08_速すぎた下山

 鉱山は一時作業中断。作業員は全員避難させられていた。

 しばらく地響きが続いていたためだ。


「こう小規模なやつが何度も来るのは、遠くでデカいモンスターが暴れてる時だ。こっちまで来るかもしれんぞ」


 鉱山の入り口では王国軍の犬闘機が集まり、今後の対応を話し合っていた。


「そうは言うが、収まってから随分経つんじゃないか? 近付いて来てはいなさそうだが……」


「音は結構遠かった。まだ偵察隊も到着してないだろう。彼等の報告無しには安心できんよ」


「まぁ、念のため作業員の下山準備を進めてくれ」


「分かった。三十分もしない内に本隊が到着する筈だ。間に合わせよう」


 地響きを観測した時点で、地響きがした方面へ偵察隊が、イベルタリアへ報告隊が出発していた。

 報告隊はイベルタリアの北方部隊本隊に状況を伝え、脅威に対抗するための戦力を連れてくる手筈だった。

 到着した本隊から数機を割いて護衛とし、作業員がスムーズに下山できるよう準備を行うことで意見が合致した鉱山警備担当者達の機体に通信が入る。


「取り逃した!!」


 通信は偵察隊からのものだった。

 鉱山警備担当者達の間に、機体越しでも伝わる程の緊張が走る。


「見た事ない奴だ! 数は二! 速いぞ!!」


 追って入る情報に腹を括った鉱山警備担当者達は、偵察隊が向かった方向に向き直る。

 彼等は少しずつ、しかし確実に近付いてくる音を聴いた。

 地を削り、石を弾き、枝葉を折って迫る音を。

 地響きの主である巨大なモンスターという先入観を持つ彼等には、その音は木々の間を縫って大蛇が這う音に聴こえたという。


 実際は、魔岩騎本体が割れた半球に乗って滑走するゴローとエシュカだ。


「鉱山に着くぞ! 止まれエシュカ!」


「止まれる訳ないでしょバーカ!!」


 森を抜ける二機。

 その姿を見た王国軍の鉱山警備担当者達は、不意の攻撃を受けぬよう身構えていたにもかかわらず、揃って固まった。

 とりわけ朝方二人の冒険者を見送った男は全く理解が追い付いていない。

 森から現れたのがモンスターではなく犬闘機だったというだけで意表を突かれる形なのだが、その機体が朝に見送った冒険者の物のような気がしている。

 そんな訳がない。普通、魔岩騎の生息域まで登った連中がこんなに早く戻ってこれる筈がないと、脳が事実の認識を拒んでいた。


「どいてえぇーー!!」


 パイロットシートのスピーカーから流れる悲鳴とその意味に、ようやく我を取り戻した王国軍機達は蜘蛛の子を散らしたようにその場から飛び退く。

 ただ一機動けなかった王国軍機を弾き飛ばした衝撃でエシュカの乗る魔岩騎本体はバランスを崩し、横倒しになりながら円を描いて転がる。ついにはエシュカ機も振り落とされ、ようやく停止した。


「よっ」


 ゴローは重心を前に移動させ魔岩騎本体の進行方向に滑り降りると、膝をつき、うつ伏せに倒れ込んだ。

 胴体が地につく前に両腕で支え、主脚に乗り上げた魔岩騎本体を蹴り上げると共に、生じた隙間に副脚をねじ込み更に上へと飛ばす。かかった負荷を両腕で吸収して反動で上体を跳ね上げると、その勢いで主脚の膝を曲げて引き込み、しゃがんだ姿勢で着地。

 頭上を通過しようとする魔岩騎本体を見据えると、ゴローは機体を跳ばし空中で魔岩騎本体に追いつき、片手で鷲掴みにすると無理矢理地面に押し付けて止めた。


「んな無茶な……」


 退避した王国軍機からそんな声が聞こえてくる。


「どうよエシュカ? メチャっぱやだったろ!」


 ゴローは倒れ込んだまま動かないエシュカ機に歩み寄る。エシュカからの返答は無い。


「どうした? 大丈夫か?」


 手の届く距離まで近付いて、助け起こそうと手を伸ばしたゴロー機の頭部をエシュカ機が鷲掴みにした。


「バッカじゃないの!? バッッッッカじゃないの!?」


 ゴロー機の頭を地面に押し付け、力任せに起き上がるエシュカ機。

 パワーチューンのエシュカ機に掴まれて、ゴロー機は一溜りもなくねじ伏せられた。


「いきなりなんだよ!?」


「それはこっちのセリフ!!」


 四脚でしっかりゴロー機の四肢を抑え付け、コックピットブロックを側面から殴りつけるエシュカ。


「おいやめろ! 壊さないんじゃなかったのか!?」


「知るかバカ! どうせあたしが直すんだから!!」


 出発前にエシュカが言っていたことを突きつけるが、冷静さを失ったエシュカには届かない。


「お、お前ら待て! 落ち着け!」


 モンスターではないと確認したが、あまりの展開の早さと意外さを処理しきれていなかった王国軍機達が流石に見かねて止めに入り、ゴローはなんとか救出された。


 しばらくして、到着した北方部隊本隊を交えて事情を説明したゴロー達は、運搬型を借りて山道を下りて行った。


「とんでもねぇ奴等だったな」


 本隊が事実確認に向かったため、私語を始める鉱山警備担当者達。


「あのデカさの魔岩騎ってだけで信じられねぇのに、たった二人で倒せるもんなのかよ……」


 辺りをうろつきながら会話する彼等は、一様に視線を地面に落としている。


ゴロー機つぎはぎエシュカ機四つ足も相当弄られてたな。ありゃ金かかってるぞ」


「そりゃ、俺達みたいに数をあてに出来ないからな。やっぱ冒険者やれる人間って特別だよ」


 王国軍の兵士、と言うより貴族街に住む者達も普通の人間だ。そして貴族街で他の種族と会う機会は平民街と比べ極端に少ない。

 イベルタリア平民街は人間と見た目が変わらない他種族が多いためゴローも知らず知らずの内に慣れてしまったが、そもそもモンスターと戦えることは人間として特異なのだ。


「なんだお前、冒険者になりたかったのか?」


「なりたかった訳じゃねぇけどよ。憧れはあったよ。あの日、ラスティーヤさんが人間として初めて冒険者になったって聞いた時、これから人間はもっと広く世界に躍進するんじゃないかって期待しちまったんだ」


「それは皆そうだろ。……ま、後が続かなかったけどな」


「そうか? 今の奴等は、続きだと思っていいんじゃないか?」


 しゃがみ込み、何かを拾い上げた機体が、その何かを落ちかけている陽に翳す。


「……ああ、そうか。そうかもな」


「なにほだされてんだよ。あんな馬鹿な連中が長続きする訳ねぇだろ。仕事に戻るぞ」


 あらかた拾い終え、次々に立ち上がる犬闘機。


「フッ、それもそうか」


「どうやって倒したのか、見てみたくはあったけどな」


「違いねぇ」


 興味は尽きないが、確認に行った本隊から鉱山警備隊に詳細が報告されることはないだろう。伝えられるのは結果のみで、魔岩騎を倒した過程は省かれる。あとは巨大な魔岩騎が事実であれば警戒するよう指示されるだけだ。

 密かな期待と赤く煌めく欠片を握り、彼等はそれぞれの持ち場に戻っていった。

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犬闘機 みっぱ @mippa

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