第51話 防具屋のお仕事⑮ ラメラーアーマー
「あ……あなたって人は~~~~……っ!!」
「ん!?」
突然燃え上がり始めたネアリの闘志に、目をパチクリさせるネジュリ。
ネアリは震える肩で身を低く構えると――――、
「女子としての慎みはないんですかーーーーーーーーっ!!」
叫んでネジュリに突進した。
素手で。
「ば、ネアリ!? 何考えてるの!?」
その無謀な突進にセーラは身を乗り出し驚いた。
刃のうろこがある限り、ネジュリの身体に掴みかかるのは無茶な行為だ。
触れたら最後、逆にネアリの皮膚がズタボロに切られてしまうだろう。
それとも『肉を切らせて骨を断つ』を実践するつもりか?
こんな一手合わせで?
いやいや、それはいくらなんでもコスパが悪すぎですよネアリ~~?
と、セーラは幼なじみの行動に疑問符を投げかけたが、しかしネアリの狙いはそんなことではなかった。
「――――フッ!!」
寸前で停止すると強烈なハイキックを繰り出すネアリ。
――――打撃攻撃!?
いや、ネジュリは盾も装備している、そんな相手に肉弾攻撃が効くはずがない。
――――ガンッ!!
案の定、受け止められてしまうネアリの蹴り。
止めたネジュリは相手の体勢が崩れたところをチャンスと見切り、その開いた脇腹に剣の一撃を振り下ろした!!
「よしっ!! 取ったかっ!!??」
逃げ切るどころかまさかの勝利に、セーラは思わず歓声を上げてしまうが、
「ダメだよネジュリさん!! そこは罠だっ!!」
逆にブレザは悲鳴を上げた。
「えっ!??」
ブレザの声が聞こえたネジュリは目を開いて戸惑うが、しかしもう動いてしまった体は止まらない。
ブレザが罠だと叫んだその脇腹に剣が切り込む。
勝ったと思ったその瞬間――――、
――――バシッ!!!!
体に当たるその寸前。
その刃は止められてしまった。
ネアリの手の平に挟まれて。
東の国の剣術奥義『真剣白刃取り』であった。
『――――なっ!!???』
ネジュリはもちろん、そこにいたギャラリー全員がその神業に唖然とする。
ネアリは止めた刃をさらに捻り、ネジュリの手から剣を絡め取った。
「あ、あら!??」
鮮やかに奪い取られてしまった剣と手の平を交互に見て、ネジュリは間抜けな声を上げる。
――――チャキンッ。
ネアリは黙ってその剣を水平に構え、目を座らせた。
「あ……」
その瞬間、セーラは負けを悟った。
ラメラーアーマーを中心に組んだ一連の装備は、ネアリの油断と慈悲を計算してでの話だったのだ。
本気で怒って、しかも真剣を手にした
いや、想定したくても技量の差がありすぎて出来なかったのだ。
すうぅぅぅぅぅぅぅぅ……。
ネアリが吸う息の音が聞こえた。
そして――――、
「
目にも止まらぬ無数の突きがネジュリに襲いかかった!!
「きぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!???」
その突きはアーマーのうろこを全て粉砕していった。
そしてただのチェインメイルとなってしまったその胴体にネアリは深く潜り込む。
腕を掴み、肩紐も掴むと足を引っ掛ける。
体勢が崩れたと同時にネジュリの体を自分の背中に乗っけると、
――――グンッ!!
一気に腕を巻き込むように引いた!!
「へっ!???」
またもや回転する視界。
それが東の国の武術技『一本背負い』とは知るべくもなく、
――――ドゴンッ!!!!
