灯篭流しの夢神社
浦田たつき
ゆめうつつ
鳥居を抜けると、そこは別世界だった。
言葉にするのは難しいが、それこそ、神域というべきか…人智を超えた者の力を感じた。
浴衣や着物を着た老若男女が、私の横を流れていく。並んだ橙の淡い灯篭が、背の高い人の顔の陰に見え隠れし、ゆらゆらと点滅しているようだった。
「こんな俗なお願い、聞いてくれるだろうか」
独り誰にも聞こえぬ声で呟いた。
──私は、ある人との再会を望んでいた。
名前も知らぬあの人。可憐な背中が印象的な、振り向いた笑顔が向日葵のような、瞳が宝石のような、優しい声がこの暖かな神社の灯篭の光のような…。
あの人と初めて出会った日も私はこの神社に訪れていた。
私は写真家である。夜こそ幻想的な雰囲気を放つこの神社であるが、昼はまた違った表情を見せる。
私が何より惹かれたのは、立派な新緑の葉を空一面に広げた御神木である。
つい見上げて写真をとるのに夢中だったために、私は前にいたあの人に気が付かずにぶつかってしまった。
申し訳ない、そう謝る私に、
「気にせんといてください。わかります、この木に見とれてしまうの」
そう言ってあの人は笑った。
この笑顔は写真に納めなければダメだ。私は直感的にそう思った。だが、初対面でいきなり写真を撮らせてくれなどと不審なことを言うな、と私の理性はうるさかった。
「……神様、どうか」
もう一度会いたい。たった一瞬、喋っただけなのに、あの人には私にそう思わせる力があった。それが一体何なのか、私には分からない。神様なら知っているだろうか。
今日は年1度の夏祭りの日である。
再び出会うにはこの時しかないと思っていた。全く根拠はない。
流れる顔の一つ一つをちらと見てはため息をつく。私が追いかけるあの人のものは無い。
事実を受け入れないために時間をかけて登ってきたが、ついに本殿に至ってしまう。
本殿の前の広場で、中央のステージを取り囲むように、人々は太鼓や笛の音に合わせて盆踊り。
パシャリ、とひとつ。
人の輪が花火のようだった。
いい写真が撮れたのだからこれで満足、と自分に言い聞かせる。ダメもとで来たのだ、仕方がない。
出店を覗いて時間を潰そうとも考えたが、来ない人を長々と待つほどむなしいものは無い。
振り向いて、階段を下る。重たい1歩目。心底、無理にでも写真を撮らせてもらわなかった自分の臆病を後悔した。
「あ、こんばんは。この間の写真家の方ですよね」
鈴の音が響いた。私の耳にはっきりその声は響いた。
心臓が高鳴る。俯いていた私は、ゆっくりと、声の方に顔を向け、そして、喜びをかみ締めた。
「……はい。こんばんは」
貴方を探していた、などとは言えない。
これは私の一方的な片思いなのだろう。だが、美しいものに一目惚れするのは昔からの悪い癖だった。
リンゴ飴片手に再び笑ったあの人、いや、目の前にいるこの人は、今まで私が撮ったどんな写真よりも綺麗だった。
灯篭流しの夢神社 浦田たつき @uratatsuki
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