4-1


 基地全体はさながら洪水のようだ。

 数棟の格納庫が炎上し、基地要員が慌しく消火活動にあたっている。

 その間にもロケット弾が各所に着弾しているが、退避せず勇敢だった。

 ACWが格納されているハンガーにも着弾している。

 頭が働くよりも身体が先に動いた女は、屋根の一部が崩れ落ちたハンガーへと滑り込んだ。

 中は蜂の巣を突く有様だ。

 パイロットや整備士が右往左往し、激しい怒号が辺りに飛び交っている。

 女のACWは無事だった。

 すぐさまロッカーからパイロットスーツを取り出し、走りながら器用に着用する。

 整備台をよじ登り、コックピットに飛び込んで愛機を起動させる。


「クラッシュ! どうする気でえ!?」


 無事だったボブは女の様子を見るなり、警報にも勝る地声で喚いた。


「これは敵襲だろう。出るぞ!」

「んなことはわかってらあ! まだ他の奴らの準備ができてねえんだぞ!」

「だったら早く出撃できるように尻でも叩いとけ!」


 女は愛機の出力を上げる。

 崩れ落ちた屋根の残骸を強引に退かしながら、ハンガーを飛び出した。


「こちらクラッシュ。状況を確認したい。指令室、応答せよ」


 通信回線を開いて基地の指令室を呼び出す。

 その間にも女は手早く愛機の装備をチェックしていた。

 笑ってしまえるほどの武装だった。

 両手にあるのはナックルのみ。

 今すぐにハンガーへ取って返したい衝動に駆られるが、時間が惜しい。

 他の装備は、肩にある注文通りのチャフグレネードのみ。

 ご丁寧にチャフ、スモーク、閃光弾が装填済みだが……


 ――これではスクランブル発進と一緒だ。


「ボブめ。貴様の仕事の早さに心から拍手を送りたいよ」


 ワイヤー固定式のベルトがないからといって、シュラングライフルまで降ろす事はないだろうにと、女はあえて自分の迂闊さを棚に上げて笑う。

 

 ストライカーとして、

 己の腕のみで戦う状況が、

 戦士の闘争心を刺激したからだ。


「こちら指令室。聞こえるか? ソルジャークラッシュ。基地の警戒線にN.O.A.S軍のACWを捉えた。数はおそらく十数機、他は戦闘車両と確認」

「情報をはっきりしてくれ。ACWが何機で、戦闘車両は何両だ? 戦車なのか装甲車なのかも詳しく知りたい。ACWの部隊構成と、戦闘ヘリの有無はどうなんだ?」


 基地からの返答にしばらく間があった。

 ちょうど丘陵に差し掛かったところで、女はACWを停止させる。

 軽量のセンサーを搭載していれば自分で確認出来ただろうが、今の愛機はジェットバックパックを搭載していた。

 ただ、基地に駐留中であればそちらの情報を拾ったほうが早いのも事実。

 しかし、機先を制されて混乱している指令室の情報は曖昧だった。

 せっかく優位な高所に陣取っても、狙撃ライフルを装備していないので対応する術もない。

 女はコックピットを開き、双眼鏡で前方を見据えた。

 水平線の彼方から白い筋が放物線を描いて基地に向かっている。

 発射されているロケット弾がACWからなのか、戦闘車両からなのかは分からない。

 大体、これだけ見通しが良いのに接近されるまで基地が気付かないのもおかしい。


 ――またECMか。


 部隊構成に電子作戦機のジャマーを入れるのはもはや定石となっている。

 レーダーセンサーが無効とされれば残るはソナーセンサーだが、デコイさえ用意すれば幾らでも誤魔化せる。

 頼りになるのは目視での偵察のみだ。

 すると、指令室はそのような状況は把握していたのだろう。

 女の頭上を小型無人偵察機が通過した。

 あれと情報を共有する戦術データリンクシステムを搭載していれば、自分でも状況を掴めるが、残念ながら愛機にその機能はない。

 歯痒い思いをしながら双眼鏡を目に当てる。

 水平線が土煙で霞み、肉眼での索敵は限界のようだった。

 その時、指令室から通信が返ってきた。


「悪い知らせが二つある。まずは敵の編成からだ。ACW10機、戦車が10両。そちらの前方に展開されているのはロケット弾を搭載した装甲車両10台だ」


 女はコックピット内で盛大な舌打ちをする。

 数が以外に多い。

 カペラ基地は前線よりも近からず遠からずなのだが、ここまで敵の侵入を許すとはP.O.C.U軍が押されている証拠だろう。


「もう一つの悪いほうは?」

「先の制圧射撃で基地のACW稼動数が少ない。周辺の部隊へ救援要請を出したが、到着まで三十分はかかる」

「他に戦闘部隊はいないのか?」

「補給で立ち寄っていた陸防軍の戦車中隊“ウォンバット”が出撃準備中だ」

「有難い戦力だよ、まったく」


 それを聞いた女は、あまりの戦況不利に舌打ちをする。

 ここまで出たはいいが、単機で戦おうとはさすがに思っていない。

 基地に駐留中のACWが出てくるまで攪乱していれば良かったのだが誤算である。

 友軍機が来ないとなると引くしかない。

 戦力がACW1機と戦車部隊だけでは持ち堪えるのは困難だ。

 N.O.A.S軍の構成はACWを主軸とした機甲打撃群と推測される。

 基地の占拠ではなく、駐留した部隊と基地機能の喪失を狙った編成であろう。

 であるならば、素直に引いて救援部隊と共に反撃に出たほうが理に適っている。

 だが、その行動は、基地の壊滅的被害を招く。

 自分が引く事で、自分だけが助かる事で。

 合理的な戦術的撤退を行う事で。


「……そんな事、出来るわけないだろう!」


 女は首もとの認識票を掴み、叫んだ。

 誰かを犠牲にする戦いに、何の合理性があるというのだ。

 

 ――何かを考えろ。


 頭脳をフル回転させ、他に有効な策がないか考える。

 瞬きを止めた目が、双眼鏡越しに敵影を射抜いた。

 

 ――戦車発見。

 

 大口径と重装甲を備える陸の王者。

 未だ陸戦の重要な駒として覇を誇る怪物だ。

 しかし、戦車の他は見当たらない。

 ACWと離れ、挟撃戦術で基地を叩くつもりだろうか。

 ある意味、好都合かもしれない。

 各個撃破の契機、この絶好の機会を逃すのは馬鹿げている。


「指令室。敵戦車部隊を発見。ACWは不明。これより戦車部隊と交戦に入る」


 そう告げると女は愛機のコックピットに収まり、高台から降りた。

 正面から戦車と相対するのは正直、御免だ。

 主砲の火力はACWの装甲を易々と貫通する。

 速力を活かして回り込み、側面から叩く。

 側面装甲であれば、ナックルの衝撃で搭乗員を戦闘不能に出来るだろう。

 懐にさえ飛び込めば、視界の悪い戦車など造作もない。


 ――せいぜい暴れてやるさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る