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「こんっの馬っ鹿野郎!! 整備したてのACWをスクラップ寸前にしやがって!」


 コックピットのハッチを開け、タラップに足を下ろした瞬間、名整備士の大音声が帰還したばかりの女の鼓膜を直撃した。

 目下の髭面が顔中を真っ赤にしてこちらを睨んでいる。

 女は溜息を吐き出しながら、階段を降りてボブの前へと進んだ。


「見ろ、そこらじゅう弾痕だらけだ! どんだけ弾っころ浴びればこうなるんでえ!」


 言われてみれば愛機は酷い有様だろう。

 胴部は元より、肩や腕、脚部等の大抵が被弾している。

 弾痕からいって戦車部隊の12.7mm機銃が至る所に刻まれ、腕の装甲が捲れあがっているのはACWの23mmマシンガン相当だろうし、脚部装甲をへこませてたのはショットガンの類だと思われる。膝のワイヤーカッターは敵機に突き刺して折れたからないのは当然だ。

 いずれにしろ、すべて致命傷にはなっていないのだから、スクラップはないだろうに。


「そこまで重傷に見えない。さくっと修理してくれ」


 早速、ACWの間接部の点検を始めていたボブが悲鳴を上げた。


「んだこれ!? アクチュエーターもボロボロじゃねえか! 一体、どんな無茶しやがればここまでぶっ潰せんだ?」


 他の整備士もボブに加わり、愛機は装甲を取り外され、瞬く間に丸裸にされる。

 その度に整備士達が驚愕を露わに悲鳴を上げ、ACWの惨状を嘆いていた。

 女はハンガー内をぐるりと見渡した。

 襲撃により半壊しかけてたが、中のACWは無事で、今はそれらが瓦礫の撤去作業に従事している。砲撃による火災も鎮火され、死傷者も少なく、基地機能に大きな障害はない。

 あれほどの規模の襲撃に対して、軽微な被害で済んだは素直に喜ばしい。

 

 とにかく戦闘の後だ。

 

 シャワーで汗を流したい。

 ついでに、一服もしたい。

 とりあえずの方針を決めたので、とっととハンガーを出よう。


「おい、待ちやがれ」


 その矢先に、ボブだ。


「なんだ? わたしは忙しいんだ」

「なんだもヘチマもねえ。てめえのACWはパーツ丸ごと交換だ。穴だらけの装甲版も各所ぼろぼろのアクチュエーターも修理ってレベルじゃねえ」

「ならパーツを変えてセッティング仕直してくれ。実機調整は自分でやる」


 ここでなぜかボブは、仰々しいほど特大な溜息を吐き出した。


「てめえ、金持ってるのか?」

「……は?」


 一瞬、何を言われているのか分からなかった。


「だから、てめえのIDからパーツ代を差し引こうとしたらよ、足りねえんだ」

「なんだと……?」


 女はボブから端末をもぎ取って残高確認をする。

 軍から支給されたウィノアドルが収まる口座の残高が、


 ――ほぼない。


 ACWは基本的に軍の官給品で装備類も統一されている。

 だが、尉官ともなれば多少のカスタマイズは認められていて、各パーツを丸ごと特注品に交換することも出来る。

 当然、それらは自費になるが、規格統合提携のおかげでそこまで値の張るものでもない。

 だからといって、無限にパーツ交換が出来るのかというとそうでもない。

 カスタマイズはやりだすと底なしの沼だ。

 有り体にいって、お金がなくなる。

 今その状況が、女を襲っているのだ。

 若干、青ざめている様子を横目で見たボブが端末を奪い返し、女の肩に手をやった。


「次回の支給まで諦めろ。最低限の補修はしておくが、あんなんで最前線の激戦区に行くんじゃねえぞ。リミッター機構がACWの動きを抑制する。てめえお得意の派手な近接格闘も出力制限で真価を発揮しねえ。どのみち、この状態じゃあ戦場にいても役に立たねえ。お荷物扱いされたくなかったら素直に引っ込んでたほうがいいだろうな」


 そう言ってボブは女の手から端末をもぎ取ると、話は済んだとばかりに背中を向けた。

 残された女は唖然としながら、自分のACWを見上げるだけだった。




 日が落ちてもカペラ基地近郊に涼しさは訪れない。

 密林地帯に近いのだから当然なのだが、その特有な熱帯気候に辟易する。

 女は生温い夜風に当たりながら、格納庫外の喫煙所に佇んでいた。

 基地の至る所で復旧作業が続き、照明が煌々と輝いている。各作業員が忙しく走り回り、重機と共に作業用ACWも駆り出されていた。

 視線を転じれば、基地に補給で立ち寄った戦車部隊が出発しようとしている。

 先の戦闘で火力戦を担った戦車中隊のウォンバットだろう。

 砲塔から乗員が身を乗り出し、こちらに向かって敬礼をする。

 女は何気なく敬礼を返すと、戦車の後方に続く別部隊のACWまでが器用に敬礼をしてくる。


「ここにいたのか。クラッシュ・ウィザード大尉」


 きっちりと身なりを整えたラインマン大佐が声を掛けてきた。

 再度、大佐に対して敬礼をした女は無言のままポケットから煙草を取り出す。

 が、箱の中身は空っぽだったので、力任せに握り潰して灰皿に放り投げた。


「ボブから聞いたよ。君のACWはCPU以外は丸ごとスクラップだとね。しかも、支給額が足りなくて当分は戦線に復帰でそうもないと」


 この上官は余程、暇を持て余しているのだろう。

 たかが、その程度の事をわざわざ言う為にここまで足を運んだのだから。


「まあ、激務続きなのだから休暇には持ってこいじゃないだろうかね」

「……わたしから戦いを取ったら、何も残りません」


 女はこれが自分の本意だと思っている。

 

