07_杭打ち機


 足を止めたゴローを潰さんとする脚は、裏側から杭を打った一本。


「ゴロー!?」

「気にすんな、行け!!」


 予め用意していたように、エシュカの声を食って促す。

 最後の一歩を踏み込んだ右主脚を内側に捻り、急停止の反動を回転力に変える。


「悪ぃな! 俺は気が短ぇんだ!!」


 上体と腕で更に遠心力を高め、膝を畳んだ左主脚を高く持ち上げる。

 見据えるは一点。

 振り下ろされる杭の頭のみ。

 満を持して膝が伸ばされる。

 全ての力を踵に集約したトラースキックは寸分違わず杭の頭を蹴り上げた。


第二回路・通魔セカンド・イグニッション!!」


 機体に循環する魔力で足裏の感触を受け取ったゴローは、最早その脚を見もせずに次の脚へ向かう。

 計三本の魔力伝達回路を使用し遅れを取り戻したゴローは、魔岩騎ゴルゴナイトの脚の内側から正面に回り込むように走りつつ杭の高さまで跳躍し、慣性を使い空中で身体を捻ることで、杭の頭をローリングソバットで打ちつけた。

 杭は頭が埋まるほど深くまで進み、横一線に亀裂が入る。

 それもゴローは見ていない。既に視線はエシュカが担う最後の一本に注がれていた。

 なまじエシュカはジャンプで到達できる最高地点に杭を打ち込んでしまったため、跳躍に力を割かれ、杭に有効打を打ち込めないでいる。


「エシュカ! 本体に行け!!」


 反動で身体が流される前に脚に手をかけ機体を引き寄せる。そして主脚副脚計四本の足で思い切り魔岩騎の脚部を蹴り、ゴローは水平に跳んで見せた。

 ゴローが担当していた魔岩騎の脚部はそれが止めになったようで、亀裂から鈍くも小気味良い音を立てて割れ落ちる。


「おおおおっ!!」


 三本目の杭に回し蹴りを放つ。しかし飛距離があったからか勢いが足りず、柱のような脚を割るには至らない。


「っだああ!!」


 やはり質量で負けている犬闘機の機体は蹴りの反動で魔岩騎の脚から離れていこうとするが、ゴローは上半身をねじり、杭を打つ主脚の裏側を殴りつけた。

 生身なら肉の弾力と痛覚の経験から来る脳の危険信号によりまともな効果が得られない試みだが、鉄の身体なら話は別。痛覚が無いのは魔岩騎だけではないのだ。

 自慢の拳に後押しされた主脚は杭を押し込みきり、魔岩騎の脚部に直接衝撃を加える。鉄の塊で殴られた岩は破砕を免れなかった。

 三本の脚が全て折れ、魔岩騎がバランスを崩す。

 二十メートルの高さから落下してくる岩塊を、真下から見上げる影一つ。

 魔岩騎の限界浮遊高度が不明な以上、落ちてくるまで待つわけにはいかない。

 エシュカは真上に跳躍しながら拳を放つ。

 最後の杭が残った拳を。


「はああああっ!!」


 天へと昇る龍を思わせるその拳は、重力加速に身を任せる魔岩騎本体に直撃し、四本目の杭を打ち出す。

 双方の運動エネルギーを全て乗せた杭は、魔岩騎本体を貫き遥か天空へと昇って行った。

 一瞬の後、本体から岩石の鎧が剥がれ落ちていく。


「わわっ!」


 落ちてくる岩を浴びながら着地するエシュカ機。犬闘機が壊れるほどではないが、凹みはするだろう。エシュカの気持ちも凹んだ。

 そんなエシュカの目の前に、真っ赤な塊が落ちてきた。宝石と見紛う輝きを携えるそれには中央を貫く大穴が開いている。魔岩騎の本体だ。


「分かっちゃいたけど、やっぱでけぇな」


 転がる岩に足を取られぬよう避けながら近付くゴローも、その大きさに感嘆の声を漏らす。

 目の前の魔岩騎本体の直径は四メートルはあるだろう。人間の肩幅ほどだと言っていた冒険者ギルドの情報とはかけ離れている。

 ゴローは好奇心から持ってみようと試みる。犬闘機のサイズでようやく抱えられるが、副脚を使って支えても持ち上げられなかった。


「ぐっ……こりゃ、無理だな……!」


