06_三本の杭
「無鉄砲過ぎ!」
「悪かったって! けど、これじゃあ……」
地上に降りたゴローはエシュカ機の腕を見る。今回エシュカが前腕部装甲に搭載する武器に選んだのは、硬い敵と登山を見越し、軽量で破壊力に優れた二連装パイルバンカーだった。
「素直にハンマーにしとけば良かった……」
冒険者登録試験に持ち出したハンマーも二十メートル先には届かないが、パイルバンカーより射程が長いのは疑いようがない。
「それだと帰りは闇の中だっつって止めたんだろ? 間違ってねぇ。間違ってねぇ筈だ」
歩行形態で山を登るため、機体重量が魔力消費に大きく影響する。ハンマーを選んでいたら休憩が増え、帰るまでに確実に日が落ちてしまう。夜が狩猟者の時間であることはこの世界でも変わらず、凶暴なモンスターが彷徨き始めるのだ。
「ようするに、お前が
「そうだけど、さっきみたいなのは、あたしには無理よ」
魔岩騎の脚を跳ねて登るゴロー機の動きを思い出す。『
エシュカ自身はそれほど運動神経が良くないので、ゴローのような繊細な機体運びは不得手なのである。
「だったら、行けるとこまで来させるだけだ!」
二人が話し合っている間にも、魔岩騎は脚を叩き付ける。
ゴローがその足の先端を狙い蹴りつけると、ヒビが入り欠け落ちた。
「おし!」
「ちょっと欠けただけじゃない。そんなに喜ぶこと?」
「慣れない奴が闇雲に拳を振れば、自分の手を傷める! こいつも同じだ!」
他の生き物を捕食しない。捕食されもしない。天敵もいない。争わない。
そんな生物が戦い慣れている筈がない。
同じ地域の岩同士で、片方だけが圧倒的に硬いというのも考え難い。
ゴローは魔岩騎の脚が何度か山の岩肌に当たるたび、削れているのに気付いたのだ。
「そんなこと言ったって、岩に痛覚なんて無いんだから意味無いでしょ? それともまさか、あの脚全部壊すつもり!?」
「そうだ。痛覚は無い。だからこそ、奴は自分の脚が壊れようと気にも留めない。っつーか壊れそうだと気付けない!」
痛覚は脳に危険を知らせるためのセンサーだ。
それどころか魔岩騎の岩は自然物であるため、何の感覚器官も備わっていない。
「エシュカ、パイルバンカー何発ある?」
「四本だけど……あんた、まさか!」
エシュカには見えないが、ゴローはコックピットで一人口角を吊り上げる。
「三発、それぞれの脚のできるだけ高い所に打ち込んでやれ」
「無理! あんなのこれ一発じゃ壊れないわよ!」
「いいんだ。あいつ訳の分からんバランスしてるからな。一本だけ壊しても効果は薄いだろう。だから、三本同時に壊す。そのための布石だ」
エシュカの情報を信じるならば、魔岩騎に高空を浮遊する能力はない。脚が短くなれば、その分本体が下りてくる筈だ。
「三本同時? どうやって?」
「パイルバンカーを打ち込んだら、一本壊れるまで待つ。壊れたタイミングで、残りの二本を俺とお前で殴って壊す」
「え、それだけ?」
ゴローの立てた作戦の単純さに拍子抜けするエシュカ。
「壊したら、落ちてきた本体に最後の一発を打ち込んで終わりだ」
「雑過ぎない?」
「作戦なんてのはシンプルでいいんだよ!」
「あんたが覚えられないだけでしょ」
「うるせぇな! 俺が囮になるから、その間に頼むぜ!」
叩き付けられる岩柱を飛び退いて避けると、ゴローは着地際に手頃な石を拾い、魔岩騎本体に向けて投げる。
犬闘機にとって手頃な大きさの石は魔岩騎本体を捉え、重く鈍い音を響かせた。
するとすぐに魔岩騎の動きに変化が現れる。本体は全体に岩を纏っており、隙間から漏れる光では正面がどっちなのか分からないが、ゴローを標的にし始めたようだ。
(良い手応えだ! 思ったより気を引けそうだな)
効果の程に味を占めたゴローは矢継ぎ早に石を投げつつ逃げ回る。
だが、命中したのは不意をついた最初の一個だけで、二個目以降は本体に当たる直前で空中に停止し、本体を覆う岩の鎧の一部として吸収されてしまった。
「げ、こりゃ駄目か!」
ゴローが頻繁に動くため狙いを定められずにいた魔岩騎だったが、ゴローが我が目を疑い動きを止めたため、ついにその重い脚を振り上げた。
(ここだ!)
魔岩騎の背後|(だと思われる位置)で攻撃の隙を狙っていたエシュカは脚の一本に向けて助走をつける。
ゴローに向けて岩の脚が振り下ろされると同時に、四脚のバネをフルに使って重い機体を高く跳ばす。
高さ十五メートルに届くかという跳躍の最高地点をしっかり魔岩騎の脚の至近距離に合わせられるのは、長年犬闘機を扱うことで培ってきたエシュカの経験が成せる技と言えよう。
「一本!!」
エシュカの左拳が岩脚を捉える。
衝撃に連動して射出された杭が柱のような脚に深々と突き刺さるが、エシュカの見立て通り破壊するには至らなかった。
痛覚は無くとも、その衝撃は魔岩騎が攻撃と認識するには充分だ。本体が半回転し、エシュカ機へと向き直る。
「ゴロー!」
「任せろ!」
ゴローは自分への攻撃に使われた脚にしがみつき、立ち上がった脚を再び本体の高さまでよじ登ると、本体へと飛び移る。今度は魔岩騎本体を覆う岩石に掴まり、しっかり張り付くことに成功した。
それに気付いた魔岩騎は、本体を激しく振るわせるが、両手両足を姿勢保持に使っているゴロー機を中々剥がせないでいる。
魔岩騎が次の手を打つ前に、ゴローは副脚を岩の鎧の隙間に突き入れた。
隙間から漏れる赤い光が一層強さを増し、突き入れた副脚周辺の岩が弾け飛ぶ。
しかしゴローは退路として使う脚を既に見定めており、岩の鎧が剥げる直前に脚へと飛び移っていた。
「へっ! どうよ!?」
素早く脚を滑り降り、距離を取るゴロー。本体に直接攻撃を加えたことにより魔岩騎の標的が再びゴローに切り替わる。
「二本目!!」
頭数に翻弄される魔岩騎の背後から、エシュカが二本目の杭を打ち込む。
「よし! エシュカ、来い!!」
ゴローは魔岩騎本体の下に潜り込み、エシュカを呼び込む。
三本目を打ち込むのに時間がかかれば、それだけ先に杭を打ち込んだ二本の脚に負担がかかる。先にそれらの脚が壊れてしまえば計画は水の泡だ。
そのため、ゴローは次のチャンスを待つのを止めた。
腰を落として掌を上にした両手を重ねて待ち構えるゴローを見て、エシュカは察して走り出す。
流れるようにゴロー機の両手を足場にして、最後の脚へと跳躍したエシュカ機は、脚の裏側に三本目の杭を打ち込んだ。
「三本!!」
「よっしゃ!」
ゴローは着地するエシュカ機の元へ走り寄る。ここからは動き回らず、魔岩騎の攻撃を見極めなければならない。
「奴の攻撃をギリギリまで引きつけて、奥の脚に抜ける! お前は左、俺は右だ!」
「りょーかい!」
高く振り上げられた脚が二人に向けて落ちてくる。
二人は同時に走り出す。が、ゴローは迫る石柱を仰ぎ見て足を止めた。
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