第157話
「私の……いずれかの過去世の記憶ですが……」
「『魔窟』での闘いにて、仲間たちが倒され、自身も深手を追い……その時、蓬莱の
「
少女の瞳は――波の如き慟哭に揺れる。
「
少女は微々と苦笑し、
「大将殿……おそらく、貴方ですね。
「はい……桜夏祭の後に。皆で
「王后さまは、
「それに……黄泉姫が言いました」
『そやつらクソ虫のような雑魚が動こうが、あの御方は気にも
「
「そうでしたか……」
少女は、また貼ってある写真を眺める。
祖母との大切な思い出を映した写真を。
「黄泉姫は、私と村崎さんが暮らす家に現れました。そして。私を責めました」
『お行儀の良い顔をして、お嬢さまぶっても本性は隠せないんだよ。お前は、復讐に快楽を見い出す執念深い畜生に過ぎぬわ』
「……彼女は、私を嘲笑しました。彼女もまた、
それを聞いた四人は、それとなく目配せする。
黄泉姫が村崎家に現れた知っているか――と無言で問い、否定し合う。
そんな話は、全くの初耳だから。
少女も、彼らの意図を察して語り続ける。
「桜夏祭の後日でしたか……帰宅したら、黄泉姫が居たのです。幸いにも、異変を察知した
少女は、自らの両手を振り絞って眺める。
「
「我らの不徳でございます……」
「月の公主たる
「みなさまには、一片の落ち度もございません……」
少女は瞼を閉じ、天を仰いだ。
「闇が明ける時が、近付いています。現世の地球でも、絶滅と再生が繰り返されたように……この世界も再生しようとしています。どうか、『宵の王』を倒し、闇に沈められた数多の命を解放してください」
少女は微笑んだ。
その笑みは、『
そして――風の音色が変わった。
まるで、晩夏の夕暮れの風のような冷たい風が吹き込む。
少女は体の向きを変え、庭を見た。
「お別れです……みなさまの幸運を信じています」
少女の髪が激しく煽られ、たなびく。
「
「……はい!」
「……最後にお訊ねいたします。貴女さまは……」
「私は、
その哀しい響きを耳にした四人は――今一度、茶室を記憶に焼き付ける。
壁際に置かれた思い出の品々。
写真。制服。縫いぐるみ――。
大切な友人が生きた証を、決して手放さぬよう――
忘れ得ぬように。
「……行こう……」
少女の姿は――もう、彼らの瞳には映らない。
茶室には、人影は無い。
「そうだな……」
壁に貼ってあった一枚の写真が――力尽きたように、床に落ちた。
和樹と蓬莱天音が買い物をしている、実際には撮っていない写真が。
彼は瞼を伏せ、踵を返す。
最後に茶室を後にし、開いていた障子を全て閉めた。
風は冷たさを増している。
急がねばならない。
ローファーを履き、庭に進み出ると――背後の茶室の気配が消えた。
庭の木々の葉も落ち始め、花がゆっくりと枯れていく。
四人は、決して振り返らずに馬屋に向かった。
仲間が待っている。
――少女は、ふと瞼を上げた。
目の前に、両親が立っている。
こちらに背を向け、正面に立つ若い女性の説明を聞いている。
「リノベーションが済んだばかりで、新築同様です。玄関先の歩道には、冬は除雪車が入りますが、お庭までは……」
「ああ。雪かきの大変さは知っています。妻は、札幌の出身ですから。それも、また人生かな」
父親は、キコキコと首を左右に振って笑った。
女性も安堵した顔で、手にしたタブレットを操作する。
女性はベージュ色のパンツスーツ姿で、肩の高さで髪を切り揃えていた。
首から下げたネームタグには、『方丈亜夜子』と書かれていた。
少女は、家具の無い室内を見渡した。
広い洋間は、微かに薬剤のにおいがする。
「そして、小学校の件ですが……」
女性は、タブレットを母親に見せた。
「小学校まで、お子さまの足で十二分ほどです。これから通学路を歩いて、確認なさいますか?」
「そうですね。出来れば、小学校の登校時間にも。でも、勤務時間外ですよね?」
母親が頼むと、女性は快諾した。
「構いませんよ。明日の朝で宜しければ、お迎えに参ります」
「お手数を掛けますが、お願いいたします」
母親と女性はタブレットを眺めながら話を続け、父親は広いバルコニーに出て外を眺めた。
「良い家だな。庭も広めだし、
「うん。おばあちゃんも一緒に暮らせるんだね」
少女は父親の横に立ち、踵を上げて、手摺りに手を掛けた。
隣の一軒家が見える。
ちょうど、玄関から四人の男の子が出て来たところだった。
「かずき、また明日な!」
「次は、オレんちに来いよ!」
見降ろしているので、彼らの顔は見えない。
けれど、自分とそう変わらない学年に思える。
家の住人らしい男の子は大きく手を振り、三人を見送っている。
三人が去るのと入れ違いに、乗用車が家の前に停まった。
中からは、女性と女の子が出て来た。
女性は、ペット用のケージを両手で持っている。
男の子は、二人に駆け寄った。
「母さん、千佳、お帰り~! 仔ネコは大丈夫だった?」
「ええ。健康に問題なしだって」
「良かった! 飼ってもいいよね?」
「飼うよ。名前も決めたもん! フランチェスカだよ!」
「……めんどくさい名前だな~」
男の子は、妹らしき女の子の頭をポンと叩く。
「車を駐車場に置いて来るよ」
運転していた男性は声掛けし、車を出した。
離れているのに、不思議と会話が鮮明に耳に入って来る。
父親も聞き取れたのか、少女を見降ろして笑った。
「お隣にも、小学生が住んでるんだな。天音の友達になれそうだな」
「うん!」
少女の屈託の無い笑顔が輝く。
「……良かったね、天音ちゃん」
女性の優しい声が耳に触れ、少女は大きく頷いた。
――これは夢。
――時を映した夢。
――あなたが望んだ世界。
何かの、そんな囁きが聞こえたような気がした。
しかし、それは瞬く間に通り過ぎ、彼方へと消える。
少女は、甘やかな風の息吹を吸い、青い空に手を伸ばした。
指先が、彼の髪に触れた気がした。
瞳の底で――着物姿の、長い髪を項で結わえた男性が、優しく微笑んだ。
◇ ◇ ◇
追伸。
文中の、雨月と王后さまの会話エピソードへのリンク
https://kakuyomu.jp/works/16816700428178248114/episodes/16817139555156716102
黄泉姫が村崎家に出現したエピソードへのリンク
https://kakuyomu.jp/works/16816700428178248114/episodes/16817139556285282621
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