05_石清水
採掘場から森に入って数時間。
モンスター肉のサンドイッチを咥えながら犬闘機を操縦し、比較的平坦な地形に入ると片手を離し、パンと肉を食い千切る。
視界に高木が減り、だんだんと開けてきているのが分かった。
(……そろそろ、森林限界付近って言っていい頃合いじゃねぇか……?)
自分の足で登っていないのと、魔力回復のための休憩を数回挟んでいるので疲労感は少ないが、振り返ると他の山の峰があり最早イベルタリアなど欠片も見えず、かなりの高さ、距離を登って来たのが分かる。
特にゴローは魔力総量の多さと機体の軽さから、エシュカより消耗しておらず、犬闘機の行軍速度に驚くばかりだ。
「エシュカ、大丈夫か?」
「魔力が、あと三割くらい」
「よし。じゃあこの辺で長めに休憩するか」
魔岩騎の生息域に入っているかもしれないことを踏まえ、戦闘前にある程度の魔力を確保すべきと判断したゴロー。
「賛成。……あそこの岩陰が良さそう」
エシュカも同意見だ。辺りを見回すまでもなく犬闘機でもしゃがめば隠れられそうな段差が目に入り、そこを指差す。
段差を背にすれば前方の警戒だけで済みそうだ。
「ゴロー、ちょっと任せていい?」
「なんだ、またか」
「しょーがないでしょ!?」
急な大声がゴローの鼓膜に突き刺さった。通信機能はパイロットシートに集約されており、スピーカーも耳に近い高さに埋め込まれているのだ。
「分かった! 行ってこいって!」
「できる時にしなくて後悔すんのはあんただからね!」
岩陰に着くなりエシュカは犬闘機を停止させ、機体を降りる。そして段差に沿って草むらを掻き分けながらゴロー機から離れていく。
「おい、その辺でいいだろ? あんま離れたら見えなくなる」
「見えないように離れてんの!!」
「そうじゃねぇ! 見失ったら面倒だろ!」
辺りの草むらは背が高く、既にエシュカの胸元から下は見えないほどだ。しゃがめば頭も見えなくなるだろう。
だが、近付けと言うのも憚られるためゴローは妥協した。
「分かったわよ……」
天秤の片方には自分の命が乗っている以上、渋々ながらエシュカも折れた。
意を決し、段差を作っている岩に向かってしゃがみ込んでから、器用にキュロットスカートと下着を下す。
どうしても気になり、ゴロー機に目を向ける。草が邪魔になってはいるものの、隙間から見える機体はそれだけ自分も見えている証左であり、エシュカの顔が羞恥で染まる。
このままでは出るものも出ないため、無心になろうと目を閉じ、深く息を吸う。犬闘機が踏んだ草と土が色濃い香りを運び、肺に残ったコックピットの窮屈な空気が追いやられていく。
出口を求めて喉元まで上がってくる空気に、逃げ道を作るように細く長く息を吐いてやると、地面を打つ水音も聴こえ始めた。
「……ん?」
少し、地面が揺れたような気がした。
「……おい、エシュカ。戻ってこい」
ゴローも異常を感じ取ったようだが、エシュカは動けない。
「待って、まだ――」
まだ花を摘み切れていない内に、揺れが地響きを伴い始めた。
「急げエシュカ! 切り上げろ!」
「もうっ!」
膀胱を力づくで堰き止め、下着とキュロットスカートをまとめて握って持ち上げると、ベルトも留めずに走るエシュカ。
「乗れ!」
ゴローは駆け寄るエシュカに機体の手を差し伸べる。エシュカが掌に乗るや否や、エシュカ機のコックピットまで運んだ。
「起動!」
パイロットシートに滑り込んだエシュカが操縦桿を握り、魔力を流す。エシュカ機の頭部が定位置に移動し、同時にコックピットハッチが閉まると、上からモニターが備え付けられた装甲版が下りてきてハッチを補強するように嵌る。
