4-2


「ちょい待ち! おたく一人で戦うのは無茶やで!」


 素っ頓狂な声が女の耳を劈いた。

 周囲を確認すると、後方に不恰好な多脚型ACWが歩いている。


「うちの支援があれば、無茶やないけどね」


 モニターに相手のパイロットが映った。

 先程、食堂で会った少女、アリスが片目を瞑ってこちらを見ている。

 これには正直、驚いた。

 今は喉から手が出るほど欲しい戦力だ。

 是が非でも手伝って貰いたいのだが……。


「きみのACWは……、非武装に見受けられるが……」

「その通りや! 背中にセンサー、右腕にECM、左腕にラジオと規格統合提携外の特注兼自作の支援特化型戦闘ポンコツACWやで!」


 自信満々に言いのけるアリスを前に開いた口が塞がらない。

 現状の戦闘戦力が必要な状況下で、まったくの役立たずとはこの事だ。


「おいおい、何て顔をしているんだ、君は。戦いは情報戦を制したほうが勝つんだよ?」


 今度は別の意味で驚いた。

 あのスーツ男のショウも一緒のACWに搭乗している。


「……自称整備士が、戦闘のイロハを語るのか?」


 疑わしそうに聞く女に、ショウは胸を張って答えた。


「戦闘は苦手だけどね、生き残るっていう術は心得ているつもりだよ」


 頼もしい発言なのは分かっている。

 だが、何度も言うように、今は戦闘部隊に対抗出来る戦力が必要なのだ。


「私も手を貸そう」


 今度は物の見事にコックピットで突っ伏してしまった。


「大佐!? あなたは状況を理解しているのですか? 基地司令官が現場に出てどうするのです? おまけにそのACW、フロッシュではないですか!」


 パネルにぶつけた額を擦りながら、女はこの狂った変人達を奇妙な目で見据える。


「何を言うか。フロッシュは優秀な機体だ。現に君だって闘技場で良い結果を残している」

「それは、軍の支給額で買えるACWがあれしかなかっただけで……」


 個人でACWを所有するのは簡単だ。

 軍の横流し品や型落ち品等で市場は溢れ返っている。

 女はフロッシュでなくとも良かったが、偵察機動部隊で使用する愛機に金をかけたかったので、仕方なく安価なACWを買ったに過ぎない。

 というか、そんなフロッシュの事より司令官が前線に出ているほうが問題だった。


「いいから基地に戻って下さい!」

「なに、私には優秀な副官がいる。今は何よりACWが必要だろ? 指揮は君が取りたまえ。一介のACWパイロットとして君の指示に従う」

「ええなそれ! うちらでスコドロ結成やね」


 頭がくらくらしてしまった女だ。

 ど正論なのだが、禿親父のレクチャーを受けても上達しなかった大佐の腕に、ポンコツ支援機のアリス&ショウ等は邪魔にしかならない。

 とてもじゃないが、スコードロンとしては致命的な編成だ。


「で、どないする? クラッシュ?」

「何から手を付けるのかい? 大尉?」

「作戦は? ウィザード?」


 三者三様、どれもがお守り確実で立派な”戦力”なのに、声だけはやる気に満ちている。

 頭痛を覚えた女は大きく溜息を吐き出して、気力を奮い起こした。

 敵がすぐそこまで迫っているので、口論している場合ではない。

 不屈の精神で盛大な文句を飲み込んだ。


「目の前の戦車部隊はわたしが叩く。アリスと大佐は敵ACW部隊を見付けろ」


 返答を訊く前に女はACWを疾駆させた。

 この2機はどう考えても足手纏いだ。

 それなら後方に下げ、未だ発見していない敵ACWの索敵が適任だろう。

 

 ――目の届く範囲で、死なれたくない。

 

 予断を許さない状況なのはわかるが、せめて自分が死んでから死んで欲しい。

 自分が死ねば、否応なしにアリスも大佐も下がるだろうから。

 そんな後ろ向きな思考を中断させる甲高い声が通信機に入る。


「クラッシュ、朗報や! うちのラジオが航空部隊を捕まえたで。帰還中やけど爆弾持っとるらしいから、今からおたくに繋ぐわ!」


 瞬時にパネルを操作して、アリスが捕らえた通信に接続する。

 航空支援があれば戦局は覆せる。

 すぐさま通信機から、航空部隊の陽気な声が流れてきた。


「こちら空防軍実略部攻撃戦術航空団“ブルーバード”のノン。クソッタレN.O.A.Sの頭上に爆弾をお見舞いにきたぜ」

「偵察機動部隊のクラッシュだ。貴君の援護に感謝する、ブルーバード。さっそくだが、そちらで地上の敵ACWを確認できるか?」

「いや、上空からだと敵味方の区別はできない。すまないが、落としてほしいところに赤外線ビーコンで誘導してくれ」


 女は盛大な舌打ちをする。

 いつも常備している赤外線誘導装置を所持していなかった。

 おまけにもっとも厄介な敵ACW部隊を、上空からでも発見出来ていない。

 ならば、目の前の戦車部隊を優先させるしかないが、どうやって正確に爆撃させるか。


 ――スモーク弾だ。

 

