我輩は魔女である

天宮ほーが

はじまりはじまり


我輩は魔女である。名前はまだない。多分この先もずっとない。

我輩は魔女である。ただ、ただの魔女である。



我輩は魔女である故に人里離れた深い森の中に住んでいる。

何故このようなところに魔女が住んでいるのかは全くわからない。

とにかく人里離れた深い森の中に住んでいる。



我輩は魔女であるとて一人が寂しいと思ったこともある。

里の人間と関わりたくて色々やってみたこともある。

森の出口(里の人間からしたら入口)の辺りをウロウロしてみたり、

怖いもの見たさで森に近づいた子どもにお菓子をあげようと声をかけてみたり、

「ご自由にどうぞ」と紙に書いて、そっと傷に効く薬を置いてみたり、

笑いをとろうとわけわからんすごい色のやつを鍋で煮ながら「イーッヒッヒッヒ」と笑ってみたり、

りんごや紐飾りをお裾分けしたり、手作りのお菓子を練ってみたり、家をお菓子でデコレーションしてみたり(蟻まみれになって最悪だった)してみたり。

失敗と失敗と失敗とあと失敗を繰り返し、結果そのうち諦めてしまった。

どれも多分やり方がまずかったし、途中ちょっと遊びが入っていた。ブラックユーモアのつもりだったのだろうか。逆効果甚だしい。




我輩は魔女であるとて、ちちんぷいぷいシャランラビビデバビデブーなどと唱えて魔法が使えるわけではない。不死身だったり箒で空を飛んだり黒猫飼ってたりコンパクトや杖で変身したりということもない。黒猫は飼いたい。

