20.サリスの森の異変

 日の光を反射して輝く一つの塊。

 直方体の形をしたそれには傷一つ無く、どの角度からその美しさが伝わってくる。


「はぁ……最高だ」


 かれこれ十数分。俺はその金属を舐め回すように観察していた。


 名を【パワー・インゴット】

 天降金属てんこうきんぞくの第六階級に位置する希少で優れた代物だ。

 多くの冒険者、鍛治師が求めて止まない一品でもある。




 つい先日、俺は冒険者のマリナと共に隠されていた地下迷宮を攻略した。

 そしてその奥底に眠っていた宝こそが、このパワー・インゴットだ。


 不純物を一切感じさせない質感。

 金属そのものが放つ神秘的な輝き。


 見れば見るほど幸せな溜息が出る。




──そして、そんな俺を見て若干引き気味な表情をした少年が一人。


「お前って武器のことになるとホントに気色悪ィよな……」


 白い装束、背負われた長刀。

 額から生えた特徴的な2本の角は、彼が鬼人族という種族であることを示している。


 名をイブキ=トウショウ。冒険者時代に苦楽を共にした仲間の一人だ。


「うるせぇぞアホイブキ」


「ンだとォ!? このバカクロムが!」


「バカはどっちだ!」


「はぁ、2人とも本当に変わりませんねぇ……」


 子供地味た口論を繰り広げる馬鹿2人を見て、呆れ気味にため息をつくのは兎のような耳が生えた少女。

 名をラミィ=シュガーロップ。

 獣人族のクォーターであり、俺とイブキを支え続けてくれた治癒術師だ。




 彼らはアストリアでも知らぬ者はいないとまでいわれる優秀な冒険者へと成長し、俺は今そんな2人と久々にお茶をしている。


 話題は偶然手に入れた天降金属。

 そしてその入手に至るまでの経緯についてだ。


「えぇー!! クロムくん迷宮攻略したんですか!? それもたった2人で!?」


「うん、まぁ成り行きというか……」


 驚くラミィに気圧されつつも紅茶を啜る。

 だが無理もない。既に冒険者業を引退した仲間が迷宮を攻略してきましたなどと言えば、それは驚くだろう。

 

「どうして誘ってくれなかったんですかー! 言ってくれたら予定空けたのに……」


「いや、それは悪いよ。2人も依頼で忙しいだろうし。本当は俺も攻略までするつもりは無かったんだ。親玉を倒せたのも一緒にいた冒険者のおかげだよ」


 俺もあくまで調査のつもりで迷宮に踏み込んだのだが、結果として最深部の守護者を倒すことに成功してしまったのだ。

 今思えばたった2人で初見攻略に挑むなんて無謀もいいところだ。


 話の中に強者の気配を感じ取ったからか、イブキは薄く笑みを浮かべる。


「へぇ……てことはよっぽど強ぇヤツと一緒だったんだな。どんなヤツなんだ?」


「こんにちは〜!」


 聞き馴染みのある声、見覚えのある金髪が視界に入った。

 タイミングの良さに驚きつつ、俺は来訪客の方を指差す。


「えーっと、あんな感じのやつ」


 イブキとラミィの目が揃って細められる。

 新たに訪れた来訪客は、自分に向けられる視線にたじろいでいた。


「あっ……お邪魔だったかな?」


「全然。せっかくだからマリナもお茶していかないか? ちょうどこの前の迷宮の話をしてたところなんだ」






 追加のお茶を淹れ、マリナに椅子を勧めた。

 絵面としては丸いテーブルを4人で囲んで座る形だ。

 俺は全員顔見知りだがマリナと二人は初対面だ。

 にも関わらず、3人は菓子をつまみながらあっという間に打ち解けてしまった。


「クロムくんがすっごい強いって言ってたから、てっきり身体の大きな男の人だと思ってました」


「ふふっ、そんなに褒めてくれてたんだ。ちょっと照れちゃうな〜」


「そりゃまぁ……」


 あれだけの剣術、身のこなしを見て称賛しない方がどうかしている。

 実際、彼女の戦いは熟練冒険者に迫る勢いだった。


「にしてもクロムを連れ出すとは、やるじゃねぇかマリナちゃん。こいつ冒険者辞めてからちっとも外に出やしねぇからなぁー」


「出てるよ。週に1回ぐらいは」


 武具の制作に没頭してしまうと俺は1週間から2週間近く篭ってしまうが、それは珍しいことでもない。

 冒険者が何日もかけて迷宮を攻略するように、鍛治師もまた鍛冶場という戦場で心血を注いでいるのだ。

 決して引きこもっている訳ではない。

 

「それを世間では“引きこもり”って言うんですよ? 少しはお日様の光を浴びないと!」


 まるで母親のように叱るラミィ。

 そんなやり取りを見ていたマリナがどこか悪戯っぽく微笑む。


「へぇ〜クロムって引きこもりなんだ?」


「い、いいだろ別に!」




 そんな他愛もない雑談に花を咲かせていると、ふとイブキが何かを思い出したかのように目を見開いた。


「お、いけねぇ。そういや本題を忘れるとこだった。──クロム、お前サリスの森の噂はもう聞いたか?」


「いや特に何も。何かあったのか?」


 思い当たる節があるのか、マリナがそっと手を挙げた。


「あ、私知ってるかも。森で魔物が大量発生してるって噂だよね」


 マリナの回答に頷くイブキ。

 どことなく真剣な顔つきなので、おそらくただの世間話では無いのだろう。


「あぁ。原因はわかってねーが、結構規模がデカいらしくてよ。ついにはギルド俺らにも協力要請が届きやがった」


「そうそう、大変なんですよぉー! ジェラルドさんなんか書類を片付けるために机に縛り付けられちゃってましたし」


「あの人、事務作業苦手だからな……」


 ギルドマスターであるジェラルドが縄で椅子に縛りつけられている姿を想像して吹き出しそうになったが、ギリギリで堪える。


 それはともかく、武闘派ギルドの千獣の覇者ベスティアまで召集されたということは、そう遠くない内に大きな戦闘がおこなわれると見てまず間違い無いだろう。


「てことは近い内に掃討戦でもするのか?」


「はい。千獣の覇者ベスティアとアストリア騎士団の合同で大規模な掃討作戦をおこなうみたいです。今回の指揮官はジェラルドさんに一任されてるんだとか」


「そんでそのジェラルドから伝言だ。『出来ればお前にも参加して欲しい』だとよ」


 イブキから一枚の手紙を手渡された。

 そこには掃討戦の決行日や作戦の大まかな概要などが記されている。


 かなり本格的な作戦らしい。

 それだけ異常な事態が起きているという証拠か。


 とは言え冒険者を引退してから1年近く経つ自分まで呼ばれるとは。

 一体どういう風の吹き回しなのだろう。


「別に構わないけど、戦闘に関して言えば他にもっと適任者がいるんじゃないか? はっきり言うけど俺弱いぞ」


「ンなこと一番オレがわかってるつーの。お前が配属されんのは前線じゃくて“後方支援部隊”だ。装備を壊しちまったヤツらの面倒を見てやってくれねーか?」


 これで合点がいった。

 掃討を目的とした戦いはある意味消耗戦でもある。

 当然戦闘が長引けば長引くほど武器や防具は損耗し、その些細な歪みが命を危険に晒す。

 それを修理し、万全な状態で再び戦場に送り返すのが俺の役目という訳だ。


「なるほど……そういうことなら喜んで力を貸すよ。店もまだ営業再開できそうにないし」


「それって騎士団とギルドの人しか参加できないのかな?」


 そう言ってマリナが首を傾げる。

 ここ1ヶ月で彼女のこともだいぶ理解してきた。

 察するに、どうやら彼女も掃討戦に参加する気らしい。


「基本的にはそうですけど、ギルドの方で申請すれば参加はできるみたいですよ!」


「そっか、じゃあ私もその掃討戦手伝うよ! 人は多い方がいいでしょ?」


「いいねぇ! 迷宮攻略した実力、見せてもらおうじゃねぇか!」






 そんな調子で話しているとあっという間に時間は過ぎ、外では既に日が沈み始めていた。


「もう遅い時間ですし、今日のところはお暇させてもらいますね」


「だな。オレもそろそろ帰るとするかー。またなクロム、マリナちゃんも」


 ラミィとイブキは席を立つ。

 名残り惜しいが掃討戦でまたすぐに顔を合わせることになるだろう。

 外まで見送ろうと席を立った瞬間、ラミィが何かを思い出したかのように耳をピクリとさせる。


「あっ、そうだクロムくん、ちょっと耳貸してください」


「ん? まぁいいけど……」


 訝しみつつも耳を貸す。

 ラミィの可愛らしい顔が近付き、耳元でそっと囁かれた。


「(今度はその……私ともお出かけしてください。で、できれば2人で!)」


 何かと思えば外出のお誘いだった。

 きっと引きこもりがちな俺を心配してくれたのだろう。

 断る理由もない。たまにはラミィの買い物にも付き合おう。


「わかった。予定は空けておくよ」


「本当ですか!? 約束ですよ!」


 ラミィは少しばかり頬を染め、どこか嬉しそうに店を後にした。


 その後、マリナにティーカップの片付けを手伝ってもらい、4人でのお茶会は幕を閉じた。

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Last Smith 〜喋る魔剣と千年の約束〜 天音 ヒロト @Hiroto_Amane

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