「ちょっとゴロー、そんなに力入れたら――」


「え?」


 力が加わったことで杭が開けた穴から亀裂が走り、魔岩騎本体は真っ二つに割れてしまった。

 だが半分になったからと言って問題が解決する訳ではない。


「……なあ、これ、どうやって持ち帰る?」


「だよね……コンテナにも入らないし……」


 既に切ってある『多重回路マルチサーキット』をもう一度使えば運ぶことはできるだろうが、そのまま下山するのは機体負荷的に不可能だ。

 魔力消費は休憩を入れることで賄えるが、日没までに下山するのは諦めなければならない。


「鉱山の王国軍に助けてもらうか。あのトラックなら運べるだろ」


「確かに運搬型なら……でも、あれじゃこんな所まで来れないと思うけど……」


「そこはこっちがちょいと無理するしかないな」


 ゴロー機が右手を開いて見せる。

 ここまでゴローの戦闘力の低下を防ぐことと、二人同時に機体を停止する危険を避けるため魔力譲渡を行わずに来た。

 エシュカとしては譲渡される際の気持ち悪さが嫌なのも本音なのだが、最早四の五の言っていられない。


「……分かった。貰うわよ」


 魔力回復のための休憩に入ろうとした矢先の戦闘だったので、エシュカの魔力残量は一割を切っていた。


「よし、俺がそっちに行く」


 二人は至近距離で機体を停止させ、コックピットハッチを開く。

 コックピットブロックから出たゴローはエシュカ機に飛び移り、パイロットシートに座るエシュカに手を差し出す。


「少しずつだからね?」


「我慢しろ」


 恐る恐る手を取るエシュカを絶望の言葉が襲う。

 犬闘機を動かせない時間が長ければ長いほど危険度は増す。多少の頭痛も吐き気も死ぬよりマシだと言い聞かせ、魔力の譲渡を済ます。


「うえぇ……」


「こいつひっくり返すぞ。手伝ってくれ」


 犬闘機を再起動させた二人は二つに割れた魔岩騎の本体をひっくり返す。

 半球型の魔岩騎本体は両方とも面を上に向ける形になった。


「鉱山はあっちだな。よし、乗れ」


「は?」


「滑り降りるんだよ。それが一番速い」


「はあ!? そんなのできる訳ないでしょ!? 無理よ!!」


「言っただろ? 無理するって」


「あたしはてっきり押してくもんかと……」


「それじゃ時間がかかり過ぎる。なにも鉱山までずっと乗り続けなきゃいけない訳じゃねぇんだ。ヤバいと思ったら一旦降りて調整すればいい」


「うぅ……本気ぃ……?」


大真面目おおマジだ」


 ゴロー機が支える魔岩騎本体に渋々よじ登るエシュカ機。

 

「ちゃんと支えててよ?」


「支えてたら滑らねぇだろ。行くぞ!」


 ゴローは『多重回路』を起動させ、エシュカ機の乗った魔岩騎本体を押し出した。


「ちょちょちょ! 待っ――いいぃやあああああっ!!」


 重量級のエシュカ機が乗っているため本気で押してもなかなか進まなかったが、その自重に設置面の土が流され滑り出すと、その後は速かった。


「おー、上手いもんじゃねぇか」


 エシュカは悲鳴をあげているが、主脚と副脚で魔岩騎本体をガッチリ掴み、上体でバランスを取っている。


「っとヤベぇ、急がねぇと」


 森に入るエシュカを見失っては危険だ。そもそもの状態が危険ではあるのだが。

 ゴローは残った魔岩騎本体の片割れを鉱山の方向へ押し進む。下り坂で段々と速度が上がり、魔岩騎本体が自らの手から離れるかといったところで飛び乗った。

 犬闘機の重量が加わり一層速度を増す魔岩騎本体。重心を後ろに傾けて上面を水平に保ちながら、サーフィンでもしているかのように山肌を滑り降りるゴロー機も、程なくして森へと飛び込んだ。

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