4-3
無誘導で着弾した対地爆弾の威力は凄まじかった。
女のACWは全速力で離脱するも、強烈な衝撃と断続的な振動が愛機の背中を震わせた。
凄まじい爆風に煽られるが、反射的に立体機動の操作をこなした女のACWはうまく地上に滑らせる。
だが、それこそが作戦の成功を物語っていた。
「命中! ナイス誘導だったぜ」
通信機からブルーバードの歓声が流れる。
モニターにはアリスからの解析情報が映り、すべての戦車が沈黙しているのが分かった。
女はACWを止め、小さく息を吐き出す。
猪突猛進、破れかぶれの特攻戦法だ。
こんなのは、作戦などと言えるものではない。
正直、上手くいくとは思っていなかったが、今はよしとする。
まだ、戦いは終わっていないのだ。
「大尉。無人偵察機によると、敵のロケット自走車両は撤退していくようだ」
「敵ACWは?」
ラインマン大佐は首を振って答える。
「基地からサテライトスキャンの要請はできますか?」
「この時間帯に上空を通過するP.O.C.U軍の衛星はないそうだ」
女は苛立ち紛れに唇を噛む。
敵は二手に分かれて基地を打撃しようとしていた。
時間的にそろそろ強襲されてもおかしくない。
「アリス!」
「いや~、おたく、ほんっまに凄いな。何やあの空中機動? 戦闘機のマニューバみたいなもんかいな? どうやってその動きを制御できるん? おたくのCPU解析させて欲しいな」
「ちゃんと彼女の情報を調べたかい、アリス? 闘技場でフロッシュジェットナックラーの異名を馳せてたじゃないか。多分、その時の経験を蓄積させてたんだと思うよ」
多脚ACW二人組みの呑気な会話が女の癇に障るが、指摘している暇はなかった。
「いいからACWを探せ!」
再び高所へと愛機を走らせた女だったが、有視界において敵の姿は見当たらない。
基地に戻って待ち構えるのも一つの手とも言える。
しかし、そこで乱戦にでもなれば基地の壊滅的打撃は明白だ。
少女の駆るACWのセンサーでも捕らえらない状況を加味すれば、相手部隊は相当の手練れに間違いない。
「P.O.C.Uのサテライトスキャンは無理やけど、うちらなら、と」
愛機のモニターが高高度の画像へと摩り替わった。
「U.E軍や関連企業の打ち上げた衛星なら、あるで!」
戦術データリンク接続と表示され、衛星画像が青と赤の色に染まる。
「んで赤外線モードに変えれば、相手にECMがあろうと、関係ないわ!」
敵ACW部隊と明確に分かる熱源を捕らえた。
10の熱源は基地の北側正面より大きく迂回し、後方より接近していた。
女は操縦桿を傾けACWを転回させる。
接敵まで時間がない。
「大佐! ウォンバット隊を座標A-03へ!」
「了解した」
後方無警戒のところに敵ACWが襲来したら戦車部隊は一溜まりもないが、当該座標も後退させる場所としては不適切だった。
だが、ラインマン大佐は女の意図を知ってか知らずか、素直に応じる。
女は無心でACWを駆った。
敵が基地へ到達する前に行かなければならない。
愛機は装甲を削りに削った極限までの軽量化は、膨大な余剰出力を生み出している。
機動性や運動性は通常のACWより抜きん出ていた。
その速度を存分に活かし基地正面から入り、南端まで一気に縦断する。
横を通り過ぎるウォンバット隊はもとより、負傷者の救護、復旧作業をしている基地要員は一人残らず絶句していた。
ACWが通常歩行でも戦速歩行でも出せる速度ではない。
ランドホイールを使ったローラーダッシュと大差ないスピードだった。
これでは脚部のアクチュエーターどころか、相対的に降る両腕にも大変な負担だろう。
整備士のボブが見たら頭を抱えたに違いない。
いくら軽量化を極めたとしても、十数トンはある鋼鉄の巨体だ。
オーバーホールは確実だろう。
それでも、大事な愛機を病院送りにしなければならなくても、
――急がなくては。
N.O.A.S軍のACW部隊は、作戦の成功を確信していた。
秘匿行動を続けて警戒ラインに侵入し、カペラ基地目前に迫れた。
誤算だったのは戦車部隊が航空爆撃で壊滅したくらいだったが、陽動の目的は成功した。
後は基地に残る残存部隊の掃討と、基地施設の破壊のみ。
たかだか十分程度の仕事で、救援が到着する前には撤退する算段だった。
しかし、レコンより通信が入り、一機のACWが急速接近しているところから、すべての作戦が台無しとなった。
驚異的な速度を発揮する漆黒ACWを前衛4機で包囲しようとしてもするりとかわされ、易々と後衛機を食われてしまった。
何とか体勢を立て直すも、その機動性に翻弄され弾は当たらず、こちら側の損耗ばかりが蓄積されていく。
相手はたった一機の、しかも近接格闘のみのストライカーだ。
容易く葬れるはずがこの様である。
ところが、何を思ったか漆黒のACWは退避行動を取り始める。
