第156話
少女は、悲愁に満ちた声を振り絞る。
「神とは、人が求める存在なのです。日々の営みの中で、人は常に恵みを求めます。人の求めに応じられなくなった神は、その世界を去るしかないのです……」
「……大いなる慈悲深き御方……」
「はい……新たな信仰は、月の国より
(……儀式……)
『時聖の比丘尼』とも『果てなる者』とも名乗った『大いなる慈悲深き御方』。
ブレザーの袖口から覗く数珠を見つめると――少女の視線も付いて来た。
比丘尼とお会いした時には、少女と同じ容姿の姫君は眠っていた――。
少女は、
だが、知らぬ素振りで――直ぐに視線を外し、語りを続ける。
「
「
術士の二人は、『百八』と云う数字の不穏さを理解している。
呪詛に関わる数字で、それは決して使ってはならない『数』だ。
見つめられた少女は頷き、四人の背後の壁の一点に視線を止める。
『蓬莱天音』と、祖母の写真だ。
中学の卒業式の写真で、写真の中の二人は寄り添い、ささやかな幸せに微笑んでいる。
「
少女は、虚空に瞳を向ける。
「私が知る逸話は、ここまでです。
「……
その声音には、かつて垣間見せた辛辣さは消えている。
「……あの時、
少女は、重ね合わせた自らの両手を眺める。
「私は、握り締めた短刀に……全ての怨念を込めました。父上さまと母上さまを自害に追い込み、私の大切な人たちを不幸にし、民を恐怖に包んだ男……。この男を許さない、地の底に堕としてやる……そう呪いました……」
四人は、深々と聞き入る。
四人が知る
我が身を差し出しても、民を守ろうと努めていた――。
「私は、
・
・
・
・
「いでえええええ!」
その男は、両眼を朱に染めて振り向いた。
いや、首が捻じれて真後ろを向いた。
それは、人には不可能な所作だった。
体はうつ伏せに倒れているのに、首が一尺ばかり延びて起き上がり、蛇のような眼差しでこちらを睨んでいる。
「くそっ、くそっ、この
髪を振り乱し、地鳴りのような
室内の空気は渦巻き、姫君の髪も紫色の
調度品は外に吹き飛び、家臣や女房の悲鳴が聞こえた。
「でめえも
男の首が、身から裂けて離れた。
刺さっていた短刀が床に落ちる。
向かって来る生首の凶悪な表情に――姫君は怯まなかった。
潜んでいた熱情が、一気に迸る。
殻が壊れ、憎悪が、一気に噴き出す。
「赦さぬ! 我が
・
・
・
・
「我を取り戻した時は、王宮の残骸に囲まれていました。まるで、空爆を受けた如くに……私の『憎悪』が成した破壊でした。見上げると、夜空には巨大な月が浮かんでいました……。そして、私の右手は……あの男の生首を掴んでいました」
少女は右手をかざし、虚ろな瞳で指を握り、また開く。
「でも……生首は動いていました。獣の如き声で、私を嘲笑するのです。これで満足か、俺は満足だ、お前は俺の望みを叶えてくれた、全てを壊してくれた、と」
深い絶望が、少女を包む。
「この生首を放置してはいけない、そう思いました。
少女は、苦悶に唇を噛む。
「生首を引き摺り、残骸の間を通り、御神木の前に辿り着きました。みなさまの最期を見守った御神木……生首を引き摺ったまま、百八回その周りを歩きました」
「……何が起きたのです?」
少女は、怯えた声で返した。
「御神木の枝が……空に向かって伸びました。枝は空いっぱいに広がり、無数の漆黒の杭となり、地に突き刺さったのです。御神木の根元には穴が開き、私はそこに落ちました。瞼を開けると……旅客器の座席に座っていました。膝の上のバッグを調べ、スマホのメモに記されていたマンションを目指しました。『村崎綾音』さんの祖母の家です」
少女の震える瞳は、
そこには、軽蔑されても当然だ――と云う諦めと、静謐な自嘲が浮かんでいる。
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