 女はブルーバードに問いかける。


「ブルーバード! 今から爆撃ポイントにスモーク弾を打ち上げる。これなら赤外線ビーコンじゃなくても目視でやれるだろう?」

「ああ、恐らく大丈夫だろう。ただし、我々も帰還途中で燃料が少ない。アプローチは一回限りだから正確に頼む」

「到着予定時刻は?」

「三分もないぞ。」

「了解、ブルーバード」


 女は一端、ブルーバードとの通信を切ると愛機を加速させる。


「まさか、ほんまに突っ込むだけなん?」


 アリスの疑わしげな声に、女はにやりと笑った。


「効果的な爆撃をするにはそれしかないだろう」

「いやいや、それほんまに無茶やで!? 戦車に囲まれるわ!」

「最初はナックルだけで屠るつもりだった。それを考えれば突っ込むだけなんだから容易い」

「おたく正気なん!? 噂通り、頭がクラッシュしとるやんか」

「ぐちぐち言う暇があるのなら、支援の一つでもしたらどうなんだ」


 女のACWは黒い機体を疾駆させ、敵戦車部隊の側面へと躍り出る。


「分かったわ……。ほんで、何が欲しいん?」

「詳細な地形情報でもくれるんだったら貰ってやる!」


 戦車部隊が全速力で駆け抜けてくる女に気付いたようだ。

 基地へと突進しながら、重々しく砲塔を回転させ始める。


「ほな、地形追随レーダー走査情報を加工して、と」


 砲塔がこちらを向き、愛機が捕らえつつある。


「戦術データリンクでおたくのモニターに画像データを送信」


 通信機から流れる呑気な声でモニターが切り替わり、自機と戦車間の擬似画像が映った。

 戦車から閃光が生まれる。

 高速の弾頭がACWの横を通り過ぎ後方に着弾。

 大口径砲弾を動く目標に当てるのは至難の業だ。

 装甲の薄いACWに対しては榴弾を用いたほうが効果的なのを分かっていない。


 ――未熟な戦車兵だ。


 それでも、コックピットまで伝わる弾道の衝撃が女の肌を強烈に刺激した。

 スモーク弾を撃ちたい衝動に駆られてしまう。

 戦慄が迸り、激しいプレッシャーを感じる。

 主砲だけではなく、砲塔に備え付けた自動機関銃までもが火を吹いた。

 女のACWは極限まで装甲を削り、余剰出力をすべて機動力に回している。

 12.7mmでさえ命取りになり兼ねない。

 巧みな回避運動を駆使しながら戦車との距離を詰めるが、すぐ傍で地面を抉る主砲の一撃に機体は揺さ振れる。

 

 ――上等じゃないか。

 

 戦場の空気が、装甲を通じて手に取るようにわかる。

 ACWの手足がまるで自分の四肢と一体化したように滑らかに動かせる。

 女は自分で意識しない内に唇を吊り上げ、壮絶な笑みを浮かべていた。

 偵察機動部隊に所属してから、激戦区となる最前線の空気を味わっていなかった。

 隠密行動が主体の偵察行動は、慎重に動き、敵に見付からないようにする。

 戦場の暗がりを影のように徘徊する任務は、本来の女の性分ではない。

 

 だからかもしれないが、

 

 女は信じられないことに、

 

 戦闘を楽しんでいた。


「アリス! 前方90度範囲、地面のギャップ情報を出せ!」

「了解や!」


 繰り出される戦車の砲弾を掻い潜る女のACWに対し、N.O.A.S軍の戦車部隊は動揺を見せている。

 凄まじい運動性能を発揮するACWを止める為、狂った用に砲火が乱れる。


「こちらブルーバード。目標まであと20秒を切った。スモークはまだかい?」


 時間がない。

 回避運動を止め、一直線にACWを加速させた。

 戦車の射撃手にとっては絶好の機会だろう。

 いくらスピードが速くても、真直ぐ突っ込んでくる的ならば当たる。

 数門の戦車砲が一斉掃射。

 必中距離の弾頭は、女のACWを間違いなく捉えるはずだった。

 しかし、次の瞬間、漆黒の機体は宙を舞う。

 地面のギャップ目掛けローラーダッシュ。

 膝を落とし跳躍と同時にジェットバックパックを最大出力。

 機体を空中回転させた曲芸技で砲弾を回避。

 勢いをつけそのまま陣営に切り込んだ。

 その有り得ない機動に、N.O.A.S戦車兵は口をあんぐりと開けて呆けてしまう。

 戦車部隊のど真ん中に着地した女は、素早くスモーク弾を上空に打ち上げ、左右にいる戦車に目をくれることもなく突き抜けていった。


「ブルーバード!! ここに落とせ!」


 視界の片隅で3機の航空機が機首を下げ、爆撃体勢に入っているのを確認。


「了解。スモークが見えた。ソルジャークラッシュ、離脱してくれ」

「心配無用だ! とっとと落とせ!」


 刹那、背後で爆音が轟く。

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