歴史に残る数多の魔女がそうであったように、ただ薬草に詳しいだとか医学の心得があるだとか人間嫌いで引きこもっているだとか超ド級のシャイだとか、そういうやつだ。


我輩は魔女であるけれど、自分から名乗ったことはない。嘘だ、さっき名乗った。しかし名前がないのであるから仕方がない。

いつから魔女であるのかも思い出せない。

本当に魔女であるかもわからなくなることがある。

しかしそれでも、我輩は魔女であるのだった。




里の人間は、何年かごとに生贄を寄越す。

疫病や災害が起こるので、わたしの怒りだか恨みだかを鎮めるためだそうだ。

わたしは生贄など欲しくはないので返したいのだが、生贄は頑なに戻ろうとしなかった。

本気で、疫病や災害がわたしのせいだと信じているのだ。

生贄になった以上戻るところなどない、戻れば里の人間に何を言われどんな扱いを受けるかわからない、頼むから自分を受け取ってくれと言う。


わたしは、とても困ってしまう。

我輩は魔女であるけれど、疫病や災害など起こせやしないし、当然人なんか喰ったりしないのである。





我輩は魔女である。

いつからだか日記をつけることにしていた。

これは私の日記である。

書き出しはいつも、「我輩は魔女である」。

なんだかはじめの一文にふさわしい気がしてずっとそのフレーズを使っている。


今日も、また生贄がやってきた。

今度は大雨による土砂災害で、たくさん人が死んだのだそうだ。

私は何もしていないと言ったが、生贄の少女は信じようとしなかった。

そういえば生贄はいつも若い女だった。

誰が決めたんだろう。少女に聞いても分からないと言われた。

もちろん、私からそう要求したことはない。

我輩はノーマルの魔女であるからして、性的な欲求から女性を求めることもしない。

少女は私に、命乞いをした。

殺したりしないと言ったが泣き止まない。

今も、部屋の隅で怯えて泣いている。


私は、とても困ってしまう。




我輩は魔女である。

料理中に怪我をしたので、ペンが持ちにくい。ぐねぐねした文字しか書けないのが歯がゆい。

魔女は万能ではないのだから当然だ。怪我もするし病気にもなる。誰が不老不死だとか不死身だとか言い出したのか。

そういえばおとぎ話の魔女はどうして揃いも揃って老婆なのだろう。不老不死なら、老婆の姿でなくてもいいだろうに。


我輩は魔女である。

慣例に従い、亡骸は火葬にした。

涙が止まらない。




我輩は魔女である。

今日、また生贄がやってきた。

成人した女性だった。

里の子どもは疫病で皆死んでしまったのだそうだ。

大人は罹患しないらしい。

大人でも大丈夫でしょうかと聞かれた。

質問の仕方が面白かったので笑った。

女性は困った顔をした。


困っているのは、わたしの方だ。

その日はただただ涙が出て寝つけなかった。




我輩は魔女である。

書いてきた日記もかなり増えてきた。

何年前から書いているのだろう。

初めの方は、紙が劣化していたりしてうまく読めない。

半分眠りながらでも書いたのだろうか、ミミズがのたくったような字になっているところもある。

ところどころ、涙で滲んでいたりもする。


我輩は魔女である。

我輩は、いつから魔女であるのだろうか。




我輩は魔女である。

定期便のように生贄がやって来たが、私もいい加減困ってしまう。生贄の定期便など聞いたことはないけれど。

戸惑う生贄ととりあえず茶でも飲むことにした。

生贄は、〇〇という名前だそうだ。

初めてのことだろうから、日記に記しておこう。

そう伝えると、〇〇は戸惑いながらもそっと微笑んだ。




我輩は魔女である。

慣例に従い、亡骸は火葬にした。

庭が墓だらけだ。




我輩は魔女である。

何十年かぶりに生贄がやってきた。

わたしの様子を見て、ほっとした顔で生贄は逃げていった。

わたしは追いかけなかった。追いかけようもなかった。

魔女は、そもそも生贄など欲していないのだ。

今度は疫病か、災害か。なんでもいい。好きに逃げればいい。逃げても大丈夫だと生贄が思えたならそれでいい。



我輩は魔女である。

あれ以来生贄は来ない。

疫病も災害もなかったのだろうか。

まあ魔女は元々、生贄を必要としていなかったのだから何の問題もない。

大体、神やドラゴンじゃあるまいし魔女が生贄を求めるなんて誰が思いついたのだろう。ドラゴンだって本当に生贄を要求するのだろうか。本で読んだことがある程度で、会ったことなどないからわからない。

魔女がいない(わたしが言うのだから間違いない)のだからドラゴンだって存在しないだろう。見たことがないから居ないとも言いきれないけれど。

シュレディンガーのドラゴンである。

何にせよ、疫病や災害がなかったのなら良いことだと思う。


わたしは、安心した。

これで安心して眠りにつける。






森の方から音がする。

焦げ臭い。

わあわあと人が口々に叫んでいるのが聞こえた。


家が燃えていて、

その周りを里の人間が取り囲んで、怒号をあげている。


生贄などもう出せるものかという叫びが聞こえた。

わたしに向かって浴びせられる罵声。

我輩は魔女であるけれど、それは私のせいではない。

そう、弁明することも出来ない。

わたしはもうベッドから起き上がることも出来ないというのに。


そうか、わたしは慣例に従い火葬にされるのか。

残酷なのは、亡骸ではなく生きたままだということだ。

枕元の日記を引き寄せ、ページを開いた。


魔女たちの残した、言葉を辿る。




「これで安心して眠りにつける」


わたしが最後に書いた言葉だ。

嗚呼、なんて皮肉な言葉であろうか。


我輩は魔女であった。

ページを手繰る。

わたしの名前を見つけた。

前の魔女が書いておいてくれたわたしの名前だ。


我々は魔女であった。

我々はいつから魔女であったのだろうか。

そもそも魔女はどうして魔女になるのだったろうか。

墓に眠る魔女たちを想う。

ねえ、わたしたちは、どうしてここから出られなくなったのでしょう。


日記を抱きしめる。

それは、狂っているがもはや遥か遠くにあって愛おしい、魔女の記録。

時に可笑しく、寂しく、あたたかく、哀しい、

森も家も庭も墓も何もかも共に燃えてしまう、わたしたちの記憶であった。






我輩は、魔女である。

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