「器待ち」
低迷アクション
第1話
「“山本(やまもと)君”今日空いてますか?」
転校生の“橋本(はしもと)ゆい”が自身に声をかけてきた時は、素直に嬉しかったと言う。
クラスにすぐ馴染んだ彼女は、学内でも5本の指に入る美人だったし、教室の窓にもたれ、物静かに外を眺める姿はとても神秘的で、ミステリアス…そんな彼女からの誘いを断る
理由はない。
教えてもらった家の場所をしっかり頭に入れ、着替えをすますと、彼女の家に向う。
後になって、山本が悔やむのは、もう少し冷静に考えてみる必要があった事だ。
何故?今まで関わりもなかった自分に彼女が声をかけたのか?落ち着いてみればわかる。
何か、この話は可笑しいと…
だが、当時の彼には若さがあった。突然舞い込んだ幸運に近い事象を受け入れる事に、
躊躇いを感じる事はなかった。
電車を2駅乗り継ぎ、降りた駅からも見える程の大きな豪邸の前に橋本が待っていた。遠くからでもわかる単色の服は、逆に彼女の美しさを際立たせている。
あまり、がつがつした印象をもたせないよう、控え目に手を上げ、向かう山本の視界に、
駅の待合から、こちらを見る薄汚い恰好の男が映ったが、笑う橋本の顔に全てが集中し、すぐに忘れた。
そのまま彼女の家に招かれ(入ってみて気づいたが、借家だった)両親にも迎えられ、夕食を御馳走になり…正直、この辺りから記憶が曖昧だ。
気が付けば、電車に揺られ、自宅へ戻っていた。ボンヤリした頭に残るのは、
橋本が見せた笑顔と…
「あって良かった」
という言葉だけだった。
可笑しな事はその夜から始まった。次の日からの土日休みを踏まえ、夜更かしをする山本の2階の自室に、廊下の階段を上がってくる音がする。
階段を上り切った所で音は止んだ。
次の土曜日、音がドアの前で止まった。
日曜日、ドアノブが回る所で止まる。
(勿論、この間に両親が夜中に上がってきた事の確認と、両親と一緒に、音がする前に
廊下で待機したが、何も起こらず、彼が自室に籠った後で、この怪音が再開された事を追記しておく)
月曜日、投稿した山本は、橋本の姿を探す。原因が彼女とは考えたくないが、あの家に行った後から怪異が始まった事は否定できない。
橋本は転校していた。
呆然自失の状態で学校を終え、無駄だと思いつつも(出来るだけ家に戻る時間を遅くしたかった)彼女の家を訪ね、無人の庭に立ち尽くす彼に、先週の訪問時に見かけた男が声をかけてきた。
駅前のファミレスに入り、注文もそこそこに男の口が開く。
「お前、可笑しな事に悩まされてるだろう?俺と同じだ。恐らく選ばれたんだ。あの家族に…」
「選ばれた?」
「そうだ。何の接点もないのに、家に招かれただろう?あそこは祓いを生業にしている家でな。これは諸説あるが、呪いや憑き物を祓う事は大変な準備に、労力と時間、時には金を
使う。
だが、そこまでしても祓えないモノがあると言うから、この商売あがったりだ。下手すりゃ、
命まで取られかねない。
だったら、どうするか?あそこはとても簡単で効率の良い方法を実践している。ここまで言えば、わかるだろ?…要するに憑き物や呪いにかかった依頼人と年や背格好、性格、家柄、家族構成が似ている相手を見つけて、それに、障りを移し替える。詳しい事は知らんがな。
その器に選ばれたんだ。
お前を待っていたのは、あの家族ではなく、障りだ。理解できたか?」
震える体を抑え、頷く山本に男は解決策を提示する。ファミレスを出た後、
山本は家に帰らず、寺に預けられた。
そして、現在、非常に似た状況に置かれている息子を持つ、私の友人に、目の前の山本は
自身の体験としてこの話をしてくれている。
「アンタの息子が会ったって言う女の子は、橋本の娘か、それとも本人か?わからない。
とにかく何の障りを移されたかは、調べる、祓う事に長い時間がかかる。俺は5年、寺に
いた。息子さんの年数に関しては正直、不明だが…どうする?」
友人は真剣に悩んでいる…(終)
「器待ち」 低迷アクション @0516001a
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