終章(八) 宵の王
第158話
夢幻は全て消えた。
闇を照らすは、紅の光を放つ月。
そして、白銀を放つ御神木。
「みんな、どうなってるの!?」
声と共に、制服姿の
白炎の手綱を取っており、足元にはチロが居る。
チロは尻尾を振り、主人の
「……お姫さまは?」
不安そうに訊ねる
彼女も、全てを察してはいた。
自分を可愛がってくれた御主人は、もう居ない。
二度と会うことは無い。
最後の触れ合いは、あの茶室でいただいたイチゴ大福と薄茶の味――。
そして、待っているのは……
「
彼女が顔を上げると――そこには澄んだ微笑が在った。
闘いへの哀しみが滲み出ている。
最愛の妻、かけがえのない友達に刃を向けねばならない――。
刃を突き立てなければ、闇を払えない――。
前に進めない。
彼の苦悩を理解した
「うん……行くよ、あたしも!」
彼女が決力強く宣誓すると――全員の制服が四散し、元の戦闘衣姿に戻った。
しかも、
髪も腰までの長さの黒髪に変化し、衣装も女将が『叙任の儀』で纏う
桜色の
紫の切り袴に、黒い
色鮮やかな装束は、主人の姫君の意匠だろう。
愛した仔猫への贈り物だ。
「
「
一同は振り返る。
茶室の在った場所は闇だけに染まっている。
だが最後に――『宵の王』は、力を託した。
自分を倒せと――そう願いながら。
「敵は……
「だが、それらを滅するのが目的では無い。我らは、敵の魂を浄化しよう。そのために刃を振るい、術を駆使しよう。斬るのでは無く、力を削ぐ。術をぶつけるのでは無く、憎悪を引き剥がそう」
「それで行こうか……」
かつて滲ませていた、兄への蔑視の色は消えている。
彼本来が会得した守護術の『気』が内を流れているのが判る。
浄化の術を使える
白炎もチロも居る。
自分と雨月は、心のままに太刀を振れば良い。
憎悪を削ぎ、闇の底に沈んだ魂を救い上げるのだ。
『時聖の比丘尼さま』も、それを望んでいらっしゃる。
袖の内から覗く真紅の数珠を眺め、決意を新たにする。
その時が来れば、数珠の糸は切れるだろう。
心配は無用だ。
「
「では、これを進呈しよう」
それは、あの『黄泉の水』を詰めた醤油さしを繋げたものだ。
いつぞやの、体育館での闘いの時に現れた
「
「……そうするよ。うん……そうする」
彼女の本心は分からない。
だが、彼女はそうするだろう。
そうであって欲しい、と四将は願う。
現世に戻れなかった時は、家族に伝えて欲しいから。
自分たちの闘いの有り様を――。
轟く光が啼いた。
御神木の枝が、鞭を打つように大きくしなる。
先端から、血が吹き零れる。
零れた血は銀の幹を濡らし、血に垂れ落ちる。
地は宙の一点に集まり、土を練るように形を成していく。
「……許さない……許さない……」
少女の声が四方から響く。
何かを引き摺る音がする。
「……死んで……死んでよ……どうして死なないの……?」
少女の懇願が耳を揺らす。
血を練った深紅の固まりの、半身が起き上がった。
羽を広げるように、黒い長い髪が立ち上がる。
白い顔が現れ、その下を衣が覆う。
少女は瞼を上げ、虚無を見つめた。
身の丈の倍はある黒髪。
白い肌。
銀灰の瞳。
碧い唇。
銀の糸で鳳凰が描かれた紅の小袿。
黒と灰色の重ねの袿。
純白の単衣。
黒の長袴。
少女は、気だるげに唇を少し開いた。
左手をぐいと前に引き――すると、引き摺っていたものが前に転がり出る。
「……うああ……ぐあぅ……」
男の生首が
「……きさらぎぃ……だすげで……ぎゃはははははは!」
生首の真紅の唇から、嗚咽と笑いが漏れる。
少女は指に絡む男の髪を見つめ、舌打ちし、懇願した。
「何で、こいつは生きてるの? そこの四将……こいつを殺しなさい……」
少女は力ない眼差しで命じた。
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