点灯したモニターが映し出したのは、先程までより随分と高くなった段差だった。断崖と呼ぶにはまだ足りないが、直立した犬闘機の全高五メートルを超えて、見る間に高さを増していく。
「冗談だろ……聞いてねぇぞ……」
岩が立ち上がった。そんな表現が自然と頭を過る。
二十メートルを超える柱のような岩が三本聳えており、柱の上部から三本の中心に浮いている岩塊に向けて岩の橋が架かっている。その岩塊の隙間から、赤い光が漏れ、水滴が滴っていた。
「エシュカ、お前……」
「あ、あたしのせいだって言うの!?」
特徴を照らし合わせれば、この巨大な岩の三本柱が討伐対象の
「そりゃそうだろ! どう見たってお前の――」
「言うなバカ!! 潰されろ!!」
「はっ……? おっわあ!!」
潰れるという単語に悪寒を覚えたゴローが魔岩騎に視線を戻すと、今まさに柱の一本がゴロー機に向けて振り下ろされるところだった。
三本足なのに一本が地面から離れていてもまるでバランスが崩れていない。その姿勢は魔法だろうか、妙な力で保たれているようだ。
「くそっ! ギルドも杜撰だな! こんなデケェなら最初に言っとけよ!」
「違う。多分ギルドの情報は間違ってない」
「何?」
「あれ見て、真ん中の。きっとあれが本体」
足として使われている三本柱の中心に浮く赤い光を内包した岩の塊が本体ならば、ギルドの情報より遥かに大きい。
他のモンスターと食物を取り合わないことによる豊富なエネルギー摂取と、魔岩騎を捕食するモンスターがいない点、そして天敵となる筈の冒険者も魔岩騎討伐依頼を避けている。
これらの要素が組み合わさればどうなるか。
「……モンスターも成長するってことか」
「……別の捜さない?」
「そうもいかねえだろ。どうやら起こされて御立腹のようだ」
「お腹どこよ」
魔岩騎は明らかにゴロー達を狙っている。
魔岩騎の攻撃は自分の速度が遅いことを理解しているのか、点攻撃の踏み付けではなく、脚を寝かして叩きつけることで間合いや範囲をカバーする線攻撃が主だ。
しかし、動きが緩慢とは言え、その巨体により末端の速度は見た目よりかなり速い。
「それに、図体がデカけりゃ隙間もデカいもんだ!」
「隙間って、ちょっと待って!」
ゴローは左の操縦桿の頭を親指で弾いて蓋を開け、その指で中のつまみを回す。
カチッとクリック音が鳴り、つまみの目盛りが『1』を指した。
「『
二本目の魔力伝達回路に魔力を流し込む。二倍の魔力消費で二倍の出力を得る力技だ。
叩き付けられた巨大な岩柱を躱し、即座に反転。その魔岩騎の脚に飛び乗った。
魔岩騎は脚を上げゴロー機を振り落とそうとするが、ゴローは犬闘機で走るには少々手狭な脚の上を二歩で跳び、魔岩機の本体に肉薄する。
赤い光が漏れる本体の外殻は、犬闘機の拳が入り込めるほどの隙間が開いていた。
「思った通りだ!」
いざ拳を打ち込もうとしたその時、本体が移動し射程外へ逃げられた。
「げ……!」
伸ばした腕は空を切り、空中に取り残されたゴロー機はただ落ちるのみだ。
「お、おい! 脚! 打ってこい!」
魔岩騎から脚による攻撃があれば、上手くそれに掴まって安全に着地できる可能性もあった。
だが高く上がった魔岩騎の脚は、本体に近づき過ぎたゴロー機を捉えられないと悟り、そっと地面に下ろされた。
二十メートルを落下しながら、ゴローは攻撃を止めた魔岩騎に激励じみたツッコミを入れる。
「諦めんなよ!!」
自分こそ諦めるか否かの瀬戸際なのだが、つい口を突いて出てしまった。
「やっぱそうなるのね!」
落下地点に先回りし、落ちてきたゴロー機をキャッチするエシュカ機。
「助かったぜ……!」
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