「……あ」


 迂闊だった。


 そう言えば、住民票の受け取りには本人確認が必要なんだった。例え自分を親戚だと名乗っても、免許の写真は男だし、保険証の性別だってしっかり男になっている。


「お兄さん」

「はい、何でしょうか」

「実は、今の俺は身分を証明する術が無いんです。だから、住民票が欲しいんですよ」

「……申し訳ございませんが、仰っている意味が分かりません」


 だろうね、逆の立場なら俺もそう思うもん。


 しかし、身分を証明する為に身分を証明しなければならないって。セキュリティが大切とは言え、いざ窮地に陥ると本当に不便だ。

 因みに、病院に行っても同じ事を言われた。真剣に説明しても、アルツハイマーを疑われてまともに取り合ってくれない。


「信じてくださいよ」


 食い下がってみたが、一応してもらった検査の結果が出る前に警察を呼ばれてしまった。冷てぇ。


「……いや、それでいいのか」


 と言うことで、警察署にて事情を説明した。それも、1時間以上みっちりと。


「誰か、それを証明できる人はいますか?」

「地元が遠いので、ここには。免許とか社員証ならあるんですけど」

「それじゃあ、ちょっとねぇ」


 話を聞くに、どうやら俺は保護されたワケでなく財布と身分詐称の罪で逮捕されているみたいだった。電話は、誰にも通じない。まぁ、時間的に当たり前だ。


 考えてみれば、本物の身分証なんだから逮捕されるわな。あんまりだろ。


「そうですか。ここでは、血液検査とかってしてもらえないんですか?」

「出来ないし、もしあなたの話を信じるのであればDNAの仕組みは変わってるだろうしょう。検査しても、証明できるかどうか分からないですよ?」


 言われてみれば、そうだった。女の俺が、男の俺と同じ成分で組み上げられているワケがないのだ。冷静を装ってはいたが、やっぱり気が動転しているみたいだ。


「ひとまず、法務局に相談して無戸籍の人と同じように作ってもらえるかどうかを確認してみるといいんじやないですか?」

「でも、それじゃあ今の家も仕事も変えなきゃいけなくなりますよね」

「そうかもしれないけど。でも、前例の無い事件だし警察からは何とも言えないです」


 1時間以上掛けて説明したが、結局ぜんぶ没収されてあげく留置所にブチこまれた。一体、さっきの話はなんだったのか。俺は、詐欺罪で逮捕されたのだ。他人の身分証を使うとこうなるんだってよ。


「ふざけるな!!」


 鉄格子を蹴っ飛ばしても怒鳴られるだけでどうにもならず、翌日には検察庁に移されることとなってしまった。こんなバカげた話があるかよ。おまけに、聴取では「どこで手に入れたのか?」やら「なぜ犯行に及んだか?」なんて、やってもない事を根掘り葉掘り聞きやがる。


「起きたら女になってたっつってんだろ!?信じろよ!」


 無茶だとわかっていても、騒ぎ立てずにはいられない。婦警に宥められながら、ただ信じろと頼み込む事しか出来ない俺を、一体誰が責められるだろうか。


「……なるほど、事情は分かりました」

「信じてくれるんですか?」

「今は、まだなんとも言えませんが、話を聞く限り嘘だとは思えないです。証人尋問で証言を複数獲得すれば、あなたの存在を証明することが出来るかもしれません」


 そういったのは、以前たまたま仕事で知り合った弁護士だ。藁にもすがる思いで弁護を依頼し、俺たちの間でしか知らない案件の少し危険な見積もりと、その裏話をしたことによって信じてもらえたのだ。


「ありがとうございます」


 その後は、何だかんだで親と友達と会社の同僚に証言をしてもらい、ニュースで取り上げられた事で怒りを上げた人権団体を巻き込み裁判はとんでもない事になった。


「判決、無罪」


 判決は、割とあっさり下った。ただし、逮捕時の警察の状況判断能力は極めて正常であり、病院や市役所の職員にも非はないとの判断だった。故に、慰謝料や賠償金は無く、拘留されていた期間の補償も一切なし。司法史上類を見ない、摩訶不思議な裁判となった。


「納得いかねえ」


 弁護費用は、何か知らんけど有志が集めてくれた募金で何とかなった。借金が残らなかった事だけが、唯一の救いってワケだな。


「まぁ、仕方ないでしょ。普通は、いきなり女にならないんだから」


 友達に雑な慰めをされて、俺は女として生きていくこととなった。これが、特に面白くもない女の俺の物語だ。


 早く男に戻りてぇな。体重だって、54キロだぞ。信じられないくらい軽いんだから、街で見かけたらテメーら男どもは俺の事守れよな。以上だ。

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