3-4


 晴れ渡る外の空気を胸一杯に吸い込んでから、女は煙草に火を点けた。

 格納庫に近い場所であるが人の気配はない。

 遠くのほうから風に乗って、微かな人のざわめきが聞こえるだけだ。

 それくらいなら問題ない。

 ようやく心を落ち着かせる事が出来た。

 しばらくの間、煙草を満喫する。

 ゆっくりと吐き出した煙が、きままなに流れていく。

 その流れのように、女は偵察機動部隊に入った最初の任務を思い出した。

 ガラウン砂漠での選抜をクリアした後、正式に偵察機動部隊に配属されたのだが、翌日に早速指令が下された。

 ミリディアナ周辺のN.O.A.S軍の動向を探れというという内容だった。

 ウィノア島東端に位置する湾岸都市。

 島内で最大の人口を誇るそこはN.O.A.S軍の補給地の役目を担っている。

 女にとってはまさに青天の霹靂でもあった。

 ミリディアナは、幼い頃に住んでいた街だからだ。

 もともと両親は移民で、ウィノア島に渡った時に自分は生まれたらしい。

 おぼろげな記憶なのだが、確かにミリディアナに住み、出生の話を聞いた気がする。

 数年の歳月をミリディアナで過ごしたのを忘れた事はない。

 ある日、両親の長期休暇が自分の運命を変えた。

 久々に家族揃ってP.O.C.U側の西ウィノアへと旅行に出掛ける事になり、母親が嬉しそうに喜んでいたのを覚えている。

 ところが、その矢先にタイミング悪く、第一次ウィノア紛争が始まった。

 町中が混乱する最中に、両親は市街戦に巻き込まれて命を落とした。

 当時、何の身寄りもない子供にミリディアナへ帰れる手段は持ち合わせていない。

 そのまま戦争孤児として施設に収容され、P.O.C.Uに帰化したのだ。

 おそらく、軍司令部の指令は女の経歴を加味しての任務だったのだろう。

 地理に明るいということであれば、打って付けの人員配置だ。

 それとも、もしかしたら自分が信用されていないのかも知れない。

 実は選抜試験は継続中で、この任務で亡命するかしないかを見極めるつもりなのだろうか。

 軍としてはN.O.A.Sに亡命されたら、危険分子を早急に排除出来たともいえるし、亡命しなかったら、軍に忠実な兵士として優秀な人材を確保出来たとして、どちらにしろ一石二鳥だ。