「ぐえっ!???」
地面に叩きつけられ、ネジュリは気絶させられてしまった。
砂時計の砂が落ちきったのはその僅か数秒後であった。
それから数日後――――。
「やあ、セーラちゃんごきげんよう」
「あら? ムートさんいらっしゃい。めずらしいですね?」
「いやあ、仕事で使っているエプロンが傷んじまってさ、修理してもらおうと思ってね」
そう言って鞣し革で出来た厚手のエプロンをセーラに手渡す。
腹の部分が擦り切れて穴が空いてしまっている。
「俺も歳かな? 最近腹が出てきちまってなぁ……」
「どれどれ、拝見しますよ。ああ、この程度だったらすぐに直りますよ」
「そうかい? 助かるよ。……しかしこの間の試合はすごかったなあ」
「試合?」
「ネアリちゃんのだよ」
鼻の下を伸ばしながらニヤけるオジさん。
「……見てたんですか」
「そりゃ、噂になってたからな。色っぽい姉ちゃんが毎回きわどい姿を見せてくれる新しい催し……おっとっと、試合をやってるってさ」
「……はぁ」
ネアリの言っていた通り、やはりロクでもない噂は広まっていたようだ。
しかしけっきょく、毎回半裸にしているのはネアリ本人なのだから自業自得なところもあって、どっちもどっちなのだが。
「でも、最近はやってないみたいだな……どうしたんだろうな、あの姉ちゃん。諦めちまったのかなぁ?」
残念そうに口を尖らすムートさんに、
「いやいや、まさか」
セーラは少し困った顔をして応えた。
「出来たっ!! 出来たよお姉ちゃん!!」
奥の工房からブレザが興奮した顔で走って来た。
手にラメラーアーマーを持って。
「見てよお姉ちゃん!! この間の負けから学習して、うろこの材質を変えてみたんだ!!」
言って見せてくるのはサンドワームの皮膚を固めて作った、より硬質のうろこだった。
「これなら、硬いだけじゃなくで弾力もあるから衝撃にも強いし、ネアリさんの剣撃にも耐えてくれると思うんだ。……欠点は重量だけど、そのぶんは下地のチェインメイルを薄く加工し直してカバーしているんだよ」
「……へえ、いいじゃない」
あれからブレザは少し変わった。
負けてあられもない姿で失神しているネジュリに、いち早く駆けていき服を掛けてやっていた。
余計なことをするな、邪魔だと文句を言う野次馬に食って掛かり自分でおんぶして店へと運び込んだ。
目が冷めて落ち込むネジュリに『おしかった。もう少しで勝ててたよ』と励まし、次こそ完璧な防具を作って見せると約束していた。
「あと、腕と太ももとかも、やっぱり守ったほうがいいと思うから――――」
――――カララン。
扉のベルが鳴った。
入ってきたのはすっかり笑顔に戻ったネジュリだった。
「あ、ネジュリさんちょうど良かった!! 約束してた新型、いまちょうど出来たところだよ、さっそく試着してみてよ!!」
「あらほんと? ……いいいじゃないこれ!! デザインも前のより洗練された感じでスマートに見えるわ」
「鎖を細くしたんだよ。だから少し着心地とか感覚が変わってると思うから感想を聞かせてほしいんだ。あと手足の防具も新しいの考えるから、後で細かく採寸させてもらえるかな?」
色っぽい年上の女性に対して流れるような対応と注文。
ムートさんは驚いて口が閉じなくなっている。
「……おいおい、お前さんとこの弟、あんなだったかぁ~~??」
「ねえ。成長って、するときはするものですよね」
「いや……あれは成長って言うより……う~~ん、まぁこれも成長かなぁ?」
ブレザとネジュリ。
二人が交える視線に意味深なものを感じてムートさんはニヤけつつ頭を掻いた。
セーラは困ったように天井を見上げ呟いた。
「やりすぎちゃったかな」と。
それから数年後――――、
防具屋『パビス』はさらに繁盛する店に成長していた。
やり手の若店主がデザインする女性向けの防具は、どれもおしゃれで機能的だと海を越えて評判になっていたからだ。
そしてその店主の傍らには、凄腕にしてやたら美人で色気のある女剣士が、白銀に輝く見事なラメラーアーマーとともに、仲むつまじく、常に寄り添っていたという。
王都アストラ・モーゼル通り物語 盛り塩 @kinnkinnta
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