夢の所在地

僕は今日もバイト先の居酒屋に向かう。店名は「漁師酒場網元」という。そこでは僕のほかに8人のメンバーがいて、正社員は店長の佐々木さん、厨房の水上さんの2人、あとの6人はバイトである。リーダーの稲本さん、大学生の山口くん、フリーターの吉岡さんと桜井さん、短大生の絢ちゃん、高校生の真希ちゃん。みんなそれぞれ、夢を持って生きている。

佐々木さんは子供2人を育てるため、月に一日しか休日を与えられないこの職場で奮闘しており、彼の夢はもっぱら子供の成長である。

水上さんは、できるだけ元気でこの仕事を長く続けたいと願っており、80歳を過ぎても厨房に立つことが彼の夢である。

稲本さんは自分の店を持つことが夢で、そこで気の合う仲間や友人の誕生日会を開いたり、結婚式の二次会を企画したりするビジョンを描いている。

山口くんは、できるだけ楽をして生きていくため、35歳までに不労所得で一生食えるシステムを構築しようと企んでいる。

吉岡さんは資格を取ってどこかの企業の正社員になり、長く付き合っている彼女と結婚したいと願っている。

桜井さんはボクシングに熱中しており、すでに30歳を過ぎてはいるが、遅咲きのプロデビューを目指している。

絢ちゃんは美容師になるための勉強に励んでおり、免許を取ったら東京の美容院で修行して、自分の店を持ちたいという。

真希ちゃんは姉の子供が可愛くて仕方なく、高校生ながら、自分も早く子供が欲しいそうである。


僕は、彼らがおめでたい人々であると感じていたが、同時にうらやましくもあった。何をやるにしても、上手くいくとは限らない。上手くいかなかった時のことが怖くないのだろうか。それに、どんなに大きな夢を叶えても、地上に建てた幸福などというものは、天災、戦争、経済恐慌、犯罪などによってたやすく崩れうる。そんな不安定なものに人生を賭けられるのは、余程の楽観主義者だけであろう。そんな能天気な彼らの特質は、僕に最も欠けているものであると思われた。


金曜夜はいつも大変な忙しさである。18時の開店から時を置かずして、立て続けに客が来る。いらっしゃいませと笑顔で応対するが、内心はまた来やがったと思っている。今日はバイトの出勤者が少ないのでホールも厨房も手が回らず、あっちこっちの席から酒はまだか、料理はまだかと催促がくる。どんどん客が来る。店長の佐々木さんは、席が空いてる限り客を招き入れる。そんな佐々木さんを、僕らバイト連は陰で馬鹿呼ばわりしていた。売上を伸ばしたいのだろうが、十分なサービスが提供できなければクレームが増えるだけだ。そんな簡単なこともわからないのか。

未成年の真希ちゃんが22時前に上がり、ホールスタッフはさらに少なくなってしまった。しかし、この時間帯になると空腹な客は減ってくるので多少気が楽である。客は23時を過ぎるとぼちぼち帰り始め、0時を回るとまばらになる。


午前1時、僕たちバイトは閉店後の掃除や売上報告の作成を佐々木さんに任せて店を後にした。僕は、深夜まで営業しているレンタルビデオ店に立ち寄り、映画とAVを数本ずつ借りた。帰路のコンビニで、発泡酒のロング缶と弁当、ホットスナックを買い込んでアパートに帰った。これからが僕の夕方であり、夜が明けて眠りにつくまでの至福の時間である。

一本目の映画を見終わると、プレーヤーの中身をAVに替え、性欲を処理する。僕は童貞でモテず、いつでもセックスさせてくれる可愛い彼女が欲しいと思っていた。しかし、そのための努力をするのは面倒だった。

性欲を処理し終わると、別の映画を見る。もう発泡酒がないので、常備してある安ウイスキーをストレートで飲む。酔いが回ってきて、こたつに入ったまま横になり、眠ってしまう。目覚めると映画はメニュー画面に戻っており、外はすっかり明るくなっている。時計を見ると、午前8時。出勤まで、まだまだ寝れる。

僕は凝り固まった身体をほぐし、布団に潜り込んだ。心地よい眠気が襲ってくる。今日も一日が終わる。明日も忙しくなるだろう。


※この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ありません。

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短編集 @matsuonyaon

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