 あるいは、二重スパイになるかもしれないから適当に泳がせる算段なのかもしれない。

 考え出せばきりがないのので、女は無用な考えを捨てた。

 遠い過去や軍の思惑よりも、重要な事がある。

 敵地であるミリディアナの目と鼻の先に、グレアム地区があった。

 第二次ウィノア紛争の発端、グレアム事件の舞台である工場がそこにある。

 女は本来の任務とは別に、戦争の原因になったグレアムを見てみたかった。

 記憶を探れば、ACWを隠せる森はミリディアナ郊外にたくさんある。

 敵地の偵察任務では、極力ACWを動かさず、予定された偵察ポイントで潜み情報収集するのが基本だ。こんな大きいのを動かせば、たちまち居場所を露見させてしまう。

 夜陰に紛れて上陸し、偵察ポイントに到着した女は、そこにACWを隠してグレアム地区の工場跡へと向かう計画を立てた。

 僅かな携帯食料を持ち、移動はもっぱら夜のみに限定し、昼間は身を潜める。

 徒歩に加えて夜間限定での道程は数日間必要なのだが、のんびりとしてはいられない。期日の予定ポイントに間に合わなければ、敵地に取り残されてしまう。

 おまけに任務だっておろそかにしてはならない。

 有力な偵察情報を、グレアムに向かう間に入手しなければならないのだ。

 だが、偵察については有益な情報を確保出来るという自信がある。

 軍司令部はACWでの偵察を想定しているようだが、それだとひたすら遠方からの情報収集のみで、その程度の写真撮影では衛星によるサテライトスキャンと変わりはない。

 女の偵察行動は大胆だった。

 夜間の行軍中に発見したACW部隊を、日中に至近距離で撮影したのだ。

 N.O.A.S本土から観光に来たバックパッカーを装い、ACWに夢中な振りをした能天気な女として兵士に愛想を振りまいて一緒に記念撮影する。

 その間に、服に隠したカメラでACW部隊の装備、徽章等を画像に収めた。

 内心、ここまで器用な事が出来たのは驚きなのだが、何の事はない。


 ――アンジーとヴィヴィアンの行動を真似ただけだ。


 あの二人だったらこうするだろう。

 こんな時はああ言うだろう。


 普段の女であれば、絶対にしようともしない行動なのだが、グレアムを見るという目標の前には致し方ない。

 そして、三日目の夜に到着した。

 

 悲惨なものだった。

 

 工場の建物は無残に破壊されていた。

 ひしゃげた鉄骨が爆発の激しさを物語る。

 煤に塗れた破片と、埃だらけの残骸が墓場のように鎮座していた。

 それ以外にあるものはなかった。

 グレアム事件の現場は、ただの廃墟と化していただけだった。

 女は呆然となって佇んだ。

 どういった目的の工場だったのか、判別出来るものはない。

軍事施設だったのかも分からない。

 ここに何の意味を持って、偵察が行われたのかも不明だ。

 ただ、その任務が偵察ではなく破壊工作だったのではないかという推測は付く。

 潜入したACW4機が通常兵装だったら、ここまで徹底的な破壊は無理だ。

 建物の基礎となる複数の鉄骨が焼き切れている状況、残骸の元が分からない程の威力。

 おそらく、大量の爆薬が使われたのだろう。

 軍事的な破壊工作としてACW4機を動員するという事は、それ相応の何かがあったに違いない。

 P.O.C.U軍はグレアム事件を否定していた。

 否定するからには、軍としては根拠があったはず。

 否定をしたい、何かしらの理由があるはずだ。

 それが、


 ――マテリアル・スタニスワラ・プロジェクト。

 

 いつの間にか、吸いもしない煙草が灰となって地面に落ちている。

 女は再び煙草を取り出して口に銜えた。

 火を点けようとしたら、無意識のうちに手が首元の認識票に触れる。

 

 六つに繋がれた仲間達の認識票。

 

 ライターに変わって、それを握り締める女の心中は複雑だった。

 あのスーツの男が告げた言葉。

 マテリアル・スタニスワラ・プロジェクトとは何なのか。

 グレアム事件に関わりがある。

 そう示唆しているようだった。

 だが、彼等とスコードロンSQを組むのは論外だ。

 一人で行動したいのも勿論あるのだが、偵察機動部隊の任務を続けていれば、あのセントラルで襲撃してきた敵の情報が掴めるかもしれない。

 仮に、彼等と組んで最前線の激戦区で活動していれば、いずれ鉢合わせるかもしれない。

 頭の中では、仇を討てば何かが変わると思っている。

 心の中では、仲間が許してくれると感じている。

 しかし、女の魂は、それを思い感じる事は許されないと咆えていた。

 仲間の復讐が目的ではない。

 仲間を失った理由は、自分の未熟さゆえに起こった結末だからだ。

 

 後悔とか、

 

 懺悔とか、

 

 たかだか、その程度の感情に溺れて、反吐が出そうになる。

 示された一縷の望みに縋ろうとする様に怒りさえ覚える。

 

 そんな自分が、

 

 今は一番、

 

 許せない。

 

 二本目の煙草が、根元まで灰になっていた。

 自責の念にかられた女の目は虚ろだった。

 生きてるのか死んでるのか、死者には見えないが、生者にも見えない。

 活力を失った、生きる屍。

 例え賢者が正しい道を問うても、今の女の耳には届かないだろう。

 

 ――だが、唯一、女を動かせる”音”はある。

 

 基地全体に響き渡る、警報音。

 全パイロット緊急発令、敵機襲来。

 女の止まってた思考が、

 戦士の思考が、

 

 ―――覚醒した。

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