31、琴葉

「坊ちゃんでも何とでも呼ぶが良い。が、連れを驚かすのは止めてもらいたい。それと、お前は“才無し”事件について何を知っている。深淵とは何だ。」


 私が何が何だか分からないまま行く末を見守っている間、カイルは堂々と要点を詰問した。何だかんだ言いつつも、やはり昔から年上らしく、いざという時にカイルは頼りになるのだった。


「まあま、そんな恐い顔しないで、自己紹介ぐらいしませんか。僕は八千やち。“才有り”なのはもうお分かりですよね。占い師をやっています。“才無し”殺しは噂を耳にしている程度ですね。」

「只の占い師にしては、凝り過ぎているように思えるがな。何故老婆の格好をしていた。そして、何故彼女に声を掛けた。」

 言いながら、カイルは八千と名乗るこの青年と、私の間にさり気無く身体を入れてくれた。カイル自身は正真正銘の“才無し”だが、そんな事は彼には関係なく、年長者として昔から私を守ってくれようとする。


「仕事の為にと言っても信用しませんって感じですね。まあ老婆の格好については置いといて頂けると助かります。集客力の問題で、僕みたいに軽薄そうな若造が占うより、皆さん老婆の方が当たりそうに見える様なので。」

 これに関しては一理どころかニ理も三理もあった。どちらか一方を選ぶとして、耳に飾りを沢山付けて茶髪をツンツン尖らせた若者よりも、干からびた老婆の方に、私も占ってもらうだろう。

 それに関してはカイルも同意見の様だった。

「では声を掛けた理由はどうだ。彼女が深淵に覗かれているとはどういう事か。」


「僕も名乗りましたし、まずは自己紹介を聞かせてくれませんか。狸寝入りでは詳しく聞けませんでしたので。」

 八千は肩透かしを食わせる様に言ったが、

「本来貴殿の如き怪しい人物に名乗る名は持ち合わせていないが、まあ良いだろう。俺はカイル。商工会議所に勤めている。彼女は琴葉。薬師をやっている。」

 と、カイルは殊更に落ち着いた声で、私の紹介もまとめて八千に返した。二人のさり気無いペースの掴み合いを感じて、身体がひりひりする。

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深淵から覗かれたい! 大粒いくら @-ikura

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