まさかラジオによる航空支援要請かと警戒したが、周囲に航空機の影はない。
その様子を見た漆黒のACWは一端停止してから、すぐさま走り出す。
完全に舐められている。
N.O.A.S軍のACWは、漆黒のACWの追撃を開始した。
「やっぱりおたく、無茶にも程があるで!」
通信機からアリスの叫びが流れる。
正面のN.O.A.S部隊の構成はアサルト4、ジャマー2、レコン1、その他支援機3。
バランスの取れた激戦区に相応しい構成に対し、たった一機に挑むのは無謀だ。
それでもマシンガンとライフルの弾幕に怯むことなく正面から切り込む。
操縦桿を傾け急速転回。
弾幕をすり抜け後衛に接近。
速度の乗ったナックルがセンサーを背負ったレコン機を粉砕。
モニターに有視界ロック表示。
光跡が一直線に迫る寸前、肩のチャフを展開。
軌道が狂ったミサイルは中空で爆散。
残光の合間に控えるECM機もナックルの餌食とした。
あっという間に二機を屠った相手に動揺したN.O.A.S部隊だが、すぐさま体勢を立て直して包囲の構えを見せる。
支援機をカバーするように4機のアサルトが再接近するも、速力を活かした女のACWは残るジャマー機に突進した。
そこへ待ち構えるように、支援機の持つバズーカが火を吹く。
視界に端で映し出される地面のギャップを確認。
刹那のローラーダッシュでバズーカの弾頭に急速接近。
瞬時のジェット出力最大。
三半規管から愛機の状態を把握。
それは、女の腕と柔軟なアクチュエーターの成せる業だった。
バズーカの弾頭を、浅い角度で突き出したナックルに、
――当てた。
瞬間、白跡が逸れて後方地面へ着弾。
爆風を纏いたままジャマー機へ飛翔する女のACW。
片膝を突き出しコックピット部分にワイヤーカッターを突き出す。
その感覚を操縦桿からダイレクトに感じた女は、苦渋の表情を浮かべながらも動きは止めなかった。
衝撃で圧し折られたワイヤーカッターをジャマー機に残し、離脱行為に入る。
体勢の整ったアサルト機が猛反撃を開始する前に距離を取った。
「大尉。ウォンバット隊が位置に付いたぞ」
ラインマン大佐からの通信だ。
これ以上の近接格闘は危険である。
動揺を突いての戦いだからこその3機撃破だ。
連携の取れる前衛専門のアサルト4機を相手にするのは分が悪すぎる。
それに、手玉を取られた相手が背を向けるとどうなるか。
――やられたほうは躍起になって追撃してくる。
女は転進し、一目散な退避行動に移った。
まだ冷静にいられたならば、容易に想像が付く行動だ。
更に一度、脚を止めて振り返る。
この仕草で反応すれば、完全に術中に落ちたと確信出来た。
案の定、残ったN.O.A.SのACWが猛然と迫って来る。
再度、愛機を加速させ脱兎の如く逃げの演出をする。
「な~るほど。それ報告書で見たわ。おたくの得意の手っちゅ~ことやな」
「なに? どういうことだい、アリス?」
「えぇ? ショウさんがくれた報告書に載っとるやん。自分で渡したのに覚えてへんの?」
「こう見えても僕は戦闘は苦手でね。クラッシュの取る戦術なんてちんぷんかんぷんだよ」
まるで鼻歌を歌うような気軽の会話だ。
お遊びでやっているわけではないのだが、アリスの的確な支援の賜物もある。
女は黙って通信機のお喋りを聞きながら、予定ポイントを通過した。
追ってくるN.O.A.SのACWも同じルートをトレースしている。
レコンが入れば気付けただろう。
ジャマーがいれば欺けただろう。
だが、それらのACWはいない。
目と耳と口という欺瞞を削ぎ落としたのだ。
岩場の点在する地面を良く見れば、砲塔が突き出しているのは分かったはずだ。
怒れる猛犬に成り果てたパイロットに、その注意深さはない。
窪地に配置されたウォンバット戦車中隊の十字砲火が、
――炸裂した。
地面が轟き、土煙が舞ったと同時に、爆炎と黒煙が吹き荒れた。
完膚無きまでの榴弾を叩き込まれたのだ。
見ればN.O.A.SのACWの半数が各坐していた。
戦車砲の圧倒的な火力をまともに受けては、さしものACWも一溜まりもない。
女のACWは停止して振り返る。
大破を免れたACWも無傷なわけがなく、各部パーツが吹き飛んだ状態だ。
まだ腕が無事なACWが、果敢にも銃口を向けてくる。
しかし、女は避ける動作もしなかった。
モニターに現れるフレンドリー反応。
救援に向かって来た友軍機だ。
それらから放たれたミサイルが、アリスのセンサーに誘導されて、残ったN.O.A.SのACWに命中する。
平原の夕焼けを、よりいっそうの朱色に染めた業炎が広がった。
まるで、自分の業を象徴するかのような光景だろう。
女はこの小さな勝利に、微塵も喜びを感じる事が出来なかった。
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