 戦い続けるしか脳がないし、それでしか生きる価値を見付けられない。

 戦っている時こそ、生きてる実感を持てる。

 戦いを止めてしまえば、


 ――罪に苛まれるだけだ。


「その嗜好品を止めていれば、残っていたんじゃないかな? 健康にも悪いし、財布にも良くない。大分、本数が多いようにも見えるしね」


 やはり大佐は皮肉を言いに来ただけのようだった。


 ――戦友を死なせた嫌がらせ、か。


 ラインマン大佐の視線が、左胸にある戦地殊勲章を捉えている。

 セントラルでの功績が、大佐にとっては別の意味に見えるのだろう。

 女の心臓が鷲掴みにされたように痛み出した。

 早急にこの場から立ち去りたい衝動に駆られたのか、足が勝手に動き出そうとする。


「フロッシュで前線に出たのはね、実際に君の戦闘を見てみたかったんだ」


 大佐が女に近づき、小さな金属ケースを取り出して中身を開ける。


「正にヴィル仕込みの操縦だね。まるで全盛期の彼奴を見ているようだったよ」


 ケースには二本の葉巻が入っており、一本を加えた大佐は、もう一本を女に差し出した。


「実に見事な戦いだった。想像以上の操縦技術、多彩な運動性。あれらは常人を上回る感性を持っていないと不可能だろう。まるでACWが曲芸をしているようだった」


 葉巻を受け取らない女だったが、ずっと差し出されていては仕方ない。


「……ありがとうございます」


 改めて受け取った葉巻を口に咥えて火を付ける。

 初めて吸う葉巻の味は、お世辞にも旨いとは言えず、女の好みにあったものではなかった。


「勝利の後はこれだと、よくヴィルと話し合ってたよ」


 大佐のほうは余韻に浸りながら煙を吐き出している。


「優秀な軍人は戦場において常に慎重であり、それゆえに生き残る。今回の戦闘は慎重をどこかに置き忘れた特攻作戦、一か八かの賭けだ。しかし、多くの兵を救うにはそれしか選択肢がなかった。君は、だから、単機での特攻を選んだ」


 基地を救おうと思って動いたわけではない。

 籠城するよりACWの機動性を生かした戦いのほうが、被害を最小限を抑えられると思っただけに過ぎない。


 それに、


「死ぬのは案外、難しいだろう?」


 大佐の言葉が女の心を見透かしたように貫いた。


「セントラル市の功績は、軍全体で見れば多くの部隊を救ったのだから名誉な事だ。だが、部下にしてみれば、仲間を全滅させた、忌むべき隊長だ」


 言われなくても、自覚している。

 そう言ってくれるほうが、むしろ有り難い。


「君は死にたがりのACWパイロットだが、同時にタフな”何か”に守られているかのように死ねない。この先、激戦区へ戻る機会があっても、死神の禿親父は君が来る事を拒むだろうからな。その奇怪な特技を生かすかどうかは、君の自由だ」

「……大佐の仰る特技を生かそうにも、今のわたしにACWは有りません」


 ラインマン大佐は旨そうに葉巻を吸い切ってから、ゆっくりと吸い殻に落とした。


「なあに、相手から来るさ」


 何が面白いのか、灰色の瞳をきらりと光らせながら微苦笑を浮かべる。


「君の操縦技術に惚れ込んでね」


 これで話が終わったのだろうか、大佐はくるりと背を向けた。


「ああ、それとね」


 思い出したかのように俯きっぱなしの女に言った。


「彼等が礼を言っていたよ」

「……何の事でしょうか?」

「ワイルドグース隊のエドガー少尉。ドラグーン隊のクロウ少尉。ブルーバードのノン少尉。ウォンバットのビーン少尉。皆、セントラル市で君に救われた部隊員さ」


 女は、はっとなって顔を上げた。

 遠く去りゆく戦車の砲塔では、まだこちらに上体を向けて敬礼している。

 随伴する2機のACWも、片手を上げたままだ。

 上空では、轟音を奏でる一機の航空機が翼を振って通過する。

 燃料がないと言っていたのに。


「たまたまウォンバット中隊のビーン少尉が君を発見し、皆に連絡したそうだよ。航空支援も救援も早かったのは、それが理由らしい」


 大佐の言葉が聞きながら、女は基地を後にする部隊を見詰めていた。


「君が彼等を救ったんだよ」

「…………そう、ですか」

 

 闇夜に消えていく、勇敢な戦士達に、

 

 女は踵を綺麗に合わせた最上級敬礼で見送った。

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My Unsung War ケイ/長瀬敬 @pompomkuroquro

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