3話 騒がしい朝
3話 騒がしい朝
少年の意識が戻ってきたのは暖かな感覚が体を包んだ時だった。極寒の雪原とは打って変わり、二度寝をする時くらい気持ちのいい感覚が心地良い。
そんな感覚に包まれながらも少年はふと気がつく。
極寒の雪の台地で必死にもがきながら一軒家に着き、そこで力尽きたこと。その後はどうなったのだろう?
そこで少年は瞼を開く。目に入るのは白い天井とそこに交差する木の板。家の中だろうか。
ふと手に暖かさを覚えて視線をやる。
「........?」
そこにいたのは少年の手を両手で握りしめている美少女だった。
何かに集中する様に両目を閉じて微動だにしない。
美少女の両手からは薄緑色の光が漏れている。
髪の毛は緑色でボブの髪型をしており、パジャマの様な灰色の服を身に付けている。
少年は困惑した、起きてすぐこの展開は色々と整理するのに時間が必要だ。だが少年はそれを諦めて声をかける。
「あ....あのー」
そう控えめに少年が話しかけると
「わぁ!びっくりした......」
美少女は驚く仕草を見せると同時につながっている手に目をやる。
「あっ....いや違うんです!これは治療で!治癒をかけてるんです治癒!お...お、起きてるなら言ってくださいよぉ!」
両手を離し、立ち上がってあわあわする様子の美少女。
「いや、起きたから話しかけたんだけど....」
苦笑いして少年は答える。
「ちょっ...ちょっと待っててください!おじいちゃん呼んでくるので!スピカさんはゆっくりしてて下さい!」
そう言って部屋を颯爽と出て行く。
「ん?スピカ...?」
聞き覚えのない名前だがあれは明らかに少年を呼んでいた。
「俺って....」
そう自分の情報を探ろうとするが、どう遡っても暗い空間で7つのエメラルド色の塊が自分に入り込んだ事のみだった。
それ以前の記憶を思い出そうとしてもモヤがかかっている様で何一つ思い出せない。
出身地も、名前も、何一つ思い出せない。
少年は少し焦ったがため息ひとつ吐くと全てを諦めて部屋の中を見渡した。
部屋の壁は煉瓦で造られおり、天井は美しい白と交差する木の板、床は暗い木で出来ている。
内装はシンプルだ。壁には作業着のような物が掛かっている、胸には『スピカ』と記されている。
少年はこれを昨晩着ていたようだ。どこからみても極寒の夜に着ていく服装ではない。
少年が寝てたベッドは黒くふわふわした暖かいベッドだ。ベッドから起きあがろうとすると違和感を覚える。
足に力が入らず、そのまま床に倒れ込んでしまう。
起きあがろうとしても腕は動かせるが手の感覚がないため上手く力を入れられない。
「ハッハッハ!朝っぱらから災難だなぁー!」
軽快な老人の声がドアの方から聞こえて思わず驚く。
「やはり感覚は戻らんか、よいしょっと」
老人はいとも簡単に少年を持ち上げてベッドに放り投げる。
「うっ.....雑すぎません....?」
「ハッハッハ!死にゃせんわっ!」
大笑いしている老人は、身長は高く、体もスッとしており、髭を上口から顎まで伸ばして顔はかなり老いているがいわゆる『イケおじ』に分類されるタイプの老人だ。
「まぁ聞きたい事は山々だ」
笑いの風貌を一変し、真剣な眼差しを向ける老人。
「お前さん、何であんな薄着で外を歩いてたんだ?
