30、琴葉

「これでも急いで帰ったんだ!待たせてすまなかった!」

 開口一番、カイルは謝罪を口にした。

「ううん。いきなり来たのは私の方だから、ごめんなさい。」

 これはカイルも分かってくれている事と思うが、こんなにいきなり、それも利用するみたいな形での訪問は、私自身予定外だった。


「「ところで」」


二人の声がぶつかる。ぶつかる先は勿論一つしかない。互いに目配せをして、私から話す事にする。

「ところでこのお婆さんなのだけど、市で出くわしたのよ。何らかの才を持っているのは間違いないわ。」


 それから、老婆に言われた言葉や、ここまで来る道中の話等、カイルは時折相槌を打ちながら、口を挟まずに聞いてくれた。その間、リヤノも一緒だったが、彼女は相槌も打たずに静かだった。また、カイルは公私の区別とでもいうのか、いつもと違い穏やかな言動で、私も普段より落ち着いて話す事が出来た。


 私が話し終えると、カイルが呼び鈴をチリリンと鳴らした。するとリヤノが「失礼致します。」とお辞儀と共に退室した。どうやら人払いの合図だった様だ。


「さて、婆さんに聞きたい事が幾らかあるな。まず、この婆さんは何者なのか。深淵とは何なのか。“才無し”事件に関係があるのか。そして、この婆さんの重量について。」

 そこで、カイルは実際に老婆を抱えてみた。

「確かに、見た目と重量が釣り合ってないみたいだ。」

「そして最後に」

 カイルは続けて言った。

「この婆さんは本当に今も気を失っているのか。」

 その言葉と共に、カイルはぎろりと老婆を見た。


「ちっ。」

 言い終わるが早いか、老婆から舌打ちがし、そしてそれと共に目が開いた。と、みるみると老婆の背が伸び、皺が無くなり、髪が色付き、青年の姿となった。

「もう少しこのままで、色々聞いておくつもりだったんですが。勘が良いですね、坊ちゃん。」

 まるで茶化すみたいにカイルを坊ちゃんと呼ぶ声は、紛れもなく男性のそれだった。

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