第8話 エバーグリーン
「頑張りすぎだよ。新人」
上司は、事件現場に駆けつけ、老人が息を引き取ったのを確認し、そう言った。
老人は打ちどころが悪く、脳震盪を起こし、彼女を看取る間に息を引き取っていた。
「現場で生き残るのは、新人のお前と、水槽に入った人工生命体。」
ふぅと、ため息を着いて、上司はうつむく。
「くだらないよな。俺達の仕事も、所詮、イタチごっこ。人口生命に助けられている俺達と、自ら死を選ぶ人口生命と、それを防ぐために仕事をする俺達。全部、助け合いで世界が回っているように見えて、そこに間違いなく存在するのは、捨てられる存在と生まれる存在。」
上司はコツコツと足音を立てて、人口生命が入ったカプセルを見学する。
そして、優しく、その冷たい容器に触れる。
「こんなシステム化された世界で、僕達は自我を保ってまで、生きる必要はあるのでしょうか。」
僕は、静かに息を引き取った彼女に視線を落として、つぶやく。
「あるんだよ。持続可能なことがなにより大事なんだ。この老人は、政府の重要技術者として、間違いなくこの世界のシステムの一端を支えていた。
これから、大変だろうな。
居なくなって、初めて、彼女の偉大さに世界は気づくんだろうな。」
上司は、視線を落とし、僕の膝で眠っている彼女に目を向けた。
「奥さんも偉大でしたか」
「ああ。偉大だった。」
上司は水槽に寄りかかり、言葉を吐く。
「さて、どうする?この後始末。」
上司はポケットから愛用のタバコを取り出し、煙を吹かし始める。
「今や、人類は全盛期に100分の1まで減り、生存領域は縮小。多くは行政官で構成される人類が、彼女たちのおかげで飯を食えている。このままだと、人類は終わりだ。」
「そうですね。僕達の愛する家族も、友人も、親戚も、皆。おしまいです。」
僕は、感情が激昂したあとのせいか、上司の言葉を反復するように、自分が犯した思いもよらない事実を認めた。
僕は、今にでも、世界から恨まれ、抹殺されるのだろうか。
ぼんやりと、思考が流れる。
それを打ち消すように、ライターをパカパカ開く音が聞こえる。
「幸いにも、このシステムは永続するように仕組まれている。老人の先は短いから、管理人がいなくても、存続するようになっている」
頑丈な金属製の機械装置を叩く。
僕はふと、疑問がわき、上司の方を見る。
「じゃあ、後始末って、なんの話ですか」
「俺が話したかったのは、どっちが後始末をするかの話だ。俺は、本部からお前を殺すように命令を受けた。さっきの説明も本部からさっき教えてもらったんだ。まさか、老人がそんな重要人物だとは思わなかった。彼女がいた場所もこんなことになっていたなんてな」
「そうですか。」
何も、疑問は湧いてこなかった。
ここまで、無気力になったのは、初めてだった。
何かから開放されるというのは、こういうことなのだろうか。
働く使命や生きる使命から開放されるというのは、こういうことなのだろうか。
上司は僕に近づき、ポケットから拳銃を取り出し、僕の額に当てる。
「先輩は、このあとも生きていくんですか?」
「んなわけねえだろ。真実を知ったあとだ。ノウノウと生きていくのは無理だ」
上司は、笑った。
上司のいつもの笑い声で、僕の気持ちは自然と落ち着いた。
上司と車で現場に向かったことや、初めて、現場を見たときのことを思い出した。
彼女の笑顔。
彼女との思い出。
「僕ももうすぐ、行くよ」
彼女の手紙を思い出し、つぶやく。
僕は、膝をついて、上司が向けた拳銃をぴったりと、右後頭部に当て直す。
「最後に言いたいことあるか?」
優しい上司は、介錯人のように、しっかりと即死するように狙いを定めてくれた。
「わかりました」
僕は、決意を定め、ふぅと深呼吸をする。
亡くなった彼女に視線をずらして、安らかな表情を確認してから、目を瞑る。
静かな室内に、低いノイズのように装置の稼働音だけが聞こえる。
自分の死の最後、耳にするのが、こんな騒がしい音とは。
笑えてくる。
まあ、街中の冷めた光景よりは、良いか。
最後に、上司の言葉を拝借して、この物語を終わらせよう。
「さらば、糞ッタレな人生」
銃声が聞こえる間もなく、僕の意識は暗闇に落ちた。
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最後まで、読んでくださりありがとうございました。
皆さんから頂いたコメントで、自分の良いところに気づけました。
これからも、そのことは忘れずに、次回作「繋物語」もよろしくお願いします(*^^*)
エバーグリーン YaTaro @YaTaro81
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