少しでも治療が遅れれば逝っとったぞ」
「.......。わかりません」
「ん?」
「何で歩いてたか覚えてないです」
少年は素直にことを話す。
「..........。ハッハッハッ!寒さで頭も持ってかれたか!!」
「いや笑い事じゃ無いですよ...」
「お前さん、『スピカ』と言うらしいがどこの出身だ?」
「それも分かんないです」
少年はどれだけ思い出そうとしても記憶を覗いてみてもモヤが邪魔して何も見えないのだ。
「その顔を見るに嘘はついてないみたいだな.....。
まぁいい、朝食でも食おう。ワシの名前は『エストリック』だ」
「え、ちょ」
エストリックは自分の名を名乗ると少年を軽々と肩に乗せて部屋を出ようとする。
「いくぞー、『スピカ』さんよ」
そう呼ばれて少年は初めて自分の名が『スピカ』であると自覚したのだった。
ーーーーーーーーー
場はリビングにような場所に移る。スピカはエストリックに連れられて椅子に座らされていた。
「お前さん、コーヒーは飲めるのか?って言っても頭がぱっぱらぱーだったの、覚えてないか!ハッハッハ!」
何でも笑い飛ばす不思議なウザい老人。
それはエストリックに対する第一印象だった。
「ほれ、ホットミルクだ。赤ん坊でも飲めるんだからお前さんも飲めるだろ」
そういって湯気が立つミルクをスピカに差し出す。
「ご、ごめんなさい、おじいちゃんいつもこんな感じで」
そう苦笑いでこちらを見るには先ほどの美少女だ。
「『カペラ』はどうする?何を飲むんだ?」
そうエストリックが美少女に問う。
彼女の名はカペラと言うらしい。
「私もミルクでお願い」
そういってしばらく経つとエストリックはミルクをカペラに差し出し、カラッと揚げられたボールの様な食べ物をスピカにも差し出す。
「こ...これは?」
スピカが問うとエストリックは不思議そうな顔をして
「パンだぞ、パン。そこまで忘れとるんか?」
「こ、これがパン何ですか!?もっとパンって平たい感じのこうなんていうか........!」
スピカはある事に気が付く。全ての記憶が消えてると思っていたが、何故か故郷のパンの形を覚えているのだ。
「平たい感じか?聞いた事ないのなぁ。お前さんの出身がますます気になるな。ま、食うぞ食う。食わにゃ何も始まらんぞ。頂きまーす」
そういってエストリックは1人でに食事を始める。
「あ、い、頂きまーす」
慌てる様にカペラも手を合わせて言う。
「いただきます」
スピカも食事に手を付けようと思ったが。
「..............っ......」
「どうしたよお前さん。命の恩人の飯が食えないってか?」
「いや、手先が感覚ないのにどうやって食えと!?」
スピカが大きな声でそう言う。
「それもそうか。立ち上がれずに地面とイチャイチャする事しかできん奴に飯は食えんか、ダッハハハハ!」
この老人つくづく苛つく。
その気持ちをグッと抑えるスピカ、あくまで笑いを起こしてるだけで悪意はないだろう。
「カペラ、食わせてやれ」
笑い終えるとエストリックは言う。
「魔法の練習になるしね」
何の躊躇いもなくそう言うカペラ。
「ま、魔法....?」
食わせてやれと言うのは俗に言う、『あーん』されると言う事か!?スピカは期待を抱くも、あーんに魔法が必要なのだろうか。
「カペラはこの都市でも魔法の腕はピカイチだぞぉ!
治癒をかけたのもカペラだしなっ!」
自慢気にエストリック話す。
「でも、手足の先の感覚は戻せませんでした...」
申し訳無さそうにカペラは言う。
だが昨晩は左足も両腕の根から先まで動かなかったのに、今感覚を失っているのは足先と手首から先のみだ。
「そう思うと.......!?」
感謝を述べようとするスピカだが目の前の光景に思わず言葉が止まる。
「口、開けて下さい?」
カペラがそう言うが、目の前には何者にも触れられず1人でに浮くパンとやらがふわふわしている。
「え?」
困惑するスピカ、
「だから、口を開けてください」
カペラの言う通りに口を開けると
「どうぞ!」
一口サイズのパンとやらが口に入ってくる。
たしかに、『あーん』には変わりないが思っていたのと違う..。
ーーーーーーーー
「さてと、お前さんよ。何も覚えてないなら教えるまでだ」
そういってエストリックは大きな地図を机に広げる。
地図には大きな島が映し出されており様々な国が存在している様だ。
「ワシらがいるのはギウス国の王都『ルドフェイル』だ。この国の中で1番発展しており名前の通り王がこの都市におる」
その間にもカペラは両手でスピカの手を握りしめて治癒魔法をかけ続けている。
「カペラの治癒は優秀なもんだが、限度ってもんがある。これ以上魔力を使うのも体に響く、歩けるほどには回復するがそれ以降は街の医療施設で治癒してもらう。金は出すから行ってこい、そこで記憶も戻るだろ」
そう言って地図の上に銅色の通貨を何枚か置いた。
「釣りはいらん。好きに遊べ」
そういってエストリックは部屋を去ろうとする。
「あ、あのっありがとうございます!」
スピカは頭を下げて感謝する。
「カペラ、医療施設までついて行ってやれ」
「.......、わかった」
治癒を中断しカペラは返事をする。
「どうですか?歩けるといいんですけど」
カペラは心配そうに聞いてくるので椅子からゆっくりと立ち上がる。多少はフラつくが何とか歩ける、気を抜くと膝から崩れ落ちてしまいそうだが何とかなりそうだ。
「あ!歩けるよ、ありがとう!カペラ...さん?」
「カペラでいいですよ!このくらいどーって事ないです!」
笑顔で答えるカペラは不思議と心を暖かくしてくれた。
ラストチャレンジャー @LaRoeGavriel
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ラストチャレンジャーの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます