第50話 防具屋のお仕事⑭ ラメラーアーマー

「痛だだだだだだだだだだだだだっ!!!!」


 ――――なに? なんなのこの関節技!!?

 見たこともない、しかし鮮やかな体捌きで腕を締め上げられる。

 すぐにでも上体を起こして振りほどきたいが、首も足で圧迫されて、起き上がるどころか身動きすら取れない。

 す……すごい、すごいわネアリちゃん!! 武器だけじゃなくって体術もこなすなんて。

 しかもこんなに身体を密着させての寝技なんて……。


 ――――キュピーンッ(まるで私のためにある技みたいじゃない)!!

 ギリギリギリ……と激痛に襲われながらネジュリは目を光らせた。


 戦場での、欲に飢えたあわれな男戦士ども。

 柔肌を見せてやるだけでも効果テキメンだというのに、絡めて密着して締め上げてしまうだなんて、なんて甘美で鬼畜な技だろうか!?

 こんなもの抜け出せる――――いや、男などいるはずかない。


「これは正しく私に合った技を身をもって教えてくれているのね、ネアリちゃわ~~ん!! いえ、ネアリ先生~~~~♡」


 勝手な解釈と、一方的な妄想を言葉にのせて興奮するネジュリ。

 痛めつけているはずが、なぜか感謝させ、さらに発情されてしまったネアリは背中にゾゾゾと寒いものを感じた。


 砂時計を確認する。

 時間はあと40秒くらいか?

 それまでにこの女をギブアップさせなければならない。

 ネアリはもう一段階、腕の締付けを強くした。


「い、痛だだだだだだだだだだだだだだだだっ!!!!」


 さらに苦しそうにもがき、足をバタつかせるネジュリ。

 その眩しい太ももと、きわどいアングルに野次馬の男たちは『おお』っとどよめき鼻の下を伸ばす。

 そんな連中になぜか腹を立ててしまったブレザは、それらの視線を邪魔するように腕を広げネジュリに向かって叫んだ。


「ネジュリさん!! うろこ!! うろこを使って逃げてっ!!」

「――――っ!!」

「へっ? なに?? うろこ!??」


 突然妙なことを言うブレザにネアリは困惑するが、ネジュリには彼の言いたいことが伝わったようだ。

 彼女は開いている左手で右胸辺りのうろこをバリっと引き剥がした。


「――――え?」


 何をしている? と目が点になるネアリ。

 ネジュリはその♡形に作られたうろこの先端を、首の上に乗っかっているネアリのふくらはぎ目掛け――――ドスッ、と突き刺す。


「痛ったいっ!!!!??」


 咄嗟に足を上げてしまったネアリの隙きをついて、ネジュリは拘束を解いた。


「――――くっ!? なんて真似を!??」


 悔しげに歯ぎしりし、転がり、距離を取って立ち上がるネアリ。

 ネジュリは傷められた右肘を振りながら、


「ふ、これが昨日ブレザくんが考案して付けてくれた『うろこカッター』よ」


 取ったうろこを指で挟み、決め顔を作って気取るネジュリ。


(だ、ダサい……)


 とネアリは思ってしまうが、しかしよく見ると付けられているワイバーンのうろこ全てが丁寧に研がれており、刃物となっていた。

 ズボンがところどころ切れてしまっていた。

 恐らく絡み合っているときにあのうろこで切れてしまったのだろう。


 ……なるほど、迂闊に掴みかかるとこうなるってこと?


「やった、すごいじゃないブレザ!! あんたのアイデアが役に立ったわよ!!」


 セーラが大喜びでブレザを抱きしめる。


「ネ、ネアリさんには僕も何度か絞め落とされたことがあったから……。そのときはジュードとかのルールで武器は禁止だったけど、実践なら関係ないもんね」

「ぐぬぬ……」


 悔しそうな顔でブレザを睨みつけるネアリ。

 そういえばブレザとも昔よく訓練をした。

 そのときの経験をキッチリ活かしてきたと言うことか。


 アーマーのうろこを研いで刃物に加工する。

 一見無茶苦茶で、そんな物がどれほどの威力を持つのかと鼻で笑ってしまわれそうだが、しかしそれは大きな間違い。

 うろこの刃に求められているのは武器としての切れ味ではなく、緊急時の利便性である。


 いまのように相手に組み敷かれたとき。

 はたまたロープで巻かれ拘束されてしまったとき。

 そんなときの脱出用のツールとしての使い方ならば、充分に役立つ。


 おまけに鎧に触れただけで服が切れてしまうとあっては、いやらしい男どもも迂闊に触ってくることは出来ないだろう。

 これは相手を傷つける武器ではなく、あくまでも防具として、装備者の身を守るための工夫なのだ。


 色香を武器に戦うネジュリにとってこれほど有用な物もないだろう。

 武器屋としての経験から、瞬時にその厄介さを理解したネアリは眉間にシワを寄せた。


 竹刀は通じない。

 組技も封じられた。

 それでも勝てと言われればいくらでも勝つ方法はあるが、しかし――――、


 再び砂時計を見る。

 時間はあと30秒と少ししかない。

 この残り時間でどうネジュリを負かすか?

 怪我をさせないで、という条件ならばたぶん無理。


 くっそう……やられた。


 ネアリは唇を噛んで悔しがった。

 まさかここまで自分を封じる防具を用意してくるとは思わなかった。

 怪我をさせないで勝つという自分の心理ゆだんまで読んで組み上げた完璧な防具だ。

 ここは、素直に負けて、生徒にしてあげるしかないのか……?

 諦めかけたそのとき、ネアリの目にとんでもないモノが映った。


 剥がしたうろこの下地、その鎖の下から薄っすらと見えてしまっていたのだ。

 ピンク色の乳首が。


 途端に。

 ――――ゴッ!!!!


 とネアリの闘志が燃え上がった。

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