第11話 兄弟の不仲
---バン!!
机の上を激しく叩き、ガチャッと食器が鳴る。身を乗り出していた苓様がようやく手を離し、座り直す気配がした。
「…これはこれは…ふっ。兄上ではないですか?」
ヒヤリと冷たく、嘲笑混じりの声。
苓様とは思えないその口調に驚いた。伏せていた顔を上げてしまう。
机の、私達が座る横に雪都様がいた。でも私はそちらに顔を向けることができない。それに苓様の、急に豹変した態度が気になって、そちらに目が入った。
「何故、彼女がここに…?苓!どういうことか説明しろ」
雪都様こそどうしていらっしゃるのか…?
「そう声を荒げないでください。他のお客様に迷惑ですよ?」
苓様が眉間に僅かにシワを寄せ、ため息をついた。
「苓…!」
再度、雪都様が乱暴に机を叩いたため、コップの中の紅茶がピシャッとこぼれる。それを見た苓様の眉が、ピクっと吊り上がる。
「…感情に任せて机を叩くな」
冷淡な声で、一瞥する。それは伯爵家当主の顔だ。雪都様は一瞬言葉を詰まらせ、周りに視線を向けると、微かに舌打ちした。
「苓。彼女に帰ってもらえ。用はないはずだ」
ギロっと、雪都様が私を睨みつける。その視線に怯え、彼が自分に怒っているのに困惑した。
「ハァ…、兄上。勘違いしないでいただきたい。私は彼女にも関わる話をしようとしている。これは兄上が悪いのですよ?無闇に逆らうから…」
彼が言っているのは、私と雪都様が一緒になってこの結婚を破棄しようとしていることだろう。雪都様はどういうつもりで呼び出されたのか、多分、私のいない場所で二人だけで、話をつけようとしていたのだ。仲が悪い事もあり、険悪な雰囲気に周りも静まり返っている。
「…わかった。苓、彼女とも話をするなら、場所を変えよう。こんな人のいる場所でできる話じゃない」
雪都様も人の目が気になっているようだ。
どうして彼が来たか、その理由は何となくわかるのだが…。
「あの…私、そろそろ帰らせてもらいます」
先手を打ち、まずはここは離れようと思った。これ以上私も結婚のことは話せないと思っていたので。席を立とうとした私に、苓様はこちらを向いて私の腕を掴み、自分に引き寄せた。予想外な動きに咄嗟に対処できず、彼の胸元に倒れ込んだ。
「まだ、話は終わっていないのであなたは帰らないで。兄上…屋敷で話しましょう」
…え?屋敷?いまから彼らの御屋敷に!?
「わかった。移動しよう。その前に…」
「…?あっ!?」
不機嫌な雪都様も素直に従うと思っていたが突然、私の腕を掴んで自分の方に引き寄せたのだ。これには苓様も驚いたようで、肩を支えていた彼も咄嗟に私の反対の左腕を掴んだ。
「僕の、婚約者だ。いつまで馴れ馴れしく触っている?」
苓様が私を離さないことに不機嫌さが増して、攻撃的な言葉を投げつける。苓様も何故か不機嫌になって、雪都様を睨みつける。
「兄上こそ、離して下さい」
雪都様に腕を引かれると、苓様も負けじと引いて、両側から引っ張られる痛みに顔を歪ませた。
「ちょ…お、お二人方、落ちついて…!」
このままでは二人の男達に腕を引きちぎられる!!
男の人の力は強くて、自分の力では振り払えなく、自分を挟んで牽制し合う二人に声を上げる。
「苓、お前の婚約者じゃないだろ!」
「兄上こそ、立場をわきまえて!」
「っ…お前…っ!」
二人の言い争いがロビーに響く。これではどうすることもできない。
「お二人とも、おやめ下さいっ」
そのとき、パン!と手を叩く音がすると、現れた藤次郎さんが二人をお止めになった。その声に二人は顔色を変えて私の腕を離して下さる。
「大きな声を上げるなど周りに迷惑です。…苓様、馬車の手配は済んでおります。一刻も早い事、移動することをお勧めします」
家来にしては軽々しい発言だが、それでも彼が止めに入られて助かった。だが、周りの人の好奇な視線は避けられない。見ればもう手遅れだろう。前からある二人の不仲説。それに加え今日の出来事を与えれば、二人の仲がさらに悪くなったとのだと噂されて、そこに雪都様の婚約者である私が絡んでいる事が知られては、ありもしない話が浮上する。それこそ報道者方の餌食になるだろう。
「…す、すまない。橙子さんも申し訳なかった」
まずは苓様が正気に戻り、私に謝罪する。
「僕も頭に血が上り、申し訳なかった」
続いて雪都様が、濁すように謝罪をした。そして、苓様は私だけでなく周りにも迷惑をかけた事を謝り、誤解がないようにと声掛けされた。私は二人からの謝罪を受け入れて、直ちにここから去る事にした。
「私は気にしておりません。それより、早いところここを去りましょう。藤次郎さん、案内して下さい」
「藤次郎。先に二人を連れていけ」
雪都様が周りの目を気にして、苓様と私だけを先に連れて行くように言った。
「え…?雪都様は?」
てっきり彼も一緒に行くのだと思い、驚いて雪都様を見ると、彼は見たことのない、冷たい視線を向けられていた。
「僕は行かない。いいから早く連れていけ」
そっけなく、藤次郎さんに命じた。ひやりと背筋に冷たいものが走った。
雪都様の顔に表情がない。
私と苓様が二人で会っていたことに御立腹されたのだろうか??
「あの、雪都様!まだきちんと話し合って…っ」
何故か言わなければと思い、慌てて二人の間に入り口を開くと、雪都様がこちらに見たことのない冷たい視線を向けられた。
「橙子さん、僕は戻らない。気にせず、当主様と大事な話をすればいい」
「えっ?で、ですが、この話はまだきちんと話さなければ私達の…」
「橙子さん。僕は話すことはない。君ともう会うつもりもない」
一切の感情のない冷たく素っ気ない態度。急に熱が冷めたかのような、これまでに見た事のない態度に、私は焦りを感じた。
「ゆ、雪都様、私が何かいけない事をしましたか?苓様と二人で会っていた事なら、今までの事をただ弁解をすべく…っ」
そこまで言って、言葉を詰まらせる。恐ろしく怖い眼差しで、何も言うなと訴えられた。その威圧感に血の気が引き、何も、言えなくなった。
「…橙子さん」
そこに、苓様が私を呼び、肩に手を置かれた。私はびくりと震わせて後ろを振り向いた。
「今日は私が送ろう。兄上、いいですね?」
冷たい雪都様に動じる事なく断りを入れて、さっと素早く私を自分の方に引き寄せるとそのまま玄関へと歩き出した。私は雪都様のつれない態度にまだ実感できず、雪都様の方を振り返る。
「橙子さん、兄上のことは気にしないで。ちゃんと前を見て歩いて」
間髪いれず苓様に指摘されて、肩を掴む手に力が入る。驚き困惑し、苓様を見上げれば、彼もまたいつもと違い表情が硬く、どこか神経質な様子で前を向いていた。
初めて目の当たりにした兄弟の態度に、何も言い返すことが出来ず、ただただ戸惑うばかりだった。
この結婚話には裏がある 綺璃 @rose00
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。この結婚話には裏があるの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます