2話 死にたくない。

2話 死にたくない。



「あぁああああああああ」


人とは思えない声が聞こえて少年は目を覚ます。

喉の違和感を感じてその声が自分が発している物だと認識する頃には自分が死んだ事を鮮明に認識した。


「死んだ.....のか」



呼吸を整えて自分の状況を理解する少年、だが今は体の激痛も、落下する感覚もない。

目の先に広がるのは暗やみ。それ以外の表現は不可能なほどに世界は暗黒に包まれている。

少年は衣類を一切身につけておらず、暗い空間にポツリと存在している。


少年のみがいるその空間、目の前に一筋の緑色の光が現れる。それは次第に大きく、明るく、エメラルド色に近づいていった。


とても不思議な感覚がした、この光によって心の中が洗い流されていくような、上塗りされていくような。

その不思議な感覚に浸っていると光は徐々に固体へと変形してゆく。


その固体は一言で表すのならばエメラルドに近い、

しかしながら形は歪で統一性はない。


だがその歪な形だからこそ

エメラルド色の光を美しく、

正しい方向へ進ませているような気さえする。


「綺麗だ」


素直な感想が口からこぼれ出た。

しばらく見惚れていると、固体に一筋のヒビが入る。

見る見るヒビは広がり、今にも弾けそうな音がする。


瞬きをしたその瞬間、無音で固体は弾け飛び、

小さな破片があらゆる方向へ飛んでゆく。


不思議とその破片は宇宙空間の中であるかのように

ゆっくりとゆっくりと四方八方へと広がってゆく。


一つの破片が徐々に少年の目を向けて飛んでくる。

ゆっくりと近づく破片に、不思議と恐怖などは存在せず、避けようとする気持ちさえ湧かない。


破片が目に刺さる直前に遅い速度をさらに落とし、徐々に静止へと近づく。


目に当たる寸前に破片は運動を止め、考える暇もなく

破片は先程の速度とは打って変わり不規則な動きを始める。


少年の目を離れるとスーパーボールが跳ねるかの如く、全ての無数の破片が不可思議かつ高速な運動を行う。

不思議と少年を避けているようにも見えるその運動はやがて力を失い、破片同士が集まろうとしている。


しかし先程とは異なり、7つの小さな塊へと形を変えてゆく。

美しさに見惚れる間も無く少年の目の前には7つのエメラルドが完成する。


「なん..なんだこれ」


美しさに圧倒されていた少年は目の前に現実では起こり得ない現象が起きている事を再認識する。


そのエメラルドを触れようとすると、触れた面が強く光り、それに同調するかの様に全体が、やがて7つ全てが眩く光る。

目を細める中で見えたのは7つのエメラルドが粒子の如く細かく分かれて少年の胸の中へと吸い込まれてゆく様子だった。


体が暖かいのか、冷たいのか、気持ちいいのか、気持ち悪いのか、初めての感覚に意識が飲まれそうになる中で、一声聞こえた。


「それはあなたの命の残機だよ、大切に使うんだ。

詳しい事は次に話すよ、迷惑をかけてごめんね」


死ぬ寸前に聞こえた女性の話し声が再び耳元から聞こえた。


「死ぬ寸前...?死んだのか俺は。なんで?ビルから.....飛び降りて、なんで?なぜ飛び降りたんだ?」


死ぬ寸前、そこから前の記憶が存在しない。

存在はしているのだ。だがそこに焦点を当てると散っていく様な、大きなパズルがどんどん崩壊する感覚がする。


「あれ....俺、誰だっけ」


そこで少年の意識は途絶えた。




ーーーーーーーーーーーーー







少年が意識を取り戻したのは頬に鋭い感覚が走った時だった。それは何時間後か、何日後か、何ヶ月後か、何年後か、そんなもわからないくらいに意識が閉ざされていた感覚がする。


きっき1億年間寝てたよ、と言われても納得してしまうほどにだ。

少年は頬の鋭い痛みを意識すると、徐々に脳、体が目を覚ましてゆく。


「あっ“」


その瞬間に感じたのは肺が破裂する感覚だ。

よく意識してみると、とても冷たい空気が肺に入り込み中を凍らせてゆく様な感覚がする。


目を開けようと思っても開かない。

混乱する少年は目を擦ろうとするが、指先の感覚が完全に消失しているのがわかる。


それでも目を擦り、パリパリと音がして目蓋が開かれる。涙か何かで凍ったのだろうか。


視界が映し出したのは『純白』だった。

文字通り不純物のない白が大地を覆い尽くしている。


雪が降っていた。空を見上げると無数の大粒の雪がゆっくりと地面へ落ちていっている。


まずい、ここにいたら死ぬ。

本能的に危険を感じた少年は感覚が消えかける体を何とか起こして周りを見渡す。


すると坂を少し降った先に、街?のような物があった。

街はオレンジ色に包まれ暖かな雰囲気を醸し出している。意識するよりも前に本能によって少年の足はゆっくりと街へ進み始める。


目を覚ましたばかりなのにとても眠い。

きっと寝れば気持ち良くなれるだろうか。


そんな事を意識したら本当に死んでしまいそうで、


「い...やだ.死にたくない....」


久しぶりに感じた感情に構う暇もなく少年は足を進める。


大きな門に『王都・ルドフェイル』と記されており、

中へと足を進める。左足は言う事を聞かなくなり、引きずりながら進んで行く。


まつげに乗っかった雪を払おうとするが両手はもう機能していない。


まずい、死ぬ。


1番門から近い煉瓦造りの家のドアへと

最後の力を振り絞る。


ドアの目の前へつき、声を出すために大きく息を吸う。


「ガハッ!ゲホッ!アァ“!」


冷たい空気が肺を食い破るような痛みが走り思わず咳き込む。


「た....ガッハ...け....て」


掠れた声は雪にかき消され、立つ事もままならなくなり、そのまま全身が前へ倒れる。


ゴンッ!と音を立てて頭をドアにぶつけてそのまま地面に倒れ込む。


「し........にた....く」


呼吸ができない。意識が白くなっていく。

そんな中で微かに聞こえた。


「.....ぃちゃん!人が倒れてる!」


若い少女の声だ。


「今すぐ入れろ!早くっ!」


老人の声もする。


だめだよ。俺はきっともう助からない。


「大丈夫だよ!今たすけるか.....」


声は暗やみに消えて、同時に少年の意識も暗黒へと